169 私との対面
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
『植物生成』ですぐ近くに人形状態の分身アルラウネを生み出して、『転移』を発動したところなの。
そうしたらあら不思議。
視線が低くなるのと同時に、目の前に巨大な植物モンスターが現れました。
そう、私です!
分身アルラウネに転移したことで、私は私の姿を初めて目にすることができました。
鏡がないから自分の姿を確認できなくて、一年以上の間ずっと気になっていたの。
それがやっと叶います……!
幼女アルラウネから見ると、私ってこんなに大きく映るんだね。
頭を傾けて見上げないと全身が視界に入りません。
アルラウネの体は下の球根を含めると3メートル以上あります。やっぱりデカいね。
なによりも、球根の口が怖いよ!
なにこれ。私、食われるの?
というプレッシャーを感じてしまう。だって一口で丸呑みされそうだもん。
球根から視線を上げると、赤くて大きな花冠が広がっています。
やっぱり私ってお花なんだね。
体から花が生えているとか、人間ではなく私はモンスターになったのだと改めて実感してしまう。まあそもそも、下半身に凶悪そうな球根の口がある時点で、モンスター感満載なのだけどね。
さらに視線を上げると、蔓を胸に巻いている人間の上半身が見えました。
おおー。
私って、それなりに美人なのではなくて?
しかも何よりも嬉しいのが、聖女時代のイリスと同じ顔だということです。
違う顔になっているのはやっぱり寂しいからね。聖女の頃の私は死んでしまったけど、それでも顔が同じだということでイリスであったという過去を忘れずに済みそうです。
体つきで違うところというと、アルラウネとなったことでなぜかスタイルが良くなっていることくらいです。
目の色はイリス時代と同じで金色。
髪の毛は黄緑色になっているけど、イリスが髪を染めたと思えば、そこまで違和感はない。
でも聖女イリスを知っている人が見たら、一目で同じ顔だとバレてしまうね。
ストーカー四天王や姉ドライアドに私の正体が聖女イリスだと気がつかれたのも無理ないかも。
ニーナには正体をバラしちゃったけど、領主のマンフレートさんには私がイリスであると知られたくない。
ただでさえ見た目がそっくりなんだから、同一人物であることを連想させないようにしないと。
私を裏切って殺した憎き聖女見習いクソ後輩と許嫁だった勇者様に私が生きていることを知られる可能性は少しでも減らしたいからね。
姿かたちに納得したところで、頭の上に生えている赤いお花に視線を合わせます。
なるほど、頭に生えた花ってこんな感じだったんだ。
赤色のバラに似ているね。
──うん、悪くないかも。
これはこれで、意外と似合っているのではなくて?
頭のてっぺんに生えていたらアホっぽくて嫌だったけど、実際に生えているのは左のこめかみのちょっと上辺り。髪飾りみたいで可愛いよね。
全体的に私を目にした感想だけど、アルラウネの上半身だけの姿なら人間として通じそう。
でも下半身は完全に植物なわけだから、人間の同族として見てもらうには少し難しそうです。しかも肉食の大きなお口があるわけだから、冒険者さんたちが私を見て怖がる気持ちも少しだけ理解してしまった。
自分で言うのもなんだけど、上半身が可愛らしい女の子の姿であるのに、下半身が凶悪なモンスターであることによってアンバランス感が出て、不気味さが倍増して…………いいえ、そんなことないよね。だって私は凶暴なモンスターではなくただの儚いお花だもん。見た目も可愛らしくて綺麗なはず。自信を持つのよ、私!
私との対面を果たしたことで満足していると、魔女っこが空っぽになった私の本体をゆさゆさと揺らします。
「アルラウネ、また動かなくなっちゃったの?」
精神が分身アルラウネに転移したことで人形状態になってしまったんだね。
今の私の本体って、凄く無防備。
自分の身を守るためにも、これからは転移をする前に蕾を閉じたほうが良いかもしれません。
「やっぱり病気なの? 枯れちゃったりしたら、いやなん……だからね…………」
魔女っこが泣きそうな顔になっています。
早く安心させてあげないと!
「魔女っこ、私は、こっちに、いるよ」
「…………え?」
魔女っこはため息を吐きながら、子アルラウネに憑依している私に話しかけてきます。
「たしかにあなたはアルラウネだけど、子供のほうでしょ? あなたも大切なお花の一つだけど、わたしの一番のアルラウネはこっちの大きいアルラウネなの」
「そのアルラウネが、私。中身だけ、転移、しているの」
「…………何を言っているの?」
「ドライアド様、みたいに、転移、できるように、なったの」
「もしかしてアルラウネの頭にお花が生えたことで、小さいアルラウネの頭の中までお花畑に変わっちゃったの?」
ま、魔女っここそ何を言っているのさー!
私は頭だって凄く良いんだからね!
「とにかく、話を、聞いて」
信じてもらうために、ドライアドの『転移』のスキルのことを魔女っこへ一から順に説明します。
ついでに子アルラウネと分身アルラウネの違いも教えちゃうよ。
そして他のアルラウネの体に私の精神を移すことができることを、やっと魔女っこに理解してもらいました。
「つまりアルラウネは他のアルラウネに根っこを繋げると、そのアルラウネになることができるってこと?」
「そういう、ことだよ」
子アルラウネや分身アルラウネは、私と同質の遺伝子を持ったクローンです。
だからこそ、転移することができるのかもね。
私は『転移』によって元の体へと帰ります。
「元の体に、戻ったよ」
「……アルラウネの言うことはやっぱり本当なんだ。今度は小さいアルラウネが動かなくなったし」
私の目の前には、人形のように固まったままの小さな私の体が残っていました。
こっちの体はどうしよう?
残しておけば次に転移する時に便利だけど、このまま置いておくだけにしておくのも気がかりです。
だって子アルラウネと違って人形状態である分身アルラウネは、敵が来たら反撃することができないから、侵入者が来たら好き勝手されてしまうかもしれないの。
最悪、ハチさんのような虫に無理やり受粉させられてしまう可能性すらあるよね。それだけは御免です!
というわけで、もったいないけど一度私の体に戻ってもらいましょう。
私は手動操作で分身アルラウネを自家受粉させます。
無事に種になったら、いつものようにそれを下の口でパクリとして私の中に吸収しました。
すると、ゲッソリと脱力状態だった私の体が嘘だったかのように元気になったの。
分身アルラウネを植物生成したときのエネルギーの大半を取り戻すことができたみたい。
この感じなら、また『植物生成』で分身アルラウネを作ることができそう。
一度に複数作るのは難しいけど、出し入れをすれば何度でも分身アルラウネを生み出せそうです。
これ、遠くに分身アルラウネを生成した場合はキーリに種を取りに行ってもらえばいいかな。
それか、その場所まで蔓を伸ばして自分で回収するほうが早いかもしれないね。
この方法を応用すれば、森の中を自由に見て回ることもできるかもしれません。
今度森の中を散歩──もとい、散転移してみましょうか。
他の場所を自由に見ることができると考えるだけで、感動しすぎて泣いてしまいそうだよ!
『転移』を使ってこれから試してみたいことを脳内でシミュレートしていると、私の近くの木の枝に何か大きな生き物が降り立ったことを感じました。
──鳥かな。
でも人間と同じくらいの重さがあるから、鳥にしてはかなり大きい。
ということは、きっと鳥型のモンスターだ。
この時、私は森の要塞化計画について一つ失念していたことに気がつきました。
地上からの侵入者の場合は途中の木に触れてくれればすぐに感知することができるけど、空からの場合はそれに該当しないの。
なぜなら、私がいる森の中心地まで空をひとっ飛びできるのだから。
鳥モンスターがいると思われる場所へと視線を上げます。
だけど、そこにいるのはただのモンスターではありませんでした。
人間の体を持った美しい女性の顔と目が合います。
けれども彼女の肩から先には人間の腕の代わりに、鳥の羽が生えていました。
太ももから下も、人間の足ではなく鳥のかぎ爪がついている。
あそこにいるのは鳥でも人間でもない。
半人半鳥の魔族であるハーピーが、木の枝から私を見下ろしていたのです。
今回行った『転移』は、分身アルラウネを生成してそこに精神を転移させることでした。本体は全く移動してはいませんが、主観的には他の場所へと移動したように感じられるようですね。
次回、ストーカーの妹です。







