2 人生は終わったけどこれからは植物として生きていきます
魔王を倒すために旅をしていたら許嫁の勇者と後輩の聖女見習いに殺されて、しまいには植物型のモンスターとして転生していた。
紅く鮮やかな花冠から人間の女性の体が生えており、下半身は植物の魔物。
そう、私はアルラウネになってしまったのだ。
いったい何が起きたのか。
花のモンスターに食べられて、消化されないようにと聖女の力をフル回転させて肉体を再生していたのまでは思い出せる。
それが、気がついたら魔物になっていたなんて信じられるだろうか。そんな話は聞いたことがないよ。
ただ、私は死んではいない。まだ生きている。それだけでもありがたい。
そう思うべきなのだろう。
女神様から与えられたチャンスなのか、はたまた超回復のせいで花のモンスターと融合してしまったのか。
どちらにしろ、現状を把握するしかない。
上半身は人間のままだ。肌もそのまま。変わったことというと髪が腰まで伸びてしまっているのに加えて、色が淡い金色だったのから薄緑色に変わっていることくらいだろう。
問題は下半身。
大きな花冠に私は生えていた。腰から下が花になっている。バラのように鮮やかで真っ赤な花びらは飾りたくなるくらい綺麗なのだが、この花ももちろん私の体の一部。なんだか不思議な感じがするね。花の下には葉っぱが数枚重なっていた。これも私の一部。
腰回りが花になっているのはわかったけど、やっぱり足は無くなっている。代わりに第二の体のようなものが存在していた。
花冠の下には巨大な球根のようなものが生えていた。その球根に食虫植物のようなトゲトゲがついた大きな口がついているのだ。乗用車を簡単に丸飲みできてしまうような禍々しい開口部は、きっと聖女であった私を捕食した花のモンスターの口が進化してしまったのだろう。食べられる前にチラッと見たときよりも邪悪そうな外見をしている。
そしてその球根の側面からは蔓が無数に生えており、私の周りは自分の蔓の群生地のようになっていた。
球根のさらに下には根っこが地面に生えているようだ。土から水分を吸収しているのが感じ取れる。
うん、私ったら完全に植物。
しかも結構凶悪そう。特に球根の口辺りが怖いよ。
ためしに下半身に力を入れてみたら、球根の口が動いた。ついでに蔓も手のように自由に動かせるみたい。腕が二本しかない人間だったときの感覚と違って変な感じだ。
植物なのにこうやって自我を持っているところも魔物っぽい。
冒険者に見つかったらモンスターだと狩られる未来しか見えないね。
そんな私には一つだけ早急に解決しなければならないことがあったのだ。
私、いま、全裸!
下半身は花だし植物だから諦めるとして、上半身は裸なのだ。
いまはモンスターになってしまったとはいえ、元は人間。
貴族生まれの令嬢としても、民から慕われている聖女としても、全裸のままは有り得ない。
野生化した植物モンスターに成り果てたとはいえ、女子的にこれだけは譲れなかった。
とはいえ服なんてものはこの場にはない。
私が着ていたのも溶かされてなくなってしまったみたいだし。
仕方ないので、蔓を使ってブラを作ってみる。
胸に蔓を巻き付けて、ハイ完成。お手軽だね。
隠せるものは隠せたし、今はこれで良いとしよう。
え、下半身は?
知らない子だねえ。下半身は裸という概念を消滅させましょう。
植物は普通、服を着ないの。球根がスカート穿いていたらおかしいからね。だから仕方ないの。植物だからね、裸じゃないの。
下半身はなし。上半身は野性味溢れる蔓のお手製ブラ。
こんなアマゾネスみたいな格好をするなんて、聖女の私としても、女子高生だった私としても想像できなかったよ。
私に前世の記憶があるなんて驚きだよね。アルラウネに転生してしまったのと同じくらいビックリ。
日本にいた時の名前は小紫 菖蒲。
学校の休み時間にはボッチを紛らわせるために子供の頃から好きだった植物図鑑を読み漁り、自宅では隠れオタクとしてアニメやゲームを嗜んでいたことは覚えている。
でもなんで自分が死んだのか、転生したのかということは思い出せない。どうやら好きだったことや興味があって印象深かったこと以外は上手く記憶が浮かび上がらないらしい。まあしょうがないね、前世のことだしね。
いま現在で一番濃い思い出は、仲間に裏切られたことだ。
ガルデーニア王国で公爵家の次女として生まれ、光魔法の才能が認められて物心つく頃には聖女見習いとなった。身体を再生できるほどの超回復魔法の使い手となって当代一の聖女として認められ、王国の第二王子であり許嫁であった勇者様や他の仲間たちと魔王を倒すために旅に出た。
魔王の幹部を倒して、あと少しで魔王に近づけるというところでのまさかの仲間の裏切り。理由はわからない。けれども私の命は、あの時に一度終わってしまったのだ。
私はまだ17才だった。
聖女の修行は辛かったし、魔王を倒したら自由になれると思っていた。
勇者であり王子様のお嫁さんになれることも誇らしかった。
子供が生まれれば、男の子なら国を継ぐ王様になったかもしれない。女の子なら私と同じように聖女になったかもしれない。
王族に血族を残したことで両親や一族のみんなに親孝行できたかもしれない。
魔物と戦わない平和な世の中でのんびりと余生を過ごせたかもしれない。
それらの全て未来を奪われたのだ。
正直いって聖女見習いの後輩と元許嫁の勇者は許せないし復讐してやりたいけど、それ以上に私の心が折られた。もうボロボロだよ。
裏切られて殺されたうえに、魔物になってしまったからね。
こんな姿であの二人と再会してしまった日には、そのあとどうなるのか想像したくもない。私だってバレたら恥ずかしい。これでも公爵家のお嬢さまだったのだ。お父様やお母様にこんな姿は見せられないし、あの勇者と後輩に見られて笑われでもしたら自我を保てる自信がない。
それにまた退治されてもおかしくはないしね。
アルラウネが強いモンスターだと聞いたこともないから、きっと戦っても勝てないだろう。結局はモンスターとはいえ、植物だしね。ただのお花だからね。
そもそもな話、復讐するにしても地面に根を張っているのだから移動できないのだ。恨んだ相手に会いに行くことすら叶わないからどうしようもない。
だからこのことはとりあえず保留しておこう。
考えるだけでイライラするし!
とにかくいったん落ち着こう。
今の私は、前世が日本の女子高生で今生では元人間の聖女様だったわけで、現在は植物モンスターのアルラウネなのだ。
記憶がまだ混乱中なのも仕方ないことだろう。
二度の人生の記憶を持って新しい体になっているということは、ある意味三周目ともいえるわけだしね。
というわけで、公爵家貴族令嬢の聖女としての私と、日本の女子高生でオタクをやっていた私、そして植物モンスターだった花の記憶を全部足して三で割ったような性格に落ち着いた。あとは時間がゆっくりと解決してくれるだろう。
くよくよしても何も始まらないのだから。
人間だった私はもういない。これが第二の人生なのだ。いや、前世があるから第三の人生?
そもそも花だし植物だから花生?
もうなんでもいいや。
細かいことは考えずに、現実と向き合おう。それに人間に戻る手段だってあるかもしれないし。諦めないで生きていればきっと良いことがあるさ。
よーし、頑張るぞー。
えいえい、おー!
うん?
なんだか胸の辺りが濡れているな。いつの間に。
というか、胸から液体が流れ出てお腹を伝って花びらへと落ちて行っている。なにこれ。
よく見てみると、胸元から甘そうな蜜がじわじわと流れていた。
具体的にいうと胸の先っちょからそれが溢れるように出ているみたいで…………。
えぇー、ちょっとショックなんですけど。
女子高生としても公爵家の聖女としてもこれは無理。まだそんな年じゃないし、そういう経験だって一切ないのにこれはあんまりだよ。
もう泣きたくなる。涙だって出るよ、だって女の子だもん。今は花だけど。て、あれ?
これ、涙じゃなくて蜜だわ。
目から蜜が滴っているよ。
他の場所からも出るみたいだね。ちょっと実験というわけで、意識してみれば、ほら!
よだれだと思っていたらこれも蜜。やったね!
これからは口から蜜を出すようにしよう。蜜が溢れる場所をコントロールできるみたいだね。よだれというのもどうかと思うけど、他の場所から出すよりはよっぽど良い。私、よくできました!
自分の体から出ているから味はわからないけど、匂いからするにかなり甘そう。触ってみるとベタベタしているし、ハチミツみたい。というか植物なのに嗅覚あるんだね。驚きだね。
指で蜜を触って暇つぶしをしていると、ふと誰かの視線を感じた。
周囲を見渡してみると、前方の木陰から一匹のクマが現れる。
クマにしては大きい。けれど、一角獣のような角が生えているあのクマは普通のクマではない。魔物だ。
森の中で人間と出会うと、動かなくなるまで追い続けるという恐ろしいクマ。
執念深いだけでなく、森の主といわれるほど強いと聞いたことがある。
殺気立ったクマの気配を感じる。
ヤル気だね、このクマさん。ちょっと怖い。
でも逃げたくても動けない。だって私、お花だもん。
ええ、ちょっと待って。植物って不利すぎない?
強敵と出会ったら逃走するのが自然界の定石のはずなのに、通用しないんだけど。
こんなの無理ゲーじゃん。
やってられないですよ。
だ、誰かお助けをー!
そんな私の心の声はもちろん誰の耳にも入ることはなかった。無念。
こうして私は、アルラウネになって初めての命のやり取りをすることになったのだ。