167 畑担当アルラウネ
森を広げるのと同時に野菜を作っていたら、その二つの意識が混じってしまったことで肉食の巨大そら豆の群生地を作ってしまったの。
オホホホ、少々失敗してしまいましたわね。
しかもその後、誰かの悲鳴が聞こえてきました。
あの声は多分、魔女っこのものだった気がします。
もしかして新種の植物に襲われてしまったのかな。それはまずいね。
森に広がる全身の根の感覚を調べていきます。
どうやら食事中の植物はいないみたい。
少なくとも魔女っこが肉食植物に噛みつかれているという最悪の事態は免れました。
今すぐにでも魔女っこの元に駆け付けたい。でも、私は植物だからそれができないの。
うぅ、移動できるようになりたいよ!
私が一人で唸っていると、アマゾネストレントが私の元へと鋭いフォームで走ってきます。
トレントの枯れ木の体は、モウセンゴケのネバネバの液体まみれになっていました。うん、何があったのか想像できてしまうね……。
詳しく話を聞くためにキーリに通訳してもらおうと思ったら、突然魔女っこが「アルラウネぇえええええ!」と泣きながら戻ってきました。
目元を真っ赤にはらして号泣しているみたい。
魔女っこ、いったいどうしたの?
もしかして誰かに泣かされたの?
私、怒ったよ。魔女っこを泣かせた不届き物は、私が成敗してやるんだから!
「むこうに巨大トウガラシの林できてたの。赤い霧みたいなのがたくさん出きて、そしたら目が腫れちゃった……」
なるほどね。魔女っこを泣かせた犯人は私だったようです。
トウガラシエキスをまき散らす新種トウガラシの林を生み出してしまったみたい。
魔境を誕生させるつもりはなかったんだけどやっちゃったね。本当にごめんなさい。
数人分の野菜を作るだけならこんなことは起こらなかったのだけど、千人分以上の野菜を作るとなるとアクシデントが起きてしまいました。
正確な人口は知らないけど、塔の街はそれなりの都市なので数千人はいるはずだから、野菜作りにも時間がかかるの。
野菜を作ることだけに集中すれば問題はないけど、そうすると森を広げることができなくなってしまいます。日常生活にも支障が出そう。
気軽に仕事を引き受けたけど、ちょっと大型案件すぎたよ。
私一人じゃ、野菜作りと森の拡張は両立できそうにないかも。
でも一人でダメなら、他の人に手伝ってもらえばいいよね!
というわけで、畑担当のクローンアルラウネを作ることにしました。
野菜作りは大事な商売になるだろうから、今後はもっと手広くしていきたいしね。
それに役割分担をすれば、森に新種の危険な植物の魔境を作ることもない。
私はアルラウネの種を作って、植木鉢の中に生み落とします。
そこから小さなアルラウネが生えてきました。
幼女姿のアルラウネは、半精霊化した私と違って頭に花が生えていないみたいだね。普通にクローンアルラウネを作るだけでは、精霊の力は付与されないようです。
精霊の力は未知の部分が多いから、少しずつ解明していきたいね。
「ママー、おはよー」
「おはよう、ございます。あなたは今日から、畑担当の、アルラウネです。これから、みんなのために、野菜や果物を、たくさん作って、くださいね」
「わかった!」
畑担当のアルラウネって、呼ぶ時に長すぎて言いにくいよね。
とりあえず、略して畑ラウネと呼びましょうか。
「あなたの、名前は、今日から、畑ラウネです」
「名前、嬉しい。ママ、任せてー!」
うんうん、やる気が十分でよろしいね。
この畑ラウネの面倒は、とりあえずキーリに見てもらうことにしましょう。
「キーリ、この子を、お願いしますね」
「もちろんだよ! 収穫が安定するまでは、そばで面倒を見るつもりだから安心して」
キーリとトレントは、植木鉢に入った畑ラウネを運んでいきました。
畑ラウネは森の外れに住処を移して、そこで農業に励んでもらいます。
森の中でも比較的街に近い場所にいれば、人間さんたちが街に野菜を運ぶ時に楽だろうからね。
よーし、野菜生産のことを考えずに済んだことで、森を広げることに集中できるようになったよ。
根っこからたくさんの木を生やして、森の面積を広げていくよー!
それからしばらく根を増や続けていると、森の中に私と連結されていない植物があるのを見つけました。
もしかして森が広がったことで、この前の枯れかけの林みたいな野生の木と出会ってしまったのかな。
この森に生えている植物は、全て私の支配下にするつもりなの。
そうでなくては、森の要塞化計画に穴ができちゃうからね。
というわけで、クリスマスツリーのハサミの能力で、その植物の根を切断します。
その瞬間、相手の植物の根がうごめきました。
抵抗しようとしているのか、無数の根が私の根に対して攻撃をしかけてきたの。
なに、こいつ!
反撃されるなんて初めてだよ。
あなたみたいな危険な植物は、いち早く私の支配下に置かなければみんなが危ないです。
根の太さから考えて、そこまで大きな植物ではなさそうだね。
なら、数と大きさでこちらが攻め切るよ!
私の猛攻に耐えられなかったようで、そのヤンチャな植物はすぐさまギブアップしました。
今がチャンスだと、根の切断面に私の寄生根を突っ込みます。
これでこの反抗的な植物の命は、私が握ったようなものだね。
いったいどんな植物だったのか、ちょっと気になります。
見に行ってみたいけど、私は移動できないの。だってただの植物だから。
ドライアドの『転移』のスキルを使えるようになればその場に移動できるんだろうけど、前に試した時は上手くできなかったのです。
ドライアド様から教わったコツによると、精神だけを飛ばすイメージでやればできるらしいです。
せっかくだから、もう一度試してみましょうか。
でも、そう簡単にうまくいか…………。
「…………あれ?」
その時、不思議なことが起きました。
瞬きをした刹那の間に、私の目の前の景色が変わっていたの。
森の中心地にいたはずなのに、なぜか開けた場所になっています。
周囲には、たくさんの野菜が地面から生えていました。
なんだか畑みたいだね。
その畑を見守るように、妖精キーリとアマゾネストレントが歩き回っています。
二人とも、いつの間にここまで戻ってきたんだろう。
当分は畑ラウネと一緒にいると言っていたのに、随分と早かったね。
そこで私は、自分の視界の高さが変わっていたことに気がつきました。
地面からとても近くて、まるで幼女アルラウネに戻ったようになっていたの。
腰の花冠だって、なぜか縮んでいるよ。というか体が幼児体系になっているのですけど……。
ショックを受けて固まっていると、心配そうな顔をしたキーリが私のところへと飛んできました。
「なにかあったの?」
「私の体が、小さく、なっているの!」
「あなたは生まれたばかりなんだから、子供の姿なのは当たり前でしょー。アルラウネ様に命じられた野菜作りの仕事をしていれば、それと一緒に体も成長して大きくなるって」
──うん?
なんか今、キーリが変なこと言わなかった?
私が生まれたばかりで、しかも野菜を作る仕事をするだって?
野菜は畑担当アルラウネこと畑ラウネに任せたんだから、私の役目ではないのにね。
まさかキーリはそのことを忘れちゃったのかな。
「畑ラウネもアルラウネ様のお役に立てるよう、一緒に頑張ろう!」
「畑ラウネが、ここに、いるの?」
「何を言っているのさ。畑ラウネはあなたでしょう?」
キーリの言葉を聞いて、私は気がつきました。
この場所は、森の中心地ではない。
畑ラウネが野菜を作っている森の外れだったのです。
そしてこの体も、正確にいうと私のものではなかったみたいなの。
私はいつの間にか、畑担当のアルラウネの体に憑依していたらしいです。
精神だけが、畑ラウネの中に転移していたのだ。
ついに自力での移動を果たしたようです!
次回、転移です。