166 水やり大好きドリンクバーさん
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
不思議なことに、ドリンクバーさんをくださいと言ったらなぜか怯えられてしまったの。
森に水やりをしてもらって、私の空腹を癒してもらおうと思っただけなのにね。
領主のマンフレートさんが、恐る恐る私に尋ねてきます。
「なぜ彼が必要か、理由を聞いても?」
「食事に、必要だから、です」
お水欲しいの。
植物が生きるには水分が必須なのです。
「もしアルラウネさえ良ければ、他のものを用意するが……牛とかどうだろう?」
いいえ、牛さんでは私の喉の飢えは満たされないのです。
私が欲しいのは牛乳ではなくて、お水なんだから。
牛乳を地面に撒いてどうするのって話だよね。
「ドリンクバーさん、でなければ、ならないのです」
あれほどの水魔法の使い手はそうはいません。
水やりにはこれ以上ないうってつけの人材だよ!
でも向こうの気持ちになって考えてみると、塔の街の最強の冒険者を引き抜かれるのは嫌なのかもしれないね。
「それなら、数日借りる、だけで、よいのです。きちんと、返します、から」
「……それは骨になってということか?」
──骨?
なんだか話がかみ合っていないような気がするね。
もしかして昨日私がドリンクバーさんたちの骨をぐちゃぐちゃに折っちゃったことを心配しているのかな。
「よく意味が、わかりませんが、野菜を、たくさん作るには、彼が必要、なのです」
「…………人間に友好的とはいえ、モンスターであることを忘れていた。食事は必要だろうし、個人的にだが聖女イリス様に似ているアルラウネの言うことはできるだけ叶えてやりたい」
「そ、そんな領主様!?」と、蔓の中にいるドリンクバーさんが叫びます。
「街の救世主であるアルラウネの願いなら受けるしかない。それに、一人の命で街の全ての者の命が救えるのなら、領主としては決断せざるを得ない」
そう言うと、マンフレートさんがドリンクバーさんに、アルラウネに奉公するようにと命じます。
「いやだぁあああああ! ボクはまだ死にたくないぃいいいい!!」
森で水やりをしてもらうだけだから、死ぬほど大変なことはさせるつもりはないんだけどね。
ドリンクバーさんは森に一人で残るのがそんなに寂しいのかな。
それからマンフレートさんとお話をします。
塔の街の住人の食料を確保するために、野菜を毎日納品することに決まったの。
そして持てるだけの野菜をもって、マンフレートさんたち一行は街へと戻りました。
民を守るためなら犠牲はつきものだと、マンフレートさんが苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのが謎だったね。
人間が森に居続けるというのは、そこまで嫌がられることなのかな。
帰り際にニーナがマンフレートさんに「領主様たちは誤解していますよ」と、話しかけていました。
何が誤解だったのかはわからなかったけど、ニーナなりに私のことを気にかけてくれているみたいで嬉しいね。
というわけで、短期間だけど森に新しい仲間が入りました。
そんな新入りさんは「ボクを街に帰してくれ!」と、赤ん坊のように泣き叫んでいます。
いくら寂しいからとはいえ、さすがにうるさいからおしゃぶりをつけさせたくなってきたよ。
なので、代わりに蜜玉を舐めさせることにしました。
そうしたら、「死にたくないー」「ボクを解放してくれ」「なんでもするから」と言っていたドリンクバーさんが、「蜜が欲しい」「ここにいたい」「水やりをしたら、蜜をまたくれるだろうか?」と大人しくなってくれました。
これなら逃亡の恐れもないね。
従順な仕事人となったドリンクバーさんを森に解き放って、水やりをするようにお願いします。
お仕事が終わったらご褒美をあげると伝えたら、はしゃぎながら水を撒き始めました。
ドリンクバーさんがこんなに水やりが好きだとは知らなかったね。嬉しい誤算です。
あぁ、お水おいしい。
半精霊化したとはいえ、やっぱりお水はやめられないね。
私の根本的なところは植物のまま変わっていないのだ。
そういえば私が作ったこの森は、ドリュアデスの森とは違って川がなかったはず。
魔女っこやキーリの水問題もあるし、いずれは水路を引きたいんだよね。
それまではドリンクバーさんに活躍してもらいましょう。
水魔法を放ちながら森の奥へと進んでいくドリンクバーさんを見送っていると、魔女っこが浮遊魔法で私の花冠の上に飛んできました。
そうして甘えるように腕を引っ張ります。
「あの男の人、ここに住むの?」
「当分は、そうなる、かもね」
「どうしてもあの人がいないといけないの?」
「森の水やりと、みんなの、生活用水、のために、ドリンクバーさんが、必要なの」
「そうなんだ……」
なんだか魔女っこの様子がおかしい。
ドリンクバーさんが森に住むことを気にしているみたいだけど…………あ、わかった。
そういえば魔女っこは人間嫌いだったよ!
しかも相手は大人の男。
魔女狩りで捕まった時に、村の大人から色々と暴力をふるわれたと言っていました。
なるほど、魔女っこが怖がるのも無理ないね。
ドリンクバーさんは村の人みたいに魔女っこに乱暴をする人ではないだろうけど、それでも魔女っこからすれば関係ないはず。
ニーナには慣れていたみたいだし、少しずつでも人間嫌いが直ればいいんだけどね。なので、それまではドリンクバーさんを隔離しましょう。
それに、ここは森の乙女の園。
用事がないとき以外は立ち入り禁止です。殿方は別のところで寝ててくださいね!
というわけで、ドリンクバーさんの住居を作ることにしました。
ここから少し遠いところに、カジュマルで木の穴倉を作ります。
今日からそのカジュマルの木が、ドリンクバーさんのお家だよ!
新人にさっそく自宅を提供するなんて、私って森の主として立派だよね。
雨風が防げるから、ドリンクバーさんもきっと満足してくれることでしょう。
とりあえず生活スペースが被らなければ、魔女っこも安心できるはず。
魔女っこに確認してみると、遠くで暮らすなら良いと承諾してくれました。
森で一人暮らしになるけど、ドリンクバーさんなら我慢できるよね。
新入りについての処遇が決まると、魔女っこは新しい黒魔法の練習をするとかで、どこかへ行っちゃいました。
妖精キーリと妹分のトレントも、広がった森の調査に出かけています。
一人になった私は、塔の街の人たちのために、野菜を大量生産することにしました。
同時に、森を広げることも忘れてはいません。
そうだ、良いこと思いついたよ!
明日野菜を取りに伍長さんたちが森に来たら、いくつか野菜を調達してもらうよう交渉してみよう。
野菜のレパートリーをそろそろ増やしたいの。
魔女っこは焼そら豆が好きだと言ってくれはしたんだけど、さすがに毎日同じものばかりだと飽きるだろうからね。
料理人アルラウネとしても、家族の献立を考えるのは大変なのだ。
今夜の食用の野菜も作らいとね。
ドリンクバーさんが森に来たから一人分増やさないといけないから、いつもより多めにそら豆を作らないと。
そうそう、これも忘れちゃいけないね。
敵が来た時に備えて、森にトラップも作らないと。
モウセンゴケとかハエトリソウなんかを仕掛けておけば良いかな。
知らないうちに誰か捕食してしまいそうで食虫植物を設置するのはちょっと怖い気がするから、トウガラシの霧を撒くくらいで妥協したほうが良いかな。うーん、悩みます。
私が色々と考えを巡らせていると、血相を変えたキーリが私のところへ一直線に飛んできました。
「アルラウネ様、大変だよー!」
「キーリ、どうしたの?」
「あっちの方に、肉食のそら豆の林ができてたよ!」
「なにそれ!?」
キーリ曰く、森のとある場所に人間よりも大きいそら豆ができていたみたい。
その謎のそら豆を調べてみようと近づいたら、パカンとハエトリソウのようにそら豆の口が開いたそうです。
そしてキーリを食べようと襲ってきたとのことです。
知ない間に、新種の植物が森に生息しているよ。
というか、そら豆とハエトリソウって、さっき私が考えていたことだよね。
もしかして私、『植物生成』でそら豆とハエトリソウを交配させた新種を作り出してしまったのかな。
明るく楽しい森を作ろうと思っていたのに、無意識のうちにとんでもない化け物を誕生させてしまったようです。
そら豆に擬態するハエトリソウとか初見殺しすぎでしょう。
いや、そもそも食虫植物ってそういうものかもしれないね。
私だって森に住む人間の女のふりをして、パクリと獲物をおいしくいただいちゃうような生態をしているんだから。
植物って意外と怖いよね。
そう思ったところで、遠くのほうから「キャー!」という人間の叫び声が聞こえてきました。
もしかして、誰か新種に捕まった?
声が近くから聞こえたということは、場所的に侵入者ではなさそうだね。
私の可愛い植物たち、むやみに人を襲うのはやめなさい!
こんな恐ろしい森を作るつもりなんてなかったんだから、みんなもっと貴族令嬢のようにおしとやかに生息するのですよ!
思っていたよりもドリンクバーさんの出番が増えてしまい、長くなってしまったので分割しました。前話の次回予告とサブタイトルが違ったのはそのせいとなります。
森の縁の下の力持ちとして、これからもドリンクバーさんには水やりを頑張って欲しいですね!
(はたしてアルラウネがドリンクバーさんの本名を知る日は来るのでしょうか……)
今度こそ、次回、畑担当アルラウネです。