165 八百屋アルラウネ開業
私の手足となっている森の木々から伝わってくる感覚から考察すると、侵入者は二足歩行の生き物のように思えます。
多分だけど、人間が四人……いや五人かな。
いったい何者なんだろう。
こんなことなら、侵入者が来たときように罠となる植物をあらかじめ仕掛けておけば良かったね。
なので、今作ることにします!
だいたいの位置は森から伝わる感覚でわかるの。
侵入者が何者なのかが気になるから、とりあえず生け捕りにしましょうか。
ごきげんよう、侵入者さん。
わたくしのマイフォレストへようこそ。
観光客第一号であるあなた方は、わたくしが直々に特別対応させていただきますわ。
まずは景観をよくするために、お客様が歩いている辺りにマンイーターの花を咲かせましょう。
そこからウェルカムドリンク代わりのしびれ粉を噴射です。
これで満足して倒れてくれれば楽なんだけど、お客様はさらなる接待がご所望みたいで、まだ動いています。しぶといね。
なら、次は粘着質のモウセンゴケでマッサージを行いましょうか。
ネバネバしていて、揉んであげるときっと気持ち良いと思うの。
そう思ったけど、モウセンゴケが燃やされる感覚が伝わってきました。
しびれ粉もモウセンゴケも効かないというのは想定外だね。
お客様はそれなりの実力者みたい。
それなら、森の防犯機能の実験ついでに、精霊の力を使ってみましょう。
お客様に、真の森のエンターテインメントをお見せいたしましょう。
『大森林の支配権』を発動です。
とはいっても、精霊魔法で自動で森を操るのはなく、手動で森を操ります。
絞め殺しの木であるガジュマルを生み出して、お客様にハグいたしますわ。
初めての来客なので、歓迎の意を表するつもりで、ギュッと強めに抱き着きます。
わたくしの抱擁に感激したのか、お客様たちは動かなくなりました。
そんなに照れなくても良いのにね。
さて、侵入者の歓迎は終わったよ。
私は寝たままのみんなを起こします。
侵入者が来たことを伝えて、キーリと妹分のアマゾネストレントをお客様がいた場所へ向かわせました。
そして二人が連れてきたのは、なんと伍長さんとドリンクバーさん一行でした。
侵入者だと思ったけど、まさか知り合いが訪ねてきたとは思わなかったね。
でも、おかしいよ。
街の人には、私が引っ越したということは伝えていなかったんだけど。
ということは、もしかして調査部隊だったのかな。
「一晩のうちに荒地に森ができていたら、人間たちが調べに来るのも無理ないよ」
たしかにキーリの言う通りかも。
私がまだ聖女だとしても、不審に思って森に先遣部隊を出しただろうね。
ちなみに伍長さんたちは、失神していました。
私のカジュマルの抱擁によって、死なない程度に体がボロボロになってしまったみたい。何か所も骨折しているみたいだし、ちょっとやりすぎちゃった。
本当にごめんなさい……。
怖い思いをさせてしまったお詫びに、超回復魔法入りの蜜を伍長さんたちに飲ませます。
すると、瞬く間に伍長さんたちの傷は癒えていきました。
体が完全に治ったことで、伍長さんが目を覚まします。
「痛みが、引いた……!」
「ごき、げんよう」
私と伍長さんの視線が重なります。
「死ぬかと思ったぞ」と言いながら、伍長さんがやれやれといった風にため息をつきました。
「侵入者、だと思って、攻撃してしまい、ました。ごめん、なさい」
「勝手に縄張りに入ったのは俺たちのほうだしな。傷も治してくれたことだし、気にしないさ」
前にも思ったけど、やっぱり伍長さんは良い人すぎるよ!
「それにしても、やはりこの謎の森はアルラウネの嬢ちゃんの仕業だったか」
伍長さん曰く、どうやら塔の街では今、私が作ったこの森のことが話題になっているみたい。
昨日の夕方に、荒地だったこの場所が一瞬のうちに緑鮮やかな土地へと変貌したのを目撃した人がいたらしいの。
高台にある塔の街から簡単にこの森を一望できるから、本当に驚かれたようです。
そうして翌日に、調査部隊が組まれた。
魔王軍の四天王である姉ドライアドの残党がいる可能性も考えて、塔の街で最強の冒険者であるドリンクバーさんが隊長になったみたい。
そしてその姉ドライアドを撃破したユニークモンスターであるアルラウネが謎の森の原因だということも踏まえて、伍長さんが調査部隊に選ばれたようです。
「なんで森を作ったんだ? そもそもドリュアデスの森ではなく、なぜアルラウネの嬢ちゃんがここにいる?」
「お引越し、したのです」
「引っ越しで一から森を作るなんて…………だが、ちょうど良いかもしれない。実はアルラウネの嬢ちゃんに相談があってな。この調査が終わったら、ドリュアデスの森に行くつもりだったんだ」
「私に、相談……?」
「詳しくは領主様が直接伝えたいそうだ。また明日、領主様を連れて尋ねさせてもらおう」
そして翌日。
伍長さんとドリンクバーさん一行に加えて、聖女見習いのニーナと領主のマンフレートさんが森へとやって来ました。
私の森へようこそ!
昨日のように手荒なお出迎えはせずに、平和的に歓迎するためニーナに蔓を振って挨拶します。
「まさか一日で荒野を森に変えてしまうなんてさすがはイリ……紅花姫様です」
ニーナはいまだに私のことをイリスと呼びそうになるみたいだね。他の人にバレてしまうのではないかと心配です。
ほら、マンフレートさんがニーナの言葉に反応して、テンション上げ始めちゃったよ。
「ニーナよ、たしかに麗しの聖女イリス様を思い出してしまうのは仕方ないな。なにせアルラウネはこんなにも美しいのだ! 私も絵を描きたくなる衝動を抑えられそうにないぞ!」
今日もマンフレートさんは絶好調みたいです。
褒められるのは悪い気はしないので、ニコニコと笑みを返しながら対応しちゃいます。
「街の、復興は、どうですか?」
「うむ、資金が底をつきそうなのを除けば、おおむね順調だ」
ということは、お金が足りなくなっているのが問題になっているのかな。
金の綿を大量生産する時が来たのかもね。
「そこで頼みがある。アルラウネに金の綿を貰う約束だったが、その前に聖蜜だけを大量に欲しいのだ」
「蜜だけを、ですか?」
「実は、塔の街は食糧問題を抱えてしまってな。これもすべては、四天王のフェアギスマイニンイヒトのせいだ」
どうやら塔の街は、備蓄していた食料のほとんどをなくなってしまったようです。
理由は二つ。
一つ目は、今年の冬の大寒波のせいで、畑の収穫量が極端に減っていたそうです。
食べ物の価格が高騰していたんだって。
そして二つ目が、先日のトロールによる塔の街襲撃事件。
街が火に包まれたことによって、備蓄庫も一緒に燃えてしまったみたい。
それだけでなく、腹をすかせたトロールに食料や家畜を食べ漁られたりもしたとか。
その結果、街から食べ物が消えてしまったみたいです。
「住民たちの食の問題を解決するためにも、聖蜜をできる限り分けてほしい。今は金がないが、あとで払うと約束しよう」
ツケで蜜を買わせて欲しいということだね。
でもそういう理由なら、わざわざ蜜だけを渡すこともないかもよ。
「蜜だけでなく、野菜もいりますか?」
「……野菜?」
何を言っているんだこのアルラウネは、といったようなキョトンとした視線が私に注がれます。
説明するよりも、見せたほうが早いね。
私は『植物生成』の能力で、蔓に野菜を生み出していきます。
そら豆、カブ、タマネギ、トウガラシ、そしてリンゴとココナッツ。
野菜だけでなく、果物も大量に生産してあげます。
「野菜が一瞬で!?」「信じられません」「いったいどういう仕組みなんだ?」と、人間達が驚きの声を上げました。
「これらの野菜を、領主様に、お売りしましょう」
マンフレートさんが目を見開いたまま、リンゴを手に取りました。
そしてリンゴにかぶりつきます。
生のリンゴをそのままかじるだなんて、貴族としてはしたないのではなくて?
なんて意地悪なことは言わないよ。
「旨い……!」
そうでしょう、そうでしょう。
なにせそのリンゴはね、隠し味に私の蜜を入れたの。
そのほうがおいしくなることは、魔女っこと一緒に実験済みです。
「聖蜜を生み出す聖なるアルラウネのリンゴが食べられるだなんて、私はなんて幸せ者なのだろうか! あぁ、天へと召された聖女イリス様に感謝しなければ」
ねえマンフレートさん。
なんでリンゴが美味しいというだけで、私に祈ろうとするの?
もしかしなくても、マンフレートさんの私への執着が日に日に増している気がするんだけど、私の勘違いかな?
聖女イリスとそっくりなアルラウネと出会ってしまったことで、マンフレートさんの精神に何か知らの影響を与えてしまったのではないかと心配です。
「こんなに美味な食べ物は、聖蜜以来だ。手が止まらないぞ!」
マンフレートさんがリンゴをムシャムシャと食べ始めました。
どうやらお気に召してくれたみたい。
「お望みであれば、もっとたくさん、野菜を作りましょうか?」
「これ以上野菜を出せるのか?」
「今の、百倍、くらいは、できる、はずです」
「ありがたい……アルラウネ、君は塔の街の救世主だ!」
えへへ、救世主だって。
人から頼られて褒められるということは、こんなにも気分が良いことなんだね。
聖女時代には当たり前のようにしていたから気づかなかったけど、植物モンスターとなって人間から嫌悪され続けてきた今は、誰かから認めてもらうことがとても嬉しく感じるの。
よーし、塔の街の人たちのために、八百屋アルラウネを開店しちゃうよー!
私が街のみんなを飢えから守るのだ!
それにしてもマンフレートさんは本当に美味しそうにリンゴを食べてくれるね。
見ているだけで、なんだか食欲が湧いてきちゃった。
「私も、お腹、空いてきました」
森を創造したばかりだというのに、植物生成で野菜をたくさん作ったせいでもあるね。半精霊化したとはいえ、私にもご飯は必要なの。
「そうだ、領主様」
私はドリンクバーさんを蔓で捕獲します。
「野菜の、前金として、この人、もらっても、いいですか?」
「え……?」という驚愕の声が、その場で重なりました。
実はね、半精霊化して燃費がよくなったとはいえ、私には栄養は必要なの。
この場所は元々荒野だったわけで、水っ気が未だに乏しいままなのです。
だからドリンクバーさんの水魔法を使って、水やりをしてもらおうと思ったわけ。
「いただいても、いいです、よね?」
「いや、それは……」と、マンフレートさんが怯えるように呟きます。
ドリンクバーさんも、なぜか今にも泣きそうな顔をしていました。
なんか、すごい引かれているんだけど……。
ど、どうしてー?
私、何も変なこと言っていないよね!
魔女っこは以前と同じように街に蜜を売りに行くつもりだったので、何もしなくても街の人が蜜を買い取りに来てくれることになってビックリしていたりします。
次回、畑担当アルラウネです。