163 私、引っ越します
魔女っこが帰ってきて、本当に良かった。
二人で顔を合わせていると、ふと魔女っこの視線が上がります。
「アルラウネの頭に花が生えてる!?」
魔女っこが私の頭に生えた小さな花を触りました。
最後に魔女っこと会ったときには頭の花はなかったから、そりゃビックリするよね。
「どうしたの、これ?」
「……咲いちゃったの」
頭にお花が生えちゃったなんて、恥ずかしいよね。
魔女っこに変だと思われるようなら、剪定してもらおうかな。
そんなことを思っていると、魔女っこがよしよしと私の頭を撫でてきます。
「かわいいよ、アルラウネ」
「本当に?」
「さすがは私のアルラウネ。もっと綺麗に成長して、たくさん花を咲かせてね」
ま、魔女っこ……!
なんだろう、この気持ち。
私、今もしかしたら元人間として以外にも、植物としても喜んでしまったかもしれないよ。
うん、花が咲いて良かった。
こうなったらもっとたくさん花を咲かせて、魔女っこを喜ばしてやるよー!
私が魔女っことの再会を楽しんでいる間に、テディおじさまを乗せたドラゴンが地上に降り立ちます。
それと同時に、西の森に行っていたはずのドライアド様がこの場に転移してきました。
「ドラゴンの姿を見たので急いで帰ってきましたが、やはりあなたでしたか」
ドライアド様はドラゴンのことが気になって、わざわざここまで戻ってきてくれたみたいだね。
対するテディおじさまはドラゴンから飛び降りて、私のほうに近づきながら話しかけてきます。
「約束通り、魔女の娘はきちんとお届けしました。契約は成立ですね」
炎龍様とテディおじさまはきちんと魔女っこを取り返してくれました。
ということは、今度は私が約束を守る番だよね。
「わかりました。約束通り、炎龍様に、蜜を献上します」
私は口から蜜をたらします。
そうして事前にキーリに用意してもらった樽の中に、たっぷりと蜜を溜め込んでいきました。
私から蜜樽を受け取ったテディおじさまは、満足したようにうなずきます。
「今回の分の蜜はこれくらいで良いでしょう。今後は、専属の蜜の運び手を派遣することになるので、その者に蜜を渡してください」
「わかり、ました」
ということは、魔王軍の人がこの森に定期的にやって来ることになったということだね。
炎龍様とテディおじさまは信用しているけど、他の魔王軍まで信用できるわけではありません。変なことをしてくるとは思わないけど、本当に大丈夫かな。
姉ドライアドのように、私たちに牙を向けてくる者が現れるかもしれない。
なにせ私は、これまでに魔王軍の四天王を二人も倒してしまっているのだから。
それが他の魔王軍にも知られていたら、恨みを買っている可能性もあるよね。
──うん、やっぱり決めた。
この3日間こっそりと考えていた、あの計画実行するべきかもしれないよ。
二度と魔女っこと離れ離れになりたくない。
そのために、事前にやれることは何でもやっておきたいのです。
だから私は、魔女っこが戻ってきたら伝えようと思っていたことを話すことにしました。
「魔女っこ、私のお願い、聞いてもらっても、平気?」
「なに?」
「この森を出て、新しい場所に引っ越したいの」
「……理由を聞いてもいい?」
「私の森を、作りたいの」
私は移動できない。
そのため、ドリュアデスの森の全容どころか、近所のことも何も知りません。
敵が襲ってきたときに、奇襲に気がつくこともできない。
だから動けないなりに、自分で守りを固めたいの。
魔女っこたちと安心して暮らせられる我が家とでも言うべき場所を構築したい。
半精霊となったことで、出来ることが増えたからね。やってみたいアイデアもいくつかあります。
でもこのドリュアデスの森はドライアド様の森だから、自由に改造することができないの。
そのために、私の新しい森を作るのだ!
全ては魔女っこたちを守るため。
その旨を伝えると、魔女っこが私の手を握りながら微笑みかけてきます。
「わたしはね、元々この森に未練なんてないよ。望みはただ一つ、アルラウネと一緒にいたいってことだけ。だからアルラウネが自分の森を作りたいなら、どこにだって行ってあげるよ」
「ありがとう……!」
魔女っこは私に付いてきてくれる。その言葉が聞けただけでも、嬉しくなってしまいます。
けれども私たちの会話を聞いていたドライアド様が、「何を言っているのですか?」と私に驚くように尋ねてきました。
私は一応森の用心棒でもあるから、ドライアド様にも説明をしないといけないね。
「他にも、理由が、あります。私が、この森にいると、みんなを、危険に、してしまう、かもしれません」
ここでの生活もやっと落ち着くことができました。
だけど、今後も静かに暮らすことができるかはわからない。
知らないモンスターが襲ってきたり、王国軍が私を討伐に来たりするなんてこともあるかもしれないです。
魔王軍の新たな敵が現れる可能性もあるし、魔女王が魔女っこを奪い返しに来ることも考えられるよね。
迷惑をかけることはあまりしたくはないのです。
「アルラウネ、そんなことわたくしは気にしませんよ。むしろ用心棒としてのあなたの働きには感謝の言葉しかありません」
「それは嬉しい、のですが、一度他の場所で、試したいことが、ありまして」
私は植物だから、移動ができません。
誰かと戦うことになっても、私は基本的に待ちの態勢しかできない。
毎度のことだけど、奇襲をかけられることは日常茶飯事。私だけなら何とかなっても、守るべき対象が増えたことで、奇襲攻撃に対応できるか心配なの。
でもそれなら、敵が簡単には攻めて来られないよう、あらかじめ備えればいいのだ。
そのためには、自分の城が必要。
私でいうところの、森だね。
「私の森が、欲しいのです。大切な人を、守るための、森が。そして、今の私には、それを作る、力があります」
「たしかにアルラウネの今の実力があれば、独立するのは不思議ではないです…………そういうことでしたら、わたくしには貴女を止める術はなさそうですね」
「ご理解、いただけて、嬉しいです。今まで、お世話に、なりました」
「ですが、わたくしから一つお願いがあります。フェアはまだ一緒に連れて行かないでください。彼女にはドライアドとして教えなければならないことがたくさんあるのです」
たしかに、私はドライアドについてのことをフェアちゃんに教えることはできない。
それができるのは、同じドライアドであるドライアド様だけです。
「母上ー、わたしも行きたいー!」
「フェアちゃんは、ここに、いてください」
「ど、どうして……!」
「私には、あなたに、生きる術を、教えることが、できないの」
フェアちゃんの本体はこの小さく細い木です。
この木が壊れてしまうと、精霊であるフェアちゃんは死んでしまう。
私の近くにいると、危険がたくさんあるかもしれないからね。
移動できないフェアちゃんは、せめて自分の身を守るくらいの力が必要なの。
「ドライアド様と、頑張って、お勉強してください。それに、引っ越すと言っても、すぐ近くに、いるので、安心して、ください」
せっかく塔の街とコネクションができたからね。
なので街のすぐ近くに引っ越すつもりなの。
「引っ越し先での、生活が、落ち着いたら、フェアちゃんに、迎えを送るから」
「本当……?」
「約束、しますよ。だからそれまで、待っていてね」
「わかった!」
フェアちゃんの頭を蔓で撫でてあげます。
森を作って、要塞化するまでに敵が攻めてきたら危ないからね。
安全だと判断するまで、フェアちゃんはドライアド様に預けます。
「ドライアド様、フェアちゃんを、よろしく、お願いいたします」
「承りました」
私は、こっそりとドライアド様に私の種を渡します。
テディおじさまに聞こえないよう小声でお話です。
「これは、私の種です。テディおじさまが、いなくなったら、ここに植えて、私の代わりの、用心棒にしてください」
「助かります」
ここに私のクローンアルラウネを残していけば、とりあえずここの守りは安心です。
私の記憶を引き継いでいるのだから、きっと頑張って聖域を守ってくれるはずだよ。
ドリュアデスの森ですべきことは終わりました。
あとは、引っ越し業者を探すだけだね。
「テディおじさまー!」
私はドラゴンに蜜を積んでいたテディおじさまを呼びます。
「なんでしょうか?」と言いながら、テディおじさまが私のほうへと歩いてきました。
「テディおじさまに、お願いが、あります」
「引っ越しについてでしょうかね」
さすがテディおじさま。
話が早いね。
「そのドラゴンを、使って、私の体を、運んで、欲しいのです」
「話はだいたい聞きました。こちらとしてもアルラウネが居場所を変えることに異論はないので、協力いたしましょう」
テディおじさまありがとうー!
魔王城に行った時も勝手に運ばれたから、これでドラゴンでのお引越しは二度目だね。あの時とは違って、今度は私が行き先を決めることができるのだ。
妖精キーリが「アルラウネ様が外に出るなら、あたしも行くよー!」と私の肩の上まで飛んできました。
妹分のアマゾネストレントもモサモサと枝を揺らして、私に付いていく旨の主張をしています。
みんなと一緒にいられるなら、寂しくはないよ。
新天地でもよろしくね!
こうして私たちは、新居に引っ越すことにしました。
私の森を作るのだ!
夢のスローライフを目指して、新生活を始めるようです。
次回、森を作りますです。