162 私の家族
私、半精霊化した植物モンスター娘のアルラウネ。
姉ドライアドを倒してから3日が経ち、森に平和が戻りました。
今の私の住居はドライアド様の聖域の前に移動しています。
というか戦闘中にここに根を張ってしまったから、動けないんだよね。
そして私の周囲には、私が植林して根とつながったままのアルラウネの林というべきものもあります。
なんだか住み心地は良い感じなの。
それに、新しい仲間も増えました。
というか娘って言ったほうがいいのかな。
幼木ドライアドのフェアちゃんも、私の近くに生えたままです。
私と同じでフェアちゃんも、本体である木は簡単には移動できないからね。
その代わり、ドライアドであるフェアちゃんは自分の根を伝って他の場所に移動することができます。
だから私とは違って、他の場所に遊びに行くことも可能なの。
半精霊化したことだし、私も早く転移のやり方を覚えたいね。
森は平和そのもので、特には変化はありません。
あるとしたら、姉ドライアドが支配していた西の森を、ドライアド様が管理することになったことくらいです。
そのドライアド様は今、西の森に転移して色々と調査をしているみたい。
姉ドライアドのことだから、森に変な生物を放っていたり、変な実験場とかを残しているかもしれないからね。
後々何か起きないよう、早めに問題の芽は摘み取らないといけません。
森に対して塔の街では、領主のマンフレートさんが街の復興のために全力を尽くしているそうです。
昨日、聖女見習いのニーナと伍長さんが私のところに遊びに来てくれたんだけど、その時に街の様子を教えてもらったの。
マンフレートさんの家の私財を投入して、街を元に戻そうとしているそうです。
私が金の綿を渡して、それで商売してもらうことになるのは、もう少し後になってからになるみたい。
街の復興が一番大事だから、領主としても貴族としても、民のために頑張ってもらいたいです。
そうそう、ニーナたちにはお土産に蜜をたくさん渡しておきました。
今までは魔女っこを介してしか反応を知らなかったから、蜜を渡すだけで喜んでもらえて私も嬉しかったよ。
西の森と塔の街のことは他の人に任せます。
今の私がするべきことは、東の森でお留守番をするということ。
聖域の入り口は私が守るよー!
フェアちゃんは日向ぼっこをしながらお昼寝中です。
なので一人で静かに意気込んでいると、遠くからキーリの声が聞こえてきました。
「アルラウネ様ー!」
こら、キーリ!
フェアちゃんが寝ているのに、そんな大声を出したら起きちゃうじゃない!
声がしたほうに目を向けてみると、妹分のアマゾネストレントがこちらに鋭いフォームで走ってくるところでした。
妖精であるキーリはトレントに乗っているみたい。
それはいいんだけど、あんなに激しく走ってきたら、振動でフェアちゃんが起きちゃうかもしれないよ。
「もっと、静かに、走って、来て!」
そんなやり取りをしながら、キーリとアマゾネストレントが見回りから帰ってきました。
トレントの枝には、一本の大きな木が握られています。
「その木は?」
「トレントがアルラウネ様にプレゼントだって」
妹分のトレントには、いつも珍しい植物を持ってきてくれるから本当に助かっているの。
しかも今日のこの植物は、プレゼントというのにふさわしい名前の木かもしれないね。
この木の名前はクリスマスツリー。
クリスマスツリーというと、クリスマスの頃にライトアップされているモミの木を連想するよね。
幻想的な雰囲気を出してロマンチックな気持ちに浸れるあのクリスマスツリーとは違って、これは前世の世界でもきちんと実在していた樹木です。
緑色の葉に混ざってオレンジ色の花が咲いているこの木は、一見すると普通の木でしかありません。
だけど実は、このクリスマスツリーは地面の下でこっそりと寄生活動をしているの。
クリスマスツリーの根には、ハサミのように根を切断する能力が備わっています。
他の植物の根を見つけると寄生根を使ってその根を切断して、そこに自分の根を勝手につなげてしまいます。そうして水や栄養を盗むのだ。
その切断能力によって地下にある電線なんかも切ってしまって、停電とかも起こすことがあるらしいね。
私はクリスマスツリーを下の口で捕食します。
パクリ。
これで私はクリスマスツリーのハサミの寄生根の能力を得ました。
他の植物の根を切り裂いて、自分の根とつなげることが可能になったね。
つまり、森の植物をすべて私に接続してしまえば、森の所有権をドライアド様から私に移し替えることができるようになりました。
どうしましょう、このドリュアデスの森をドライアド様から奪い取れそうだよ。
まあそんなことはしないけどね。
それでも、地下でこっそりと森の植物から栄養を盗み放題となるわけです。
ためしに近くにある根っこ切断して、寄生してみましょう。
しめしめと触覚を頼りに、地中にある手ごろな根っこを探し当てました。
そしてハサミでちょん切り。
よし、どこの誰かは知らないけど、私の根っことつながったよ。
これで栄養をおすそわけしてもらいましょう。
根と根が連結された瞬間、お昼寝していたはずの幼木ドライアドのフェアちゃんが「ひゃっ!?」と声を上げました。
どうやら目が覚めたみたいだね。
でも、いきなりどうしたんだろう。
「フェアちゃん、どうしたの?」
「母上ー。誰かが私の中に入ってきたの」
──ん?
「根っこが切られて、そこから何かが私の中に……他人の一部が私の体とつながってしまったみたいで、なんだか変な感覚がするの」
もしかしてそれ、私じゃない?
どうしましょう。
私、フェアちゃんの根っこを切断してしまったみたい。
ということは、今の私とフェアちゃんは根を通してつながっているんだね。
よくよく考えてみると私から一番近くに生えている植物はフェアちゃんなわけだから、何も考えずに近場の根に寄生しようとするとこうなるのは当然かも。
その結果、合体しちゃったよ。どうしよう!
私は「不思議、ですねー」と口にしながら、フェアちゃんとつながってしまった根っこをクリスマスツリーのハサミの能力で切断します。
これで二人の接続は無くなったはず。
「母上ー。根っこが切られて、変な気配が消えちゃった。何だったんだろう今の……」
それはね、私だったのですよ。
どうフェアちゃんに真実を伝えたら良いかと悩んでいると、地面に大きな影ができました。
空を見上げると、翼を広げたドラゴンのお腹が見えます。
あれはテディおじさまの移動用のドラゴン。
ということは……!
「アルラウネー!」
私を呼ぶ声と共に、ドラゴンから白髪の女の子が飛び降りてきます。
ま、魔女っこだぁあああああ!!
ふわふわとゆっくりと落ちてくる魔女っこを、蔓でキャッチ。
「わたしね、早くアルラウネに会いたくてずっと我慢できなかったの!」
「私も、早く会いたいと、思っていましたよ!」
だからこうして再会できて嬉しいよ。
それよりも魔女っこ、怪我はない?
蔓で魔女っこの体を触診してみます。
触った感じだと、どうやらどこも怪我はしていないみたい。
「あっ、アルラウネ……く、くすぐったい、よぅ…………」
体をもじもじとさせて、逃げようとする魔女っこ。
久しぶりの再会なんだから逃がさないよー!
心配してたんだから。
魔女っこをハグします。
小さな両手が私の背中に回ります。
そのまま二人で静かに抱き合いました。
私の胸に顔を沈めていた魔女っこが「アルラウネの体はひんやりする」と、もごもごと喋ります。
植物である私は、人間と比べると体温が全く違うからね。
「夏は、涼しくて、良かった、でしょう?」
「うん……だけどこれからは寒くなるから、温かいほうがいい」
それなら大丈夫。
私、ザゼンソウの自家発熱の能力を使えば、人肌になることくらい簡単にできるから。
あぁ、なんだろう。
こうやって魔女っこと一緒にのんびりとしていると、なぜか落ち着くの。
ずっと張り詰め続けていた緊張が、氷のようにゆっくりと溶けていきます。
私がアルラウネとなった森からドリュアデスの森に移ってから、色々ありました。
守るべき家族とでも言うべき仲間もたくさんできたね。
魔女っこに妖精キーリ、妹分のアマゾネストレントに、幼木ドライアドのフェアちゃん。
みんな、今の私にとってとても大切な存在です。
気がつけば、長かった夏も終わり、季節は秋になろうとしています。
騒がしかった日々は終わりを迎え、ついに私たちに平穏が訪れたのだ。
「そうだ、これを言わないとね」と、魔女っこが思い出したように呟きます。
「……なに?」
「アルラウネ、ただいま」
今の魔女っこにとって、私がいるこの場所は帰るべき我が家となっているんだと悟りました。
それがとても嬉しくて、誇らしくなります。
だから私は、笑顔で応えましょう。
「おかえり、なさい!」
クリスマスツリー:オオバヤドリギ科の半寄生植物。このクリスマスツリーは南半球のオーストラリアに分布し、12月の真夏のクリスマスの時期にオレンジ色の花を咲かせます。
次回、私、引っ越しますです。