日誌 魔女っこ、はじめての魔女の里 後編
引き続き、魔女っこ視点です。
わたし、魔女のルーフェ。
魔女の里に連れられてから一日が経ちました。
森に残してきたアルラウネが凄く気になる。
四天王のドライアドにやられていなければいいのだけど、無事でいるのかな。
もしかしたら戦いは終わっていて、なかなかわたしが戻って来ないと心配しているかもしれないよね。
お互いの無事を確認するためにも、一刻も早く魔女の里から逃げ出したい。
だけど逃走しようとした瞬間に、またあの魔女王に捕まってしまうのではないかと想像してしまいます。そのせいで、なかなか体が自由に動いてはくれません。
わたしを魔女にした張本人である白い魔女。
その魔女王に逆らうことが怖くて、心の底から震えてしまいそう。
昨日のことを思い出して寒気を感じていると、魔女王補佐のグローアが朝食を持ちながら部屋にやって来ました。
「夜はよく眠れましたか?」
グローアはわたしと同じ白髪なだけでなく、魔女王と比べると優しく感じます。
もしわたしに姉がいたらこんな感じだったのかも。
今のところ一番話しやすい人ではあるので、魔女王には訊けなかったことをグローアに尋ねてみようかな。
「魔女は人に変身することもできるんですか?」
魔女王はドワーフの男に変身していた。
もしかしてわたしも変身魔法を使えば、他の人に変装できるのかも。
「人に変身するのはとても難しいの。それができるのは、魔女王様くらいなものですね」
「なら、雷を出すのは?」
「それなら他の魔女でも出来ますよ。あれは荒天魔法というものです」
荒天魔法というのは、天気を操る魔法だそうです。
上手く扱うことができれば、その場で小規模の嵐を起こしたり、小さな雷雲を生み出したりすることができるみたい。
「わたしも、できるようになりたい」
わたしはアルラウネの飼い主なのに、アルラウネに格好悪いところばかり見せているの。いつも助けられてばかり。
だからもう足手まといにはなりたくない。
「ルーフェは変身魔法と浮遊魔法は使える?」
「……使える」
「変身魔法や浮遊魔法のように魔女だけが扱える魔法のことを黒魔法と呼ぶの。どれも他の種族が使う魔法では真似できないようなユニークなものばかりだけど、戦闘では使うのが難しい魔法です」
「ですが」と、グローアは続けます。
「荒天魔法は魔女が戦闘時によく好んで使う魔法です。ですので自分の身を守るためにも、まずはルーフェも荒天魔法を覚えましょうか」
うれしいことに、グローアから荒天魔法のやり方を教えてもらうことになりました。
これでわたしが強くなれば、アルラウネを少しでも助けることができる。
頑張らないと……!
それからグローアと二人で里のはずれに移動して、荒天魔法の練習を始めました。
そしてちょうどやり方のコツを教えてもらい終わった頃に、空の上を何か大きなものが通り過ぎます。
早くてはっきりとはわからないけど、羽が生えたドラゴンのように思えたね。
「ルーフェはここで大人しくしていなさい」とわたしに指示しながら、グローアが里のほうへと飛んでいきます。
そうは言われても、あれが何だったのか気になる。
もしかしたら前にわたしを襲ってきた火を吐くドラゴンかもしれないしね。
わたしは鳥に変身してから、こっそりと里へと戻ることにしました。
空を飛んで移動すると、里の真ん中に1匹のドラゴンが降りたっているのが見えました。
ドラゴンの背には、騎乗用の鞍がついてるみたい。
きっと誰かがドラゴンとここまでやって来たんだ。
ドラゴンというと、魔王軍のことが思い浮かぶよね。
もしも来客が魔王軍の人なら、ドリュアデスの森にいるアルラウネについて何かわかるかもしれない。
けれども、来訪客の姿はどこにも見当たりません。
先に里へ戻ったグローアもいないし。
外にいないということは、もしかしたら家の中にいるのかもしれないね。
わたしは鳥の姿のまま、グローアの行方を探すために窓の外から家の中を覗きます。
そして6軒目の家へとたどり着いたところで、その家の中から赤髪の男の人と黒の紳士服を着た男の人が出てきました。
魔女の里なのに男の人がいるのは、なんだかおかしい気がする。
ということは、この二人がドラゴンに乗った来訪客だったんだ。
わたしはその家の屋根に降り立ちます。
そこから二人の会話が少しだけ聞き取ることができました。
「グリュー様、良いのですか? 魔女王にアレを渡してしまっても」
「良い。魔女王の目的は昔から変わらないが、それは我々の目的とも非常に近いものがある。ゆえに利用させてもらおう」
その謎の二人は、待機させていたドラゴンに乗って空へと飛び上がりました。
気がつくと、屋根の真下に魔女王とグローアが立っています。
客人を見送りに、建物から外に出てきたみたい。
空の彼方へと飛んで行くドラゴンを眺めながら、魔女王が声を荒げます。
「グリューシュヴァンツめ、やりやがったよ!」
なんだかイライラとしているみたい。
そんな魔女の隣で、同意するようにグローアが頷きました。
「そうですね魔女王様。まさかわたしたちが長年探していたアレを持っていたのがグリューシュヴァンツ様だったということにも驚きましたが、それと交換にルーフェを渡すように提案してくるなんてどうにも信じられません」
「あの炎龍のことだ、どうせ私たちを利用しようとしているつもりなのさ。だけど、これで私の悲願へとまた一歩近づいたよ。今は利用されてやろうかねー」
「ルーフェは良いのですか? 今後、ルーフェにはいっさい手を出すなとまで約束させられてしまいましたが」
「今回は仕方ないねー。でも、わたしはルーフェちゃんを諦めたわけではないよ」
「まさか、アルラウネのところに取り返しに行くのですか?」
「そんなことはしないよー。あいつは約束を破ることに関しては執念深いから、アルラウネを殺してルーフェちゃんを奪い返したら、きっと魔女の里を焼き払いに飛んでくるだろうからね」
「それは困りますね……」
「でも、もしもルーフェちゃんが一人きりになってしまって、自分の足で魔女の里に戻ってきたとしたら、炎龍との約束を反故にしたことにはならないよねー」
「まったく魔女王様は…………それでどうするのですか?」
「わたしの知り合いは何もあのいけ好かない炎龍だけじゃない。他にも魔王軍に友人はたくさんいるんだからねー」
にゃははと、魔女王は愉快そうに笑います。
「紅花姫ちゃんは四天王を倒したみたいだけど、あのフェアギスマインニヒトですら四天王の中ではまだ比較的新参者の部類。古参の四天王の力を、あの植物娘は知らないんじゃないかなー」
そこでグローアが、「そうだ、ルーフェのところに戻らないと」と呟きます。
このままだと盗み聞きしていたことがバレちゃう!
わたしは空を飛んで、急いで先ほどいた場所へと戻りました。
それから二日後。
今度は紳士服の男が一人で魔女の里へとやって来ました。
グローアから事前に説明を受けていたけど、どうやらわたしは魔王軍に引き渡されるみたいです。
あの赤髪の人が持つ何かとわたしを交換するみたい。
紳士服の男がグローアに箱を手渡します。
その箱の中身を魔女王が、「間違いない、本物だ」と笑みを浮かべました。
なんだか嬉しそう。
目を輝かせながら箱の中を凝視する魔女王に対して、紳士服の男がコホンと咳払いをします。
「それでは約束通り、そこの魔女の娘を引き渡してもらいましょうか」
「わかっているよー。じゃあねルーフェちゃん」と、魔女王が軽い雰囲気で手を振ってきました。
グローアが「人里は危ないですから、気を付けてくださいね」と言いながら、わたしの背中をぽんぽんと叩いて歩くように促します。
そうしてわたしは紳士服の男と一緒にドラゴンに騎乗しました。
紳士服の男の掛け声でドラゴンが飛び上がります。
浮遊魔法以外で空を飛ぶのは初めてだから、ちょっと新鮮かも。
でもバタバタと羽はうるさいし、魔女の浮遊魔法のほうが静かで良いかな。
ドラゴンは少しずつ上昇していき、眼下にある魔女の里が少しずつ小さくなっていきました。
魔女王とグローアが、こちらを見上げているのがわかります。
まさかこんなに早く魔女の里から出ることになるとは思わなかった。
けれど、これからわたしはどうなるんだろう。
「これからわたしはどこに連れて行かれるの?」
「あなたは森に帰ります。それがアルラウネとの約束ですからね」
「アルラウネは無事なの?」
「ええ、とても元気そうにしていましたよ」
どうやらこの紳士服の人はアルラウネの知り合いらしいです。
こないだは蜜の常連客の聖女見習いとアルラウネは仲良くしていたし、わたしが知らないうちに他の人間に懐いてしまったのかも。
あの子はわたしのアルラウネなのに。
悶々としていると、紳士服の男の人は内緒話をするようにわたしに教えてくれます。
「どうやらあなたは、アルラウネにとって特別な存在のようですね」
「わたしが?」
「そうです。あなたを取り返して欲しいと、必死な表情でしたよ」
アルラウネがわたしを……。
その言葉が聞けただけで、もやもやとしていた何かがどこかへと弾け飛びます。
わたしがアルラウネを想っていたように、アルラウネもわたしのことを心配していた。
その事実が、とても嬉しくて、胸の奥が温かくなるの。
それからしばらくして、紳士服の男は思い出したようにぽつりと呟きます。
「同時に、あなたはアルラウネにとっての泣き所でもあるのかもしれませんが」
やっとアルラウネと再会できる!
そのことに頭がいっぱいだったわたしは、この時に紳士服の男が言った意味をよく理解することができませんでした。
というわけで、魔女っこ視点でした。
魔女の里から移り変わって、森のアルラウネへと戻ります。
次回、私の家族です。