日誌 魔女っこ、はじめての魔女の里 前編
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
気がついたら、知らない家の知らないベッドで寝ていました。
たしか司祭ドライアドにやられそうになったところを、ドワーフのおじいさんに助けてもらったはず。
そのドワーフが、見覚えのある女の人に変身したところで記憶が途切れています。
猫耳の魔女帽を被った白髪の女の人は、5年前にわたしを魔女にした魔女とよく似ていた。
魔女になった6才のあの日のことを思い出してしまい、うずく左肩を強く押さえつけます。
すると、扉のほうから声をかけられました。
「気がついたようですね」
初めて見る顔の女の人が部屋に入ってきました。
わたしと同じように白色の髪の毛だけど、一部は金色の髪をしています。
「誰……?」
「私はグローア、魔女王の補佐をしています。あなたお名前は?」
「ルーフェ……」
「ルーフェですね。魔女の系譜的に私はあなたのお姉さんになるから、何かあったら頼ってくれて良いですよ」
「……ここはどこ?」
「ここは魔女王様が統治する魔女の里。今日からルーフェの新しい故郷になるの」
どうやらわたしは知らない間に、魔女に連れ去られていたようです。
森にいるアルラウネは大丈夫かな。心配だね。
「森に帰ってもいいですか?」
「ダメに決まっているじゃない。外の世界は危ないわ。それにあなたは魔女王様の力をほぼ完璧に受け継ぐことができている貴重な魔女の一人。ここで立派な魔女になれるよう修行してもらわないと」
「そうしたら帰ってもいいの?」
「帰るも何も、ここがルーフェの新しい家よ。あなたには将来、この里の幹部になってもらうつもりです。特別にこの一軒家も用意してあげたんだから」
なるほど、この家はわたしの家なんだ。
昨日までは森でアルラウネと野宿していたから、屋根がある寝床は本当に久しぶり。懐かしいね。
でも、このままここに居座るつもりはないの。
「それは困る」と、わたしが言いかけたところで、扉がバタンと勢い良く開きます。
そこから10人程の女の人たちが雪崩れ込んできました。
これでもわたしは魔女の端くれ。
この人たちが全員魔女だということはすぐに分かりました。
そこでわたしは気がつきます。
魔女はみんな髪が白色になるものなんだと思っていました。
でも、どうやら違ったみたいなの。
わたしもグローアも、わたしを魔女にしたあの人も、髪は白色でした。
けれどもこの場に現れた魔女軍団の髪の色は、みんなバラバラです。
中には髪の一部に白色が混じっている人もいるけど、ベースとなるのは別の色。
ぱっと見で白髪だと思える人は、一人もいませんでした。
魔女軍団は「この子が新しい子?」「もっと顔をよく見せて」「あら、可愛いじゃない」と、うるさく騒ぎ始めます。
その様子を見た魔女王補佐だというグローアが、呆れた顔をしながら魔女軍団を叱りつけます。
「こら、お前たち! まだ中には入るなと言ったでしょう」
「グローア様、これくらい良いじゃないですか」「久し振りに仲間が増えたんだから、みんな楽しみなのさ」「それにしても、こんなに小さな子供の魔女が里に来たのはいつ以来かねえ」「ゼルマ以来じゃないの?」「いいや、ゼルマは正確には魔女にならなかったから違うよ」「ならその前のマライ以来だね」「どちらにせよ、10年ぶりの子供の新人さんだね」と、勝手に喋り続けます。
しかも、かわるがわるわたしに質問を続けてくるの。
「どこから来たのか」「好きな食べ物は」「編み物はできるか」とか、どうでもいい質問ばかり。
こんなことをしている暇は、わたしにはない。
早くドリュアデスの森に戻って、アルラウネの無事を確かめないと。
四天王のドライアドに苦戦しているのなら、助けに行きたいの。
うん、決めた。
ここから逃げよう。
まずは変身魔法で鳥に変身して、開いたままになっているあの扉から外に出る。
そう思って変身魔法を使おうとすると、「どこに行くのかにゃ〜」という甘い声が耳元から聞こえました。
ゾクリと鳥肌が立ちます。
ひんやりとした冷たい誰かの手に、いつの間にか腕を掴まれていました。
気がつくと、ベッドのわたしの隣に、猫耳帽子を被った魔女が座っていました。
雪のように真っ白な長い髪に、わたしの視線が奪われます。
わたしを司祭ドライアドから助けてくれたあの魔女だね。
まったく気がつかなかった……。
グローアが「魔女王様、お帰りになったのですね」と声を上げます。
ということは、この人が魔女王。
そして間違いないよ。
5年前の記憶が正しければ、わたしを魔女にしたのはこの人だ。
魔女王が現れると、魔女軍団は先ほどまでのことが嘘だと思えるようにピタリと鎮まりました。
「みんな、悪いけど出て行ってもらおうかにゃー」と、魔女王が人払いをします。
部屋に残ったのは、魔女王を除くと魔女王補佐のグローアだけ。
「にゃはは、久しぶりだねー。こんなに立派に大きく成長していただけじゃなく、わたしの魔力をここまで受け継ぐことができているなんてビックリしちゃったよ」
6才のあの日、わたしは魔女にさせられた。
あの時、わたしはこの人を怖いと思いました。
今もその時と同じように、恐怖のあまりか声が出ません。
代わりに空気だけがぷひゅー、と口から漏れます。
「それじゃ、ちょっと見せてもらおうかにゃー」
そう言いながら、魔女王はなぜかわたしの服を脱がし始めました。
突然の展開に驚きすぎて、硬直していたはずのわたしの喉が動き出します。
「いきなり何を……!?」
「抵抗してもぉー、無駄ぁー」
逃げようとしても、なぜか体が思うように動きません。
まるで石像になってしまったのではないかと思えるくらい、わたしは固まってしまいました。
魔女王は慣れた手つきで、無防備なわたしの肌を次々とあらわにします。
家族以外の人に自分の体を見られるのは初めてのことだから、凄く恥ずかしい……。
そんなわたしの気持ちを知らない魔女王は、わたしの左肩を見ながら「ふむふむ」と納得したようにうなずきました。
「魔女の印もきちんと成長しているねー」
左肩に浮かび上がるこの紋章のような印は、魔女になった時にこの魔女王に刻まれたものです。
国の魔女狩り部隊は、この印のことを知っていました。
なので人里では魔女の印を他の人に見られないよう、細心の注意を払っていたの。
わたしと魔女王のやり取りを黙って見ていたグローアが、再び呆れた表情で呟きます。
「魔女王様、印を見るだけならルーフェの服を脱がせる必要はなかったかと思いますが?」
「もちろん、わたしの趣味だよー。この子には何が似合うかなって観察していたのさ」
「ルーフェはまだ子供なのですから、魔女王様の悪い趣味の実験台にはしないでくださいね」
「もちろんわかっているよー」
なんだかわからないけど、この魔女王は思っていたよりも怖い人ではないのかな。
アルラウネが誘拐された時、きっと辛い目にあっているはずだと思っていました。
けれども、誘拐されても意外と待遇は悪くないです。アルラウネも、もしかしたらわたしと同じようなことを思ったのかもしれないね。
それでも、この魔女王にはどこか畏怖を感じてしまうのはなぜだろう。
「魔女王……様、森に帰ってもいいですか?」
「ええー、そんなにあのアルラウネと会いたいの? そこまで望むなら、別に行ってもいいよー」
「いいの?」
「ルーフェちゃんが一人前の魔女になったらね。今のまま一人で外に出したら、人間に狩られちゃうからまだダァ~メ~」
「人間なんか、怖くない……」
「本当にそう? 魔女狩りをされた経験はない? やつらは魔女を目の敵にしているから、捕まったら死ぬよりも辛い経験をさせられちゃうんだよ~」
村で魔女だとバレたことで、大人の男の人たちに殴られ、口の中に石を詰められたことを思い出します。
魔女は人間ではないから、悪いことをしてもいいと村人たちは言っていました。
嫌なことを思い出したせいか、じわじわと目元が湿り気を帯びてしまいます。
あんな思いは、もう二度としたくない。
「ルーフェちゃんを魔女の里に連れてきたかったのは、後継者候補として育てることも一つの理由だけど、身の安全を保障してあげたいって理由もあったんだよねー」
魔女狩りをされるくらいだから、魔女は怖くて悪いイメージがありました。
だけどなんだかこの人、怖いけど悪い人ではない気がする。
誘拐犯だと思って警戒していたけど、色々と事情があるみたいだし。
とはいえ、同じ魔女だからといって簡単に信用することは出来ないよね。
魔女も人と同じ。
狡猾で身勝手な存在に決まっている。
だからこの世でわたしが唯一信じられるのは、わたしのアルラウネだけ。
植物であるアルラウネは、わたしのこと裏切ることはないのだから。
魔女王は一通り話したいことは終わったようで、ベッドから立ち上がりながらわたしの頭を優しく撫でます。
「とにかくこの里にいる限りは安全だから、ルーフェちゃんも自由に過ごして頂戴ねー」
部屋を出て行こうとする魔女王に対して、わたしは「待ってください!」と呼び止めました。
あなたにまた会うことがあったら、聞きたかったことがあったの。
わたしは、わたしを魔女にした張本人と再会した時に、必ず尋ねようと思っていたことを口にします。
「何で、わたしを魔女にしたの?」
なぜわたしは、他の子供と同じように自由に過ごすことができなかったのか。
なぜわたしは、両親と一緒に隠れるように暮らさなければならなかったのか。
なぜわたしは、同族であるはずの人間から命を狙われることになったのか。
なぜわたしは、人を辞めなければならなかったのか。
そしてなぜわたしは、魔女になってしまったのか。
6才の頃からずっと気になっていたことです。
「もしかして、ずっと気になっていたのかにゃー?」
魔女王はわざとらしくこちらに大きく振り返ります。
そうして氷のように冷えた表情で、楽しそうに笑いました。
「理由なんてないよ」
はっきりと冷淡に、魔女王は告げます。
「たまたまわたしの目についたのが、あなただった。ただそれだけ」
魔女王はそのまま「じゃあね~」と、愉快そうな足取りで部屋から去っていきました。
そうだったんだ……。
わたしはこの魔女王の気まぐれが理由で、人間を辞めなければならなかったんだ。
それで魔女にされてしまったんだね。
やっぱり、この人は怖い。
得体の知れない、不可解な存在です。
魔女王に対するわたしの印象は、6才の時から5年経った今でも同じままとなりました。
森で水浴びをしていた時にアルラウネが見た魔女っこの左肩の紋章というのは、この魔女の印のことでした。
次回、魔女っこ、はじめての魔女の里 後編です。