160 街に協力します
私は激怒した。
かの領主を許すべきではないと。
いったいどうしてやりましょうか。
タマネギで泣かせるのも良いですし、トウガラシで絶叫させるのも良い。
この際、蜜漬けにしてしまうのも手ですよね。
──でも、待って。
落ち着くのよ、あなたはもう聖女イリスではなく、植物モンスターのアルラウネなの。
聖女イリスではないと思ってくれるのなら、むしろこれはラッキーだと思わないと。
アルラウネになってから、私への第一印象の好感度がこんなにも高い人間さんは初めてだしね。
それに、領主となったマンフレートさんに対して、ここで危害を加えてしまったらどうなることでしょう。
イリス似とはいえ、やはり人間とは相容れないモンスターだと距離を置かれてしまうかもしれないよ。
そうなったら、せっかく人間さんたちと友好的に関係になりかけていたのに、それも全て水の泡。
塔の街の人たちに私のことを認めてもらうどころか、また討伐隊が組まれてしまうかもしれない。
だからね、アルラウネ。
領主様にお仕置きするのは、後のお楽しみにしましょう。
鎮まりたまえ、私の精神。
悔しいけど、我慢するのよ!
どうどう。
そうやって私が一人で心の中で格闘していると、わからずやの領主様がこれ見よがしに呟きます。
「たしかにアルラウネはイリス様と顔は瓜二つで、目の色も同じだ。けれども髪の色は金ではなく緑色だし、しかもイリス様の胸はもっと小ぶりであらせられた」
こ、小ぶりですって……。
聖女見習いのクソ後輩のように、無駄に脂肪を蓄えた方が良かったとでもいうの?
──ぐぬぬ。
たしかに今と比べて聖女時代はそこまでではなかったかもしれないけど、実際は今とそんなに違わないと思うよ?
むしろ同じくらいだったといっても過言ではないです。うんうん、そうに違いない。きっとマンフリートさんの記憶違いですよ。
私が自分の中で折り合いをつけたところで、「あれ、そう言われてみるとたしかに……なんで?」と、なぜかニーナまでもが呟きます。
ちょっとニーナ、あなたまで思い出さなくても良いのですよ。
むしろ忘れなさい!
「冷静になってみると、イリス様と違う点がたくさんあるな。申し訳ない、久しぶりに聖女イリス様の顔を拝見できたと興奮しすぎて、早とちりしてしまったようだ」
「…………別に、良いの、ですよ」
「私は何を考えていたのだろうか。そもそもの話、アルラウネがイリス様なわけがない。なぜなら、聖女イリス様がこんな破廉恥な格好をすることはないからだ!」
…………うぐっ。
植物生活に慣れてしまったせいで忘れていた、人間としての倫理観が甦ってしまいました。
「半裸の聖女など、いるはずがない!」
たしかに半裸の聖女は、見たことないですよね………………。
うぅ、ニーナの憐れむような視線が痛いよぉ。
「だが、確信したぞ。聖女イリス様にここまでそっくりなモンスターが、悪いモンスターなはずがないじゃないか!」
マンフレートさんの中では、私がイリスではないという判断になったようです。
その代わりに、私のことを好意的に思ってくれるみたいだね。
それは嬉しいけど、あなたはお仕置き確定ですよ。
今は友好的な関係を築くために大人しくしているけど、今後は覚えていなさい!
「ここで起きたことは、そこの冒険者たちから聞いた。魔王軍の四天王を退け、街を守ってくれたようだな。塔の街の領主として礼を述べさせてもらいたい」
どうやら私が伍長さんと話している間に、マンフレートさんはドリンクバーさんから詳しい話を聞いたみたいです。
「褒美として何かしてやりたいところだが、今は少し待って欲しい。街が魔王軍のトロールに襲われてしまってボロボロになってしまったから、復興するのが先だ。私の屋敷も燃えてしまったし……」
マンフレートさんの言葉を聞いた伍長さんが「申し訳ありません」と、なぜか謝ります。
そういえば私がドリュアデスの森に戻った時、街が炎で燃えているのを見たね。
トロールに壊されたうえに、火事で燃えてしまった街を治す復興資金が必要みたいです。
復興するのが先決だと思うし、私のことは気にしなくて良いですよ。
「これだけの被害、いったいいくら金がかかるか考えたくもないな」
これからの金策に悩みだすマンフレートさんの顔は、領主の表情になっていました。
さきほどの変態っぽい雰囲気とは大違いです。
私が知らない間に、マンフレートさんも領主として成長していたんだね。
女神の塔を破壊したのは私だし、街を復興するのなら私も協力したいです。
それに、今後も私はこの場所で過ごさなければなりません。
だから塔の街の領主様とは良い関係を結んでおきたいの。
モンスターだからと簡単には討伐されないように、できれば貸しをたくさん作っておきたい。
ということだから、先ほどの無礼を飲み込んで、手を差し伸べましょう。
「領主様は、お困りの、ご様子。よろしければ、わたくしが、お手伝い、いたしましょうか?」
「アルラウネがか?」
「わたくしは、お金を、作ることは、できません」
植物が硬貨を生むことはできないからね。
なら、他の物ならどうでしょう。
「ですが、お金に、なるものなら、無限に、作ることが、できるのです」
領主であるマンフレートさんがどういうことだと、こちらを見返してきました。
私は植物生成を行います。
そうして蔓に、金色の綿花を咲かせました。
そう、これは魔王城の植物園にいるバロメッツさんの金の綿です。
友達である彼女から、金色の綿を作る能力を授かったんだよね。
これの使い時は今しかありません。
「金色の綿、だと……!?」
その場にいる人たちが息を飲むのが伝わってきました。
大陸では珍しいこの金色の綿を使えば、お金に困ることはないはず。
にこりと笑みを作りながら、私は手で綿花を摘み取ります。
「お近づきの、しるしに、こちらの綿を、差し上げましょう」
そうして唖然としたままの領主マンフレートさんへ、私は金色の綿をそっと渡しました。
綿は生めば生むほど、お金になるの。
よーし、この綿を使って、街の復興資金を稼ぐよー!
この金の綿は一つではなく、もっとたくさん咲かせられることも見せつけてあげないとね。
私は次々と綿花を生み出していきます。
すると、精霊の力を取り込んだことで暴走していた体の異変が、鎮まっていることに気がつきます。
歯車がキッチリと噛み合ったような不思議な感覚が、私の全身を駆け巡りました。
途端、私の蔓から一面金色の綿畑が誕生します。
溢れるくらいの膨大なエネルギーが私の中から炸裂したのです。
これまでの植物モンスターのアルラウネという存在が、小さくちっぽけだったとすら思えるような感覚です。
例えるなら、私のレベルが一段上がったような様子かな。
それよりも、もっと根本的な何かが変わったという感じなんだけどね。なんて例えるのが正確かな。
そう思ったところで、周囲のみんなの視線が私に集中していることに気がつきます。
金の綿畑を作ったことを、驚いてくれたみたいだね。
えへんと胸を張っていると、何やら雰囲気が違うことに気がつきます。
ニーナもマンフレートさんも、他の人間さんだけでなく、キーリやドライアド様までもが、私の頭の上を凝視しているの。
困った表情をしている皆を代表して、キーリが私の頭の上を見ながら尋ねてきます。
「アルラウネ様、それって何ですか?」
この場にいるすべての人物が私の頭の上に視線を向けています。
頭の上には金の綿は出さなかったはずだけど、いったいみんなはどうしたんだろうね。
「頭から何か出てますよー!」
「誰の?」
「アルラウネ様だよ!」
え、私の!?
とっさに手で頭を触ります。
驚くことに、そこに何か大きなものがありました。
私の頭に、何か生えている……!
「アルラウネ様の頭に、蕾が出ているよー!」
意識すると、頭に植物の蕾のようなものが生えていることがわかりました。
え、なんで私の頭に蕾が出ているの!?
私がその謎の物体に手を触れると、その蕾が突然動き出します。
「花が……!」
と、ニーナが口にしました。
手で触ってみると、確信しました。
私の頭の蕾が、開花したのだ。
簡単に言うと、私の頭に花が咲いたの。
ど、どうしてー?
私にいったい、何が起きているのー!?
……おや!?
アルラウネのようすが……!
次回、私、進化しましたです。