153 白色の魔女
空飛ぶドワーフが、魔女っこを担ぎながら現れました。
その謎のドワーフの体が歪んだと思ったら、白髪の女の人に変化してしまったの。
新雪のような深い白色の髪が、風に流されてなびきます。
彼女の頭には、猫耳のついた大きな三角帽子が覆いかぶさっていました。
なんだか魔女の帽子みたい。
男性物だった服も、いつの間にか白色のドレスへと変貌しています。
白い三角帽子に白いドレス、そして髪の毛も同じように白色。
なんだか真っ白の絵の具で、頭から足の先まですべて着色されてしまったような印象の人です。
体形どころか服装に関してまで、もうドワーフだった形跡は一つもありません。
魔女っこと同じような変化の歪みの兆し、浮遊魔法を使って空を飛んでいて、魔女のような三角帽子。しかもそれだけではなく、魔女っこと同じ白髪。
確信はまだないけど、ほぼ間違いないよね。
この白色の女の人は、魔女だ。
魔法でドワーフに化けていたんだね。
変身魔法は動物にしか化けられないと思っていたけど、人間にもなれるなんて驚きです。
魔女を見たのは、アルラウネになってから三度目。
実はこの魔女は、私が魔王城で見た魔女とは違う人みたいなの。
炎龍様のお部屋で見た魔女は、ワンポイントカラーで白い髪をブロンドに染めているような感じの人でした。
たしかあの魔女は、魔女の里の女王補佐だと言っていたよね。
まさか魔女っこも含めて、白髪の魔女を三人も目にすることになるとは思わなかったです。
みんな髪の色が同じで紛らわしいよー!
魔女は髪が全員白色だという決まりでもあるっていうの?
とにかく魔王城で見た魔女ではないけど、この白色の魔女は50年前の姉ドライアドの記憶の中にいたのは間違いないの。
なにせ、勇者パーティーにいた女剣士と瓜二つの顔だからね。
たまたまそっくりな顔をしていただけの他人がこのタイミングが登場したというのは信じられません。
だから思い切って、訊いちゃいます。
「50年前の、勇者の仲間の、女剣士、ですよね?」
私の質問を聞いた白色の魔女は、わざとらしく驚いたように「にゃは」と口を開きました。
「なんで紅花姫ちゃんがそのことを知っているのかなー?」
「なんでなんで?」と興味津々な表情で、白色の魔女は私と目を合わせてきました。
「もしかして、聖女だけじゃなくフェアギスマインニヒトも食べちゃったの? それで記憶まで吸収しているってことか~、にゃるほどにゃるほど」
一人で頷いて納得する白色の魔女。
なんだか魔女っこと違って、表情の起伏が激しい魔女みたいだね。
しかもその推察は、だいたい合っていたりするよ。
そしてこの魔女の顔が、昔の勇者の仲間であった女剣士と同じだったことに気がついたのは、どうやら私だけではなかったみたいです。
動揺を隠せないといった雰囲気のまま、妹のドライアド様が白色の魔女に尋ねます。
「アルラウネの言う通りです……貴女は50年前にこの森で死んだ、女剣士フィデッサではないのですか?」
「そうだよ、わたしはあの時のフィデッサ。あなたはドライアドの妹でしょ? 久しいね~」
白色の魔女は少しも隠す素振りをせずに、正体を明かしてきました。
知られたからには死んでもらおうとか言ってくるのかなと思っていたから、軽すぎる返答でなんだかこちらが拍子抜けしちゃいそうだよ。
「もちろんフィデッサは偽名だよー。それに死体を偽造することくらい、わたしにとって簡単なことなの」
女剣士フィデッサは死んではいなかった。
そして、そのフィデッサの正体は、この白色の魔女だったということだったんだ。
「なんで、勇者の、仲間に、なっていたの?」
「それを紅花姫ちゃんに教える義理はないよね~?」
白色の魔女がギョロリと目をむきます。
一瞬だけ、殺気のようなものが放たれました。
蛇に睨まれた蛙のように、私は全身に寒気さを感じてしまいます。
──強い。
元聖女としての勘だけど、この白色の魔女からは私のストーカーだった黄金鳥人さんや、精霊姫こと姉ドライアドと同じくらいの力量を感じるよ。
理由は教えてはくれなかったけど、この魔女が50年前に暗躍していたことは間違いなさそうだよね。
他の人間に成り代わることができる変身魔法を使って、勇者やドライアド姉妹に化けていたのだ。
そうして悪意を持って、当時の勇者たちを混乱させた。
その結果、勇者たち人間は死んでしまい、姉ドライアドは闇堕ちしてしまった。
「あなたが、50年前に、色々と暗躍していた、ことはわかっています!」
「それを知ったからといって、紅花姫ちゃんはどうするつもりなの?」
白色の魔女は面白がるように私に挑発してきます。
「もしかして、昔の勇者のかたき討ちとか? フェアギスマインニヒトの記憶を受け継いでいるなら、そう思うのも無理ないかもしれないねー」
「いいえ、そのことに、ついては、私は興味、ありません」
あくまでそれは50年前のことだからね。
たしかに姉ドライアドの記憶を見たばかりで情が移りそうになってはいるけれど、今の私にはそれよりも優先すべき大切なことがあるのです。
「魔女っこを、返して、ください!」
白色の魔女は、ずっと魔女っこを抱えたままなの。
何を置いてでも、返してもらうのが先決だよ!
「あぁ、この子ね」と、白色の魔女は、魔女っこの頭を優しそうに撫でます。
「この子はダメ。だってわたしの大切な娘なんだから」
──む、娘!?
あぁあああ、あなた、魔女っこのお母様なんですか…………?
でも、ちょっと待って。
たしか魔女っこは、両親は死んだって言っていたよね。
なら、これはいったいどういうことなの?
「にゃはは、もちろんわたしが産んだわけじゃないよ。この子を魔女にしたという意味では、生みの親ではあるけどねー」
魔女っこは6才のときに魔女になったと言っていました。
ということは魔女っこを人から魔女にしたのは、この白色の魔女だということか。
そういえば魔女がどうやって誕生するのか知りません。
少なくとも、この白色の魔女は人間を魔女にする力を持っているということだろうね。
本当にいったい何者なんだろう。
でも────
「あなたが、誰だろうと、関係ありません」
誰だか知らないけど、魔女っこは私にとっては大切な家族みたいな存在なの。
魔女っこも、あなたのことなんて一度も話していなかった。
だから、きっと魔女っこも私と一緒にいることを望むはず。
「拒否するなら、力づくで、魔女っこを、取り返して、みせます!」
「…………面白い、面白いよ。こんなことは初めてかも」
「にゃはは」と、白色の魔女が静かに笑みを浮かべます。
「植物ごときにここまで言われたのは、長い魔女人生の中でも一度もなかった…………嬉しいね、やっぱり長生きはするものだ」
ニヤリとこちらを値踏みするような二つの瞳が、私を見降ろしてきます。
白色の魔女と私の視線が音もなく交差しました。
だけど魔女は、「やっと来たか」と言いながら、すぐに目の向きを変えてしまいます。
その視線の先には、箒に乗って空を飛ぶ人影が見えました。
どうやら仲間の魔女が来たみたい。
しかもね、また白髪の魔女だよ!
この新手の魔女は、白に混じって金色の髪があります。
ということは魔王城で見た、魔女の里の女王補佐だという人だね。
女王補佐の魔女は、白色の魔女の隣で滞空します。
「探しましたよ、冒険者組合にいるとおっしゃっていたのに、なんで森にいるんですか?」
「事情が変わったの、だから許してね」
「はぁー、まあなんとか魔女王様を見つけられましたし、良いですよ」
──ねえ。
今、魔女王って言ったよね……?
白色の魔女はただの魔女ではないとは思っていました。
でも、魔女の里の女王補佐がそう言うなら決まりです。
魔女っこを魔女に変えたという、猫耳帽子の白い魔女。
この白色の魔女は、人間の敵である魔女を束ねる、魔女王だったようです。
《冒険者のドワーフのおじいさん=魔女王》であり、《女剣士フィデッサ(50年前)=魔女王》、だったということになります。
どちらもこの魔女王が変身した仮の姿でした。
次回、暗躍する魔女王です。