152 ドライアドの記憶
私、植物モンスター娘のアルラウネ……なんだけど、なぜか身体が青色の蔦のドライアドになっているの。
どうやら今の私は、姉ドライアドの夢を見ているみたい。
ドライアド様の話を聞いて、すぐに私は眠りに落ちてしまったようです。
姉ドライアドを吸収したことで、その中の記憶が呼び覚まされたのかも。
この夢が50年前の出来事だということは、すぐにわかりました。
なぜなら妹のドライアド様が語ってくれた、人間の賢者の話に出てきたことが起きていたから。
ちょうど森の中で、姉ドライアドと当時の勇者と思われる人物が二人きりで向かい合っていました。
勇者が姉ドライアドに語り掛けます。
「人と精霊、種族が違うのは十分承知だ。それでも俺についてきて欲しい。君を一生幸せにしてみせる!」
こ、これって、もしかしてプロポーズの言葉なんじゃないの!?
どどどどうしましましょう。
なんだか見てはいけないものを見てしまったみたいで、申し訳ない気がします。
というか他人のこういったやり取りを生で見るのは初めてのことなの。
悪い気はするけど、めちゃくちゃ気になるよね……!
勇者は姉ドライアドに青い花束を渡します。
姉ドライアドは「貴方からこの花を受け取るのは何度目なのでしょうかねえ」と独り言を口にしました。
勇者は姉ドライアドへ毎日のように花を贈っていたようで、それらの日々の光景がなぜか脳裏に浮かんできます。
最初は森の精霊として拒絶の態度を取っていた姉ドライアドも、次第にこのしつこい勇者のことが気になって来ていたようです。
そうしていつの間にか、心を許すような関係になっていたみたい。
「わかりました。アタシの一生を、あなたに捧げましょう」
腕を伸ばした二人の身体が重なります。
種族差を超えた二人の恋が、成就したのでした。
────場面が転換します。
そのシーンは姉ドライアドの前に、勇者と賢者、そして女剣士の三人が対峙しているところでした。
勇者が「もう一度、君と二人で話をさせてくれ」と、必死の形相で頼み込んできます。
「…………信用できない」と、姉ドライアドは返しました。
でも、「なら剣は置いていく。武器がなければ安心できるだろう?」という勇者の言葉を信じて、姉ドライアドは最後に二人きりで話し合うことを決意したようです。
姉ドライアドは先に聖域へと転移し、勇者が中に入ってくるのを待ちます。
けれども驚くことに、聖域の扉から剣を持った勇者が突進してきました。
勇者の剣によって、姉ドライアドの左目がえぐられます。
眼帯の下の傷は、この時に出来たのかと私は悟りました。
「話し合いというのは嘘で、アタシを殺すのが目的だったのか……!」
姉ドライアドの視界が暗転します。
「どうしたんだ!?」という勇者の声が聞こえてきました。
自分で攻撃してきておいて、この男は何を言っているんだろうねと、姉ドライアドが冷めた気持ちで小さく呟きます。
勇者の攻撃によって左目が消失したことで、姉ドライアドの中で何かが壊れる音がしました。
理性という鎖が、勇者の剣によって断ち切られたのです。
残された右目を開くと、兜を脱いで心配そうな表情をする勇者が、ゆっくりと姉ドライアドへと近づいて来ていました。
こちらを油断させておいて、また剣で攻撃するつもりのはず。
その手はもう喰わないと、姉ドライアドは毒の刃を出現させて、勇者の身体を突き刺します。
形勢逆転です。
ニヤリと姉ドライアドは笑みを浮かべると、勇者の両手にあるソレに気がつきました。
「さっきまで剣があったのに、どうして……?」
勇者の手には、剣ではなく一輪の青い花が握られていました。
勇者からプロポーズの言葉を受けたときの光景と、目の前の青い花が重なります。
最愛の相手に裏切られたことで、姉ドライアドの中には人間という種族に対する拒絶の感情が渦巻いていました。
人という種を根絶やしにしたいというような灼熱の憎悪が高ぶっています。
それと同時に、勇者のことを忘れたくないという寂しい愛情が小さく燃え残っていました。
恋人への気持ちが灰になって消えないようにと、勇者が持っていた青い花をすくい取るように掴みます。
大事に触りながら、その花を自分の髪に挿しました。
その花の名前は、勿忘草。
花言葉は「真実の愛」。
そして勿忘草には、「私を忘れないで」という意味もあったはず。
姉ドライアドが人間を洗脳するときに使っていたのは、この花と同じものでした。
勇者のことを忘れることができなかったから、姉ドライアドは青い花を洗脳花として使うことにしたのかもしれないね。
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目が覚めます。
私の意識が夢の世界から現実へと引き戻されたみたい。
淡い夢のような姉ドライアドの記憶の中で、私が最後にとある物を目にしました。
それは、墓に勇者を埋葬する姉ドライアドの姿でした。
「そうだったんだ…………」
あの勇者の墓を作ったのは、妹のドライアド様ではなく、姉ドライアドだったみたいです。
勇者の兜を墓に置いたまま、姉ドライアドは森を去った。
そうして魔王軍に入る。
後日、森に戻ろうとしたら、妹によって結界が張られていた。
姉ドライアドが勇者の墓を再び目にすることは、それ以来ずっとなかったみたい。
それこそ、聖域を陥落させた今日までは……。
そこで私は、勇者の兜を丸呑みしたままだったことに気がつきます。
急いで兜を下の口から吐き出しました。
危なかったよ。
あのままだったら、聖遺物を消化してしまうことになったかもしれないね。
この兜は勇者の墓に戻したほうがいいのかなと考えていると、幼木のドライアドが、「母上、それは?」と声をかけてきました。
「これは、兜、ですよ」
「……母上、ちょっと見せてください」
幼木ドライアドは勇者の兜に興味津々みたいです。
兜を蔓で渡すと、「なんだかこれを持っていると、安心します」と大事そうに抱きかかえ始めました。
もしかしたら記憶はなくなっても、姉ドライアドの心がこの幼木の精霊に残っているのかもしれないね。
「気に入ったのなら、その兜は、あなたに、あげますよ」
「良いのですか母上? ありがとうございますー!」
勝手にあげて良いものなのかわからないけど、私が取り返したんだし、ドライアド様も頭を縦に振ってくれているから問題ないよね。
幼木のドライアドも喜んでくれているみたいで、生みの親としても笑顔が見られて私は嬉しいよ。
よし、決めました。
たしか姉ドライアドの名前はフェアギスマインニヒトだったよね。
なら、この子はフェアちゃんと呼びましょう!
新しい娘であるフェアちゃんの頭を蔓でよしよしと撫でながら、私がさきほど見た姉ドライアドの記憶を思い返します。
姉ドライアドが勇者に左目を斬られた時のシーンが、なんだかおかしいの。
あの時の勇者は、姉ドライアドに腕を斬られているから既に隻腕だったはず。
だというのに、聖域の中で剣を持って突進してきた勇者には両腕が生えていたような気がするの。
それで再び目を開けた時にいたのは、青い花を持った隻腕の勇者でした。
一瞬のことだったから確信はないです。
姉ドライアドもあの時は混乱していたみたいだから、よくは覚えていないみたい。
それでも、もしかして剣を持って姉ドライアドの左目をえぐった勇者は、偽物だったのではと思ってしまいます。
本物の勇者は賢者に剣を預けていたわけだし、実際に青い花しか持ってはいなかったからね。
それに私が勇者の偽物がいたことを疑うのは、それだけが理由ではありません。
あの日の朝、勇者と姉ドライアドはそれぞれ相手の元へと訪れて、別れ話をしたらしいです。
そのことについて、二人はどうやら記憶がなかったみたい。
ならそれをしたのも、もしかしたら偽物の勇者と姉ドライアドなのかもしれないよ。
偽物疑惑はもう一つあります。
「ドライアド様は、あの日の朝、勇者の天幕に、行ったのですか?」
姉ドライアドは、勇者と妹が唇を合わせているところを目撃しています。
でも、賢者と女剣士に「姉のことをお願いします」とわざわざ頼みに言っていた妹のドライアド様が、そんなことをするとは思えません。
「わたくしは勇者と関係を持ったこともなければ、二人きりで会ったこともありません。賢者の話に出てきたというわたくしは、おそらく誰かがわたくしに変装していたのでしょう」
これで妹のドライアド様の偽物もいたことがわかったね。
勇者と姉ドライアド、そして妹のドライアド様に変身できる人物が、あの場にはいたんだ。
でも性別どころか種族を超越した変装ができる人なんて、存在するのかな。
どんな変装の名人だろうと、短い間で勇者やドライアド姉妹に変装することは不可能のように思えるよ。
そう考えたところで、地面に小さな影ができていることに気がつきます。
視線を上げると、空に一人の男が飛んでいました。
樽のようにな体形のドワーフです。
お年を召しているようで、髪の毛が真っ白でした。
──なんでドワーフが空を飛んでいるの?
という疑問は、その謎の人物が担いでいる小さな女の子を目にした瞬間にどこかへ吹き飛びます。
「魔女っこ!」
反応がないよ。
もしかして眠っているのかな。
でも、なんで司祭を追いかけて街へ行ったはずの魔女っこが、ドワーフに捕まっているんだろう。
そのドワーフが空を飛んでいるという点も含めて、もうよくわかりません。
空飛ぶドワーフは、私たちを見降ろしながら呟きます。
「フェアギスマインニヒトはやられたみたいだのう。まさか紅花姫がここまで実力を持っていたとは、驚きじゃなあ」
感心したようにこちらを見分する謎のドワーフ。
とにかく怪しさ抜群だよ。
「それにしても、紅花姫は本当にあの聖女によく似ているのう。死んだと聞いていだが、その遺体を吸収したことによって突然変異のアルラウネが生まれたと考えるのが順当だろうか」
このドワーフ、イリスである私のことを知っているんだ。
聖女時代にこのドワーフと面識があった記憶はないけど、向こうは私の顔を見たことがあるみたいだね。
「あなたは、誰、ですか?」
「わしか? そうじゃなあ……この子を保護してくれていた礼も兼ねて、せっかくだから久しぶりに自己紹介でもしようかのう」
そうのんびりと口にすると、突如ドワーフの姿が歪みだしました。
魔女っこが白い鳥さんに変身するときによく似ています。
そうして瞬く間に、ドワーフは線の細い女性へと変化していました。
そこで魔女っこを担ぎながら空を飛んでいるのはもうドワーフではなく、白髪の若い女の人になってしまったの。
白い鳥さんがいきなり魔女っこに変身したときもかなり驚いたよね。
でも今回は、その時を遥かに超えるほどの衝撃が私を襲いました。
なぜならこの白髪の女の人の顔を、私は既に知っていたからです。
とはいっても、聖女イリスとしての知り合いではありません。
もちろんアルラウネになってからでもないよ。
つい先ほど、夢の中でその顔を目にしたばかりだから、忘れることはないの。
姉ドライアドの記憶の中で見た、若い賢者と一緒にいた白髪の女剣士。
どういうわけか、その女剣士とそこに浮いている白髪の女の顔が、全く同じだったのです。
お読みいただきありがとうございます。
次回、白色の魔女です。