150 アルラウネvsドライアド その9
私、巨大植物モンスター娘のアルラウネ。
姉ドライアドに私が元聖女だということが知られました。
バレてしまった以上、もう隠すこともできないから仕方ないよね。
だけど、この衝撃の事実を知った姉ドライアドは、聖女イリスがアルラウネになっていることは想像すらしていなかったみたい。
「まさか死んだはずの聖女イリスの亡霊と戦うことになるとは思ってもいなかったねえ……」
亡霊だなんて失礼しちゃいます。
私はきちんと生きているのだから。植物としてね。
「けれど、これで納得したよう。お姫様はただのモンスターだというのに、精霊に近い力を持っていたからねえ。元が聖女だというなら普通の植物ではないのだし、そういうこともあるかもしれないよ」
色々と実験してみたいねえと口ずさみながら、姉ドライアドは舐め回すように私の顔をじろじろと見てきます。
マッドサイエンティストとしての血が騒いでいるみたい。
でも、神樹の動きが止まっている今がチャンス。
ついでにちょっと名案も浮かんだかも。
街にある女神の塔を蔓で破壊してしまったけど、その塔は未だに私が握ったままなの。
壊してしまったという事実はもう戻らない。
ならせっかく塔が燃えているのだし、このまま利用しないことはないよね。
燃える塔を槍のようにして、萎びていた蕾に攻撃します。
けれども、どういうわけか傷一つつけられませんでした。
クククと笑みを作りながら、姉ドライアドが残念だったねと声をかけてきます。
「それくらいの炎じゃ蕾が燃えることはないねえ。それに外からの攻撃は対策済みなのさ」
どうやら弱点である火についての対策はとられていたみたい。
蕾がダメなら代わりにと、私は燃える塔を槍のようにして神樹の幹へと突き刺しました。
ぶつかった直後、塔は砕け散ります。
けれども、表皮に小さな傷ができました。
大事な蕾を守るために、神樹の表皮の防御力が少し低くなっていたみたいだね。
「傷が少しついたところで、神樹となったアタシがそう簡単に燃えることはないのさ」
たしかに塔の炎では、姉ドライアドの本体に火をつけることはできませんでした。
外からの攻撃はほぼ無効化されてしまうの。
なら、中から攻撃したらどうなるのでしょうね。
塔によってできた小さな傷に、ネナシカズラの蔓を差し込みます。
「またあたしに寄生しようとしているのかい?」
いいえ、今度は違いますよ。
フェアギスマインニヒトさん、接ぎ木って知っていますか?
接ぎ木をするとね、二つの植物を人為的に合体させて、一つの植物にさせることができるの。
本来であれば、接ぎ木をするには台木となる木を切断して、その上部に別の木の枝を繫ぎます。
けれども私は、神樹の中にネナシカズラを侵入させて、植物生成を行ってネナシカズラを木の枝へと変化させました。
そうして無理やりに内部の神樹と私の身体を繫ぎ合わせたの。
神樹といっても、元はただの木。
だから同じような性質に身体を変化させることは不可能ではないのです。
今の私は、姉ドライアドの本体と完全に繋がっている。
二人で一つの身体を共有している感じだね。
「アタシの中に入ってくるこの異物の感覚……まさか、お姫様の身体と繋がってしまったとでもいうのかい?」
「不本意だけど、そうなっちゃった」
ドライアドは元々、本体の古木から生まれた精霊です。
なので古木自体が力を持っているのではなく、精霊として出現しているドライアドの方に様々な能力が付与されているの。
それなら本体である古木に寄生することも、接ぎ木の要領で体を無理やり合体させることもできると思ったのだ。
私の思惑通り、なんとか成功することができました。
「このままアタシの身体を乗っ取ろうとしているようだが、残念だねえ。精霊であるアタシが、逆にお姫様の身体を支配するほうが早いのさ」
あら、勘違いしてはいけませんよ。
なにも私は、神樹をこのまま乗っ取ろうと思って、接ぎ木をしたわけではないのですから。
身体を一つにしたのは、理由があります。
外側からの攻撃が効かないのなら、内側から攻撃をすれば良いよねという戦法なの。
「精霊姫さん、私がさっき、食べた、花の名前を、知っていますか?」
「あの大きい花のことかい。それなら──」
「いいえ、そちらでは、ないです」
あの時、妹分のトレントが持ってきてくれた植物は二つありました。
大きなラフレシアを捕食する前に、私はとある小さな花を食べたの。
そちらの花の能力をこれから使おうとしているわけ。
私が最初に食べたその花の名前は、ゴジアオイ。
その変わった性質から、「自殺する花」や「植物界のサイコパス」と呼ばれて恐れられています。
ゴジアオイは気温が35度くらいを超えると、自分を燃やすために発火しやすい分泌液を出して、自然発火するという特徴があるの。
そうやって周囲を焼け野原にしたあとに、再びその場に発芽して生態を広げている花なのです。
花言葉は、「私は明日死ぬだろう」。
でもね、姉ドライアドさん。
あなたが死ぬのは、明日ではなく今日のようですよ。
ゴジアオイの能力を使うには、体温を上げないといけません。
けれども私は、品種改良したザゼンソウの自家発熱の能力で、自分の身体を高温にすることができるのです。
しかもユーカリの能力も合わせれば、燃えやすさはさらに上がるはずだよ。
私はゴジアオイの能力で、揮発性の高い分泌液まみれの身体に変化させました。
接ぎ木をして姉ドライアドと一体化したことによって、神樹は油まみれの危険物みたいな存在になっているの。
私が神樹の身体をゴジアオイによって変化させたことに、さすがに姉ドライアドも気がついたようです。
「神樹の身体が書き換えられていく……! お姫様、アタシにいったい何をしたっていうんだい!?」
姉ドライアドの質問に、私は無言でニッコリと笑みで返します。
せっかくだし植物界のサイコパスらしく、ちょっと演技をしちゃいましょうか。
ごきげんよう、姉ドライアドさん。
ついに私と姉ドライアドさんが一つになれましたね。
とっても嬉しいです。
だって、やっとあなたと身も心も繋がることができたんだから。
ですからね……これから、わたくしと一緒に燃えてくれませんか?
「あなたを燃やして、私も燃えます」
外からの攻撃には強いみたいだけど、中から燃やせば問題ないよね。
ザゼンソウとゴジアオイの能力によって、神樹が発火し始めました。
根っこから広がった炎は空へと伸びていきます。
「内側から炎が……アタシの身体に何をしたぁあああああああああ!!」
姉ドライアドが私に向かって巨人のような枝で殴りかかってきました。
ラフレシアの巨花で枝を受け止めて、そのまま神樹に抱き着くように絡まります。
そうしてラフレシアも自爆です。
ボウッっとラフレシアから炎が上がりました。
すでに燃えやすい性質に変化していた神樹は、さらに燃え上がっていくよー。
でもこのままだと、私も一緒に死ぬことは目に見えているよね。
だからそうならないよう、最初から工夫していたの。
このラフレシアは根っこの先を変化させて咲かせた花でした。
つまり根っこを切り離せば、私の球根よりも上の身体は炎から逃れられるというわけ。
私は炎に巻き込まれないよう、球根の根っこの部分をリトープスの脱皮を使って分離させます。
緊急脱出です!
こうやって脱出できるようにするため、球根より上の部分はそのままのサイズにしておいたのだ。
コロコロとラフレシアの花の上を転がるように落ちていきます。
その間に、近くで待機していた妹分のアマゾネストレントが全速力で私の元へと駆けてきました。
地面に落ちる寸前に、私はアマゾネストレントによってキャッチされます。
お姫様抱っこされちゃった。
ど、どうしましょう。
我が妹分ながら、カッコいいんだけど!
私、枯れ木に恋しちゃいそう。
そういえば前の森で一人ぼっちのときは、この枯れ木のトレントに恋に似たような感情をぶつけていたこともあった気がするよね。
よく見てみると、枯れ木なお顔がスタイリッシュな感じがして、渋カッコいいかも。
私が妹分の顔を凝視していると、上空から姉ドライアドの悲鳴が聞こえます。
神樹を見上げると、完全に炎上していました。
勢いよく燃え盛っていた神樹は、炎に包まれて轟々と火花を散らしています。
神樹というわりには、最後はあっけなかったね。
でも、これで花の蕾も燃えて灰になりました。
ニーナたちの命は助かったのだ。
やったよ、私、みんなを救えたよ!
あとは姉ドライアドが燃えるのを待つのみ。
可哀そうだけど、街や森を襲った姉ドライアドはそれだけのことをしてきました。
生きたままだと、また人間を根絶やしにしようとするだろうし、仕方ないよね。
姉ドライアドの身体が、炎によって灰になっていくのが視認できました。
四天王の精霊姫、フェアギスマインニヒトさん。
私がこのドリュアデスの森に来た時から、あなたには間接的なことも含めて何度も襲われてきました。
それも、今日で終わりです。
どうか、安らかに天に上りください。
聖女に戻ったつもりで、炎上する神樹に祈りを捧げます。
すると、どこからか誰かの声が聞こえた気がしました。
空を見上げると、一本の小さな枝が落ちてくるのが目に入ります。
「あれって、もしか、して?」
すぐさま妹分に、枝の真下へと移動するよう指示を出します。
軽快に走り出すアマゾネストレントにお姫様抱っこされたまま、枝の真下までたどり着きました。
神樹から落ちてくるその物体へと蔓を伸ばします。
そうして私は、ドライアドの本体に生えていた小さな枝を掴まえました。
ゴジアオイ(午時葵):ハンニチバナ科。地中海沿岸のヨーロッパや北アフリカ、西アジアなどに分布しています。このゴジアオイの種は耐火の性質を持っているため、火事になってしまっても生き残ることができるのです。
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次回、精霊の枝です。







