148 アルラウネvsドライアド その7
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
神樹となって巨大化した姉ドライアドと対決しようとしているところなの。
天を衝くように伸びる神樹を見上げると、てっぺんの枝が空を覆うように広がっていきます。
朝方から降っていた雨は、ドラ子を倒したことによって快晴に変わっていました。
光合成が気持ちの良く感じる太陽の光を、天空の枝と葉が遮ってしまいます。
てっぺんの枝の少し下の部分には、大きな蕾がなっていました。
そして比較的地上に近い部分に、腰から上だけしかない姉ドライアドが生えています。
どうやら神樹と一体化してしまったみたい。
ということは、神話に出てきそうなこの巨大な樹木を破壊しない限り、ドライアドを倒すこともできないということだよ。
かなり厄介だね。
余裕の笑みを浮かべる姉ドライアドが、私を見下ろしながら嘲笑します。
「こうなってしまうとお姫様もただの小さなお花だねえ。今なら簡単につぶせそうだよう」
私に向かって、神樹の太くて大きな枝が振り下ろされてきます。
蔓の盾を作ってガードしたけど、無意味でした。
私は象の足のような神樹の枝によって踏み潰されてしまいます。
く、苦しいよう。
でも、植物である私はこれくらいでは死にません。
小さな雑草たちだって、人間に踏まれてもまた起き上がることができます。
生命力が強いというのが、植物の強みなんだから!
「これくらいで死なないのはわかっているさ。けれども、このままずっと潰していれば、さすがのお姫様も枯れてしまうんじゃないかねえ」
たしかにこのままだとマズいかも。
圧倒的な力にプレスされて、今にも押し花になっちゃいそうだよ。
「だ、誰か……助けて」
「無駄さ、神樹に蕾があっただろう? 神樹化したアタシの精霊魔法によって、あの花の香りを嗅いだ生物の意識を奪うことができるから、誰も助けなんてこれないのさ」
それでニーナや他の人間さんたちがいきなり倒れてしまったんだね。
大丈夫なのかと心配していたけど、気絶しただけならまだ安心だよ。
「だが、これはあくまで始まりにすぎない。神樹化したアタシの闇精霊魔法『宣告する死花の香り』は、まず蕾を生すことで周囲の生物の意識を奪い、次に花を咲かせることでそれらの生物の命を吸い取ることができるのさ」
ウソでしょう。
てことは、あの神樹の蕾が咲いたら、この場にいるみんなは死んでしまうってことだよね?
なにそれ、香りだけでそんなことができるだなんて卑怯だよ!
みんなを助けたいけど、私は姉ドライアドに押しつぶされて動けない。
このままじゃ、あの時限爆弾みたいな花のせいでみんなが死んでしまう。
大ピンチです!
そんな絶望的な状況の中、遠くから何かが走ってくる音が聞こえてきました。
神樹の枝に潰されながら、わずかに出来た隙間から音のするほうに視線を向けます。
すると、鋭いフォームでこちらへ走ってくるトレントの姿が目に入りました。
私の妹分であるアマゾネストレントだよ!
そういえばドラ子にやられているのを見た後から、トレントはすっかりどこかへ消えていたね。
同じ植物系のモンスターであるトレントも、神樹の魔法の影響は受けないみたいから無事だったみたい。
走るトレントに気がついたのか、姉ドライアドが面白いモノを見たというように笑い声を上げます。
「なんだい、あの変なトレントは。お姫様を助けようっていうなら、そうはさせないよ」
遥か上空から巨大な枝がトレントに迫っている気配を感じました。
このままだとトレントまでぺしゃんこ潰されてしまうよ。
私のことはいいから、早く逃げて―!
その時、どこからか第三者の声が周囲に響きます。
「させません!」
妹のドライアド様の声です。
ドライアド様の精霊魔法によって木の盾が作られ、トレントは攻撃を受けずに済みました。
どうやら西の森のモンスターたちは姉ドライアドの神樹の魔法によって昏倒してしまったようで、妹のドライアド様がこちらへ援軍に来られるようになったみたい。
私やトレントが意識を失わずにいるんだから、ドライアド様だって神樹の魔法の攻撃対象外だったようだね。
ドライアド様の手助けによって、妹分が私の前までたどり着きます。
アマゾネストレントの枝には、何種類かの珍しそうな植物が握られていました。
私のために植物を集めていてくれたのは一目瞭然です。
嬉しくて泣いちゃいそう。
さすがは私の妹分だよ!
しかもこの二つの花は使えるかも。
一つ目の小さな花をパクリと食べ、二つ目の大きな花へと蔓を伸ばします。
その花は、直径1メートル、重さは10キロにもなるこの巨大なものでした。
前世では世界最大の花とも呼ばれるくらい、かなり有名な花でもあったの。
名前をラフレシアといいます。
ラフレシアは発見当時、その大きさから「人食い花」と恐れられたようです。
でも実際は、ただの大きい花なの。
とはいえ実はラフレシアは、大きいだけが取り柄の花ではなかったりもします。
パクリ。
私はラフレシアを捕食しました。
それを見た姉ドライアドが、「花を食べたくらいで何ができるというんだい」と挑発してきます。
ラフレシアを食べただけでは、神樹となった姉ドライアドに対抗することはできません。
だから、私も姉ドライアドが『神樹の種』を使ったように、私もアイテムを利用しちゃうよ!
ラフレシアに続いて、私は勇者の兜を下の口でパクリと飲み込みました。
この勇者の兜には、膨大な量の光魔法の魔力が含まれています。
その光のエネルギーを吸収して、私も大きく成長するのだ!
「兜を体内に取り込もうとしているみたいだけど無駄だよう。その勇者の兜はモンスターどころか精霊にだって力を奪うことはできないのさ。アタシだって力の一端を結界として使用することくらいしかできなかったのに」
姉ドライアドは勇者の兜の力をうまくコントロールすることができなかったみたい。
今日初めて兜を触った私が、姉ドライアド以上のことができるとは普通は考えられないだろうね。
でも、これと似たようなものなら、前に何度も触ったことがあるの。
それは、私の婚約者であった勇者様が持っている、聖剣です。
女神様が創造されたというこの世界の至宝の聖剣の仕組みを、私は一部だけだけど理解していたの。
光魔法に関することのほんの一部だけだけどね。
とはいえ、その知識を応用すれば、壊れかけの勇者の兜の力を奪い取ることだって不可能ではないはず。
まず初めに、聖女であったときの感覚を思い出していきます。
そうして勇者の兜のヒビ割れから、吸い取るように光のエネルギーを吸収していきました。
ニーナの光魔法や黄金鳥人さんの光魔法を遥かに超越する膨大な力が、私の中に注ぎ込まれていくのがわかります。
これなら、いけるよ。
私、大きくなります!
球根の根っこを植物生成でラフレシアに変化させます。
そうして神樹の枝によって押しつぶされていた私の身体が、みるみるうちに膨れ上がっていきました。
枝を払いのけ、そのまま爆発するようにラフレシアの身体が大きくなっていきます。
「そんなバカな!」という姉ドライアドの叫び声を無視した時、既に私の背はドリュアデスの森のどの木よりも高いものになっていました。
私、巨大化したよー!
大きな丸いドームのような巨大な蕾の中に、アルラウネとしての身体が小さく入っているような状況です。
これから一気に花を咲かせれば、完全体になれるはず。
私はゆっくりと身体の一部となった蕾を動かして、開花させました。
巨大ラフレシアの誕生だよ!
野球ドームを数倍大きくしたような赤くて巨大な花の中心に、球根とアルラウネとしての身体が元のサイズのまま生えている感じです。
全体的に怪獣サイズとなった今の私は、炎龍様と良い勝負ができそうなくらいスケールが大きいものになっていたの。
妹分のトレントやドライアド様がおもちゃの人形のように小さくなっているよ。
ドリュアデスの森なんてちょっと背の高い雑草みたい。
私、ちょっと大きく成長しすぎたかも。
私の見事なラフレシアの美しさに驚いたのか、姉ドライアドが震えるような声で問いかけてきます。
「アルラウネが巨大化するだなんて信じられない……お姫様、いったい何をしたんだい?」
「私、まだ子供なので、成長期、なのです」
何といっても、アルラウネとなった私の年齢は1才と数か月。
肉体年齢だけでいえば、一度種に戻ったばかりなのでまだ生後2日目だからね!
とにかく、これで大きさだけなら、神樹化した姉ドライアドとなんとか並べるようになりました。
さすがに花が木よりも大きくなることは厳しいから、高さ的には完全に負けています。
でも、横幅の大きさなら私の圧倒的勝利なの。
だから勝負はこれからだよ!
それに、驚くのはまだ早いの。
大きくなったのだけが私の作戦ではないのです。
だって私は、ラフレシアのとある力によって、すでにこっそりと神樹に攻撃をしかけているのだから。
ご察しの通り、伍長さんが街で見た巨大花の正体はアルラウネでした。
植物怪獣バトルの開始です!
次回、アルラウネvsドライアド その8です。