146 アルラウネvsドライアド その5
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
ニーナと身も心も繋がって、二人は一つになったの。
瘴気を打ち消すために、元聖女であった私がニーナを操って超高位の光魔法を放つ作戦です。
ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してね。
ニーナの腕にネナシカズラが食い込み、皮膚から青い花が咲きます。
同時に、ニーナが眠りについたように身体がガクンとなりました。
その代わり、私の意思がニーナの身体を巡っているような不思議な感覚が脳内を走ったの。
どうやら無事にニーナに寄生できたみたい。
合体だよー!
ネナシカズラと青い勿忘草を使って、有線でニーナを操る形です。
難しい光魔法を使うので、自動ではなく手動操作なの。
とはいえ、聖女見習いであるニーナの意識はすぐそこにあるみたいなんだよね。
多分ニーナは、意識はあるけど自分の身体が第三者に操られているような感じになっているんじゃないかな。
とにもかくにも、久しぶりの人間の身体だよー。
試しに腕を上げてみます。
良い感じだね。
次に足を動かします。
──え、ちょっと待って。
歩くのってどうやるんだっけ?
人間の足よりも植物の根っこの感覚のほうが馴染んでしまったいま、私に足という概念は消え去っていたの。
根っこを動かすように足を意識して……おおー。
歩けるよ……!!
ちょっと感動です。
そうやってニーナの身体で遊んでいると、不思議な香りが漂ってきました。
植物であるアルラウネには嗅覚が弱かったの。
でもこのニーナの身体なら、匂いを思う存分かげるのだ!
一年以上ぶりに嗅ぐはっきりとした香り。
それは、とてつもなく濃厚な甘い香りでした。
なんだかね、すぐ隣から漂ってくるんだよね。
そう、隣にいる私から尋常でないくらい甘い花の蜜の香りが流れてくるの。
────え、ウソでしょう。
私ってこんなに匂うの?
辺りに甘い匂いをまき散らしすぎじゃないこれ?
アルラウネの周囲の空間が蜜の甘ったるい匂いしかしないよ。
というか、なぜかこの蜜の香りをかぐと、ニーナの脳内に電気が走ったような感じになるの。
身体の奥がザワついちゃって、なんだか今にも震え出しそう。
気を抜くと、蜜のことしか考えなくなりそうだよ。
もしかしてニーナの身体は匂いに敏感なのかな。なんだか不思議だね。
一通り青い花での洗脳の仕方を実践していると、「瘴気が来ます!」というドリンクバーさんの声がしました。
おっと、ニーナの身体で人間気分を味わっている場合じゃなかったよ。
私はアルラウネの身体から、ネナシカズラを通じて光のエネルギーをニーナに送ります。
ニーナの魔力量が増加していきました。
超高位の光魔法を使うなら、魔力がどれだけあっても足りないの。
ニーナの身体が耐えられるギリギリのところまで魔力を貯めて、私は杖を構えました。
こちらの様子を見ている姉ドライアドが、私たちに語りかけてきます。
「そこの聖女見習いのお嬢ちゃんがどの程度の実力を持っているかは、司祭に化けた三精獣に調べさせているのさ。だからお嬢ちゃんがどんな光魔法を使っても無駄だということは、わかりきっていることなんだねえ」
「やって、みないと、わからない、ですよ」
せっかくなので、ニーナの口から姉ドライアドに返答してみました。
だけど、ついアルラウネの時と同じような喋り方をしてしまったの。
癖って怖いね。
ニーナの身体なら流暢に話すことができるというのに。
そのせいで、私の言葉を何度も聞いていた姉ドライアドが「ん、今の喋り方は……?」と、不信がるような反応をしました。
私がニーナを操っていることに、まだ気がついていなかったみたい。
それなら、なおのこと好機だね!
さあ、ニーナ。
初めての共同作業の時間です。
四天王の精霊姫に聖女の力を見せつけてあげましょう!
杖に力を集中させていき、ニーナの周囲に大きな光の輪が発生しました。
空気が振動するほどのエネルギーが、光の輪から漏れだします。
近くにいるドリンクバーさんが「なんて魔力だ……」と震え上がりました。
それに続くように、姉ドライアドの戸惑うような声が耳に入ります。
「いったい何をするつもりなんだい……?」
「精霊姫に、聖女の本当の力を、お見せいたしましょう」
光の輪が原子分解するように消滅します。
その瞬間、辺りが真っ白な光の世界に包まれました。
「『滅消の御神光冠!』」
御光の輪が広がっていきます。
空から見れば、巨大な円状の光冠がこの場に出来ているはずだね。
この輪の中に入ったものは、全て聖なる光の波動によって分解されるように浄化されるのです。
瘴気の渦は、瞬く間に光冠によって浄化されていきました。
姉ドライアドの『死毒樹海降誕』によって汚染されていた空気が、清浄なものへと変化します。
まだまだ光冠は広がるよー!
毒素を巻き散らかす死の森となっていたドリュアデスの森の一部が、光とともに消えて行きました。
樹海と一体化してしまっていた子アルラウネも一緒に天へと召されていきます。
ドリュアデスの森は、その一部を消滅させることによって正常な森へと戻ったのです。
我が子たち……仇は絶対に私が取るから、安心して休んでね。
狙うは安全地帯でのんびりしている精霊姫です!
『滅消の御神光冠』が勇者の兜の結界と激しくぶつかりました。
火花を散らすように、お互いの光のエネルギーが衝撃を放ちます。
「ウソだろう。兜に、ヒビが……!」という、姉ドライアドの慌てるような声が響きました。
──パリィンッ!
と、姉ドライアドを守る結界が弾け飛びます。
やったね!
私とニーナの光魔法が、勇者の兜の結界を打ち破ったのだ!
ふふん。姉ドライアドさん、いかがでしたか?
光魔法の奥義、『滅消の御神光冠』をお楽しみいただけたでしょうか。
もしや、この技は見覚えがありますでしょうかね。
前に四天王の黄金鳥人さんが使っていた技だけど、そもそもは私の技なのです。
きっとストーキングした時に、この技を見て真似したんだろうね。
そんなことを思っていると、タイミングが悪いことに『滅消の御神光冠』のほうも発動が終了してしまいました。
あと少しでトドメが刺せたのに惜しかったね。
でも、今がチャンス。
追い打ちをかけるよ!
「『聖破光線!』」
ニーナから巨大な光のビームが放たれます。
アシダカグモは跳んで避けようとしたけど、高速で移動するこの光魔法をかわすことは簡単じゃないの。
案の定、アシダカグモは『聖破光線』によって撃ち抜かれてしまいました。
背中の一部が残ったみたいで、姉ドライアドの本体である古木ごと地面にドサリと落ちていきます。
すぐさま姉ドライアドは古木から卵を取り出し、「足はまだまだあるのさ」と言って卵から子蜘蛛を孵化させました。
またモンスターに寄生しようとしているのだ。
そうはさせないよ!
と、私が身体を動かした瞬間、ゴフッとニーナが吐血しました。
操っていた人間の身体が、一気に重くなります。
に、ニーナぁああああああああ!!
大丈夫かな?
私の力にニーナが耐えきれなくなったのかも。
無理させすぎちゃったね。
「精霊魔法『強制的生命操作」』
私とニーナに異常事態が発生していた隙に、姉ドライアドが蜘蛛を成長させました。
「『死毒樹海降誕』がやられて結界が破られた時はどうなると思ったけど、残念だったねえ。これでアタシはまた自由に動けるよう」
そんな悠長にこちらを見ていて良いのかしら、姉ドライアドさん。
あなた、まだかなり動揺しているでしょう?
私の光魔法で耳もやられているみたいだね。
その証拠に、空から近づいてくる轟音に気づかないでいるみたいだから。
成長途中のアシダカグモに、空から二つの牙が襲い掛かりました。
上空から無数の影が現れたの。
その姿を見た私は、「あれは、まさか……!」と声を漏らしてしまいそうになります。
声を出すと姉ドライアドに気がつかれてしまうので、なんとか我慢して飲み込みました。
だって、驚いてしまうのも無理はないよね。
なにせ、そこには旧友の姿が浮かんでいたのだから。
ドライアドが寄生しようとしていたアシダカグモは、巨大なハチのモンスターによって捕獲されてしまいました。
「こいつら、いつの間に!?」と、姉ドライアドが顔を上げます。
こいつらだなんて、失礼してしまいますね。
そこにいるのは、私の大切なお友達なんですから。
あれだけ私の蜜の匂いが漂っていたんだから、前みたいに助けに来てくれるんじゃないかと思っていたの。
とにかく、また会えて嬉しいよ。
そこにいるのは、私の女騎士であるハチさんと、お蝶夫人たちてふてふでした。
懐かしい森サーの面々が、そこに集まっていたのです。
久しぶりにお友達が全員集合しました。森サー復活です!
次回、アルラウネvsドライアド その6です。