145 アルラウネvsドライアド その4
姉ドライアドの魔法が発動しました。
まだ奥の手を残していたんだね。
周囲の森が濃い紫色へと変貌していきます。
緑で鮮やかだった森の姿が、見る影もなくなってしまいました。
姉ドライアドが挑発するように告げてきます。
「生物が呼吸をして生きている限り、この『死毒樹海降誕』から逃れる術はないのさ」
その言葉に反応するように、森から黒紫色の瘴気が放たれました。
次々と近くの木から虫がボトボトと落ちてきます。
しかも虫たちは地面にぶつかる寸前に、砕けて塵となって消えて行きました。
きっと瘴気の毒にやられてしまったんだね。
身体の細胞ごと破壊されているようで、どうやら見たこともないような強力な毒みたい。
猛毒を発する樹海の近くにいた子アルラウネたちへ、瘴気が流れていきます。
瘴気を受けた子アルラウネたちが、見悶えながら言葉を吐き出しました。
「身体に、何か、変なものが、入ってくる……!」「や、やめてぇ……」「ママ、ごめん、なさい……」
10人程でまとまっていた子アルラウネたちの集団が、意識を失うようにカクリと首を垂らしました。
そのままピタリと動かなくなったの。
みんな、目を閉じて眠っているみたいです。
「みんな、どうしたの!?」
私の言葉にも反応がありません。
まさかみんな、今の瘴気でやられてしまったとでもいうの?
そう思っていると、子アルラウネたちの赤い花びらが濃い紫色へと変色しているのに気がつきます。
しかも色が変わったのは花だけでなく、葉っぱや球根、それに雌しべである人間部分まですべて色が塗り替えられていました。
次の瞬間、子アルラウネたちからボフッっと死の瘴気が放たれます。
毒の樹海が、新たに広がったのです。
「アタシの『死毒樹海降誕』はね、動物は塵にして殺すが、植物は毒素の塊となって瘴気を吐き出す仲間にしてしまうのさ。だからもう、そのアルラウネは死んでいるんだよう」
そ、そんなぁ。
私の子どもたちが、死んじゃった……。
肺呼吸する動物はもちろん、植物だって葉っぱの気孔で呼吸しています。
だから植物モンスターである私にも効果があるみたい。
瘴気が広がって森を包み込むことで、そこに新たな毒の樹海が広がる。
そうやって徐々に、姉ドライアドの闇精霊魔法は効果範囲を広げていきました。
テッポウリマシンガンを撃ちまくったせいで、私のクローンである子アルラウネはこの場に50人以上生まれています。
冷静に考えると、同じ顔をした存在がこれだけいると、かなり変な気がするの。
でも私が植物となって長いせいか、この不思議な状況をすんなりと受け入れることができました。
だからこそ、その子アルラウネたちが死んでしまうというのは、かなりショックなのでした。
「わ、我が子ー!」
瘴気の波が、森の子アルラウネたちを襲いました。
子アルラウネたちはなすすべもなく、みんな瘴気によって動かなくなってしまったのです。
みんな毒素を吸い込んで、『死毒樹海降誕』の一部となってしまったの。
50人以上いた私の子どもたちは、全滅してしまいました。
──こんなことってないよ、あんまりだよ……。
私が蜜の涙を流していると、背後から「囲まれたぞ!」というドリンクバーさんの声がしました。
どうやら私たちは瘴気の渦によって包囲されてしまったみたい。
それを見たニーナが、焦ったようにドリンクバーさんへと声をかけます。
「ホルガーさん、あそこで倒れていた街の人たちはどうなったのですか?」
「それなら心配いらないよ。ボクたちが街のほうへと誘導しておいたからね」
どうやらドリンクバーさんたちは、妹ドライアド様にモンスターの相手を任せたあとは、トロールにされていた人間さんたちの対処をしていたみたい。
そのおかげでもあって、人間さんたちは瘴気によって命を落とさずに済んだようです。
この場にいるのは私とニーナ、それとドリンクバーさんを含めた冒険者4人だけみたい。
だけどそのせいで、ニーナたち人間は逃げるチャンスを失ってしまった。
私はどの道動けないからいいとしても、みんなまで巻き込んでしまうのは嫌だよ。
そういえば姉ドライアドはこの瘴気からどうやって身を守っているのかな。
気になって視線を向けてみると、姉ドライアドは勇者の兜の光の結界によって守られていました。
ぐぬぬ、卑怯だよー!
私たちにも兜を寄こしてよね!
でも、光魔法の結界で防げるなら、こちらだってなんとかなるかも。
だってこっちには聖女見習いのニーナがいるからね!
「ニーナ、光魔法で、結界を!」
「お任せください! 『聖光障壁』!」
ニーナを中心に、光魔法のバリアが貼られました。
全方位型の防御結界です。
これなら瘴気が来ても安心だね!
そう思ったのも束の間、ニーナが「そんなっ!?」と狼狽し始めました。
光魔法の防御結界に瘴気が触れた瞬間、信じられないことに結界が砕け散ってしまったのです。
瘴気の奥から姉ドライアドの楽しそうな笑い声が聞こえてきました。
「無駄だねえ。その程度の光魔法じゃ、私の『死毒樹海降誕』を防ぐことはできないのさ」
それほど姉ドライアドの闇精霊魔法はかなり高位の魔法だったみたいだね。
こちらも同等かそれ以上高位の光魔法でないと、対抗はできないようだよ。
「ごめんなさい……あたし、これよりも強力な光魔法は、使えません…………」
ニーナが杖に掴まりながら、ブルブルと震え出しました。
いまにも泣き出しそうな顔をしています。
ニーナがお手上げとなると、瘴気から身を守る方法がなくなってしまう。
そうなればこちらは全滅です。
その責任を感じてしまっているみたいだね。
私は蔓でニーナの頬に優しく撫でます。
「ニーナ、安心して、ください。あとは、私が、なんとか、しますから」
頬を伝う雫を蔓ですくいとると、私は冒険者のドリンクバーさんに視線を向けました。
「ドリンクバーさん、私に、水魔法を」
「その呼び方は変わらないんだね。まあ今はそれどころではないし、わかったよ!」
ドリンクバーさんの水魔法が私に注がれます。
お水おいしい!
植物である私は光魔法が使えません。
けれども、光魔法が籠った蜜なら飛ばすことができるの。
蒸散をするよー!
葉っぱから蜜が混じった水蒸気を放出しました。
これならきっと姉ドライアドの瘴気にだって対抗できる!
思ったとおり、蒸散によって発生した蜜霧は、瘴気と触れると中和するようにその場を浄化します。
やった、この調子だよ!
「悪あがきは良しなよう。お姫様一人じゃこの森には敵わないのさ」
姉ドライアドの言う通り、次第に私の蜜霧は瘴気によって押し返されてしまいました。
いくら私が大量の蜜霧を出せるとは言っても、このドリュアデスの森の木々を相手にするのは分が悪かったみたい。
圧倒的な物量で負けてしまったの。
蜜霧も出し切ってしまって、これ以上は出ていきそうにありません。
万事休すです。
このまま瘴気を浴びれば、植物である私は子アルラウネたちのように『死毒樹海降誕』の一部となって死んでしまう。
種となって転生することもできなければ、超回復魔法で再生することもできません。
ついに私も、ここまでなのかな…………。
ドリンクバーさんたちも同じようなことを思ったようで、「ボクたちはここで死ぬのか」と諦め始めました。
ニーナは泣いたまま動かないです。
そんな人間さんたちを見て、私は「なんとかしないと」と持ち直すことができました。
私は元聖女。
生前はみんなの柱であり、心の支柱でありました。
だからこんなところで私が折れていてはいけないよね!
まだなんとか方法があるはずと、辺りを見回します。
そこで、地面に見慣れた青い花が落ちていることに気がつきました。
これは妹ドライアド様の髪から落ちてきた他人を洗脳する勿忘草だね。
精霊のエネルギーを吸っていたせいか、まだ枯れずにいたみたい。
蔓で青い花を掴みます。
その花の奥にいるニーナが視界に入りました。
──そうだ、この手があったよ!
姉ドライアドの『死毒樹海降誕』を打ち破る方法はただ一つ。
それを上回る超高位の光魔法をぶつければ良いのだ。
だというのに、光魔法が使えるのはニーナだけ。
でも、ただの聖女見習いであるニーナにはそんな超高位の光魔法は使えないの。
魔力も足りないだろうしね。
なら、光魔法のエネルギーを私がニーナに分け与えれば良いんだ!
それでもまだ問題はあります。魔力量が足りても、ニーナは超高位魔法を使えない。
だから、使えるようにニーナを強制してしまえばいいんだよ!
──パクリ。
私は姉ドライアドの青い勿忘草を捕食しました。
これで私は洗脳花の能力を手に入れたの。
できればこの青い花の力は使いたくありませんでした。
姉ドライアドのように、無理やり他人を操るなんてことはしたくないからね。
とはいえ、そうも言っていられないのがこの現状です。
このまま瘴気を吸い込んでみんなで塵となるくらいなら、悪魔の手だって借りてみせる。
光合成しながら静かに植物ライフを過ごすという夢を叶えるまでは、何をしても生き延びてみせると誓ったんだから!
「ニーナ、生き残る、方法が、一つだけ、あります」
私がニーナに声をかけると、「本当ですか!?」と顔を上げてくれました。
喜んでくれたところ悪いけど、この提案はニーナに対する負担が大きいんだよね。
私はニーナに、思いついたこの方法の概要を伝えました。
絶対に嫌がられると思ったけど、そんな杞憂を吹き飛ばすようにニーナが私の蔓をギュッと握り締めます。
「あたしは昔、イリ……紅花姫様に救ってもらったことがあります。ですから、どんなことだって受け入れてみせますよ!」
光のオーラを瞳に宿した、ニーナの強い意志が私に伝わってきました。
どうやらニーナも腹をくくったようだね。
──よし、決めたよ。
二人で協力して、やってやろうじゃない!
この作戦に必要なことは一つだけ。
当代一の聖女であった私がニーナを操れば、超高位の光魔法を使用することができるはずということだけです。
そのためには、私たちは一つにならないといけないの。
「私を、信じて、受け入れて、くれますか?」
「ええ、もちろんです!」
私はネナシカズラに青い花を咲かせます。
そうしてニーナの腕に巻き付きました。
「でも、こういった経験は初めてですので、なるべく優しくしてくださいね……」
頬を染めながらニーナが呟きました。
私も初めてだからどこまで加減できるかわらかないけど、なるべく優しくできるよう頑張るよ!
肌に食い込んだ私のネナシカズラが、ゆっくりとニーナの中に突き刺さります。
ニーナが「痛っ」と言った瞬間、二人の神経が合わさりました。
私とニーナが、一つに繋がったのです。
お読みいただきありがとうございます。
遅くなりましたが、とても嬉しいことにブックマーク数が5000件を突破いたいしましたヾ(≧∇≦)〃
これもひとえに、いつも応援していただいている皆さまのおかげです。
改めまして感謝申し上げますm(_ _)m
次回、アルラウネvsドライアド その5です。