15 あなたは引っこ抜かれた雑草のその後を想像したことはありますか
走馬灯。
これを見るのは二度目だね。
いや、違う。
走馬灯は二度目でも、この記憶は二度目じゃない。これは初めてだ。
だって、これは花の記憶だから。
私の本体となっている花のモンスターが生まれてから、聖女であった私を食べてから消滅するまでの記憶。
この地で発芽し、温かい太陽光と豊富な養分と水分を糧に、すくすくと成長した。
自分が普通の花ではなくモンスターだと気がついたのは、花に近寄って来た野鳥を蔓で捕まえたときらしい。それがとても嬉しかったみたい。
とにかく陽気で、なにも考えないで、能天気な花だった。まあ花なんだから知性を求めることはおかしいよね。
でも、私と融合してしまって、そこでこの花のモンスターは終わりを迎えた。私に身体を乗っ取られてしまったのだ。
それでも、アルラウネとして再誕した私は、この花のモンスターとも一体化している。だからある意味、まだ花のモンスターは生きているのだ。私の一部として。
花のモンスターは私と一体化する瞬間、こんなことを思っていたらしい。
もっと大きく成長したい。
種を残して仲間を増やしたい。
何も難しいことは考えずに平和に植物としての生を全うしたい。
それが、花のモンスターのやりたかったこと。
そのためにはもっと生きる必要があった。
まだ死にたくはない。
そうして花のモンスターは最後を迎えた。
同時に、それが花のモンスターの最後の願いでもあった。
私と融合してしまったせいで、あの花のモンスターの願いはどうなったのだろうか。私に身体を乗っ取られた形になるわけだけど、まだあの願いは叶えられているのだろうか。
気持ちはわかる。
私だってまだ死にたくない。
聖女見習いの後輩と婚約者の勇者様に裏切られたときだって、死にたくなかったから必死にあがいた。
その結果、私はこうして生きている。
植物としての生を受けている。
私も、まだ死にたくはない。
あの花のモンスターも、まだ死にたくはなかった。
どちらの願いも同じだ。
体の奥底から何かが声を上げる。
それは私の無意識の咆哮かもしれない。その可能性が一番高い。
けれども、もしかしたら最後に残った誰かの残滓だったのかもしれない。
まだ、死にたくはない!
野生の花なんだから、雑草根性で生き延びろ!
目が覚める。
そうだ、私はクマパパに捕まり、根っこから引き抜かれようとしていたんだった。
このままでは私は死んでしまう。
植物は地面から離れることなんてできないのだから。
地面から根っこを引き抜かれてもすぐに枯れることはないけど、それでもダメだね。
ラオブベーアは獲物を自身の角に刺して、巣に持ち帰る習性を持っているの。
いくら私の蜜が目当てとはいえ、あの角で刺されたらきっともう助からないよ。
魔力がないアルラウネな今の私は、根っこから水分を補給できなければ回復魔法を使って体を再生させることや成長させることができないのだから。
時間とともに、私は枯れていく。
そうしてクマパパの巣に捨てられるのだ。
そうしてクマのゴミとなる。そんな未来が見えるよ。
そうならないために、私は諦めることをやめる。
植物らしく、最後まであがいてやろうじゃないか。
根っこは引き抜かれた。
でもまだ全部じゃない。
クマパパ側にある半分しか地表に出ていないからね。
だから間に合うはず……!
動かせる全ての蔓からマンイーターの花を咲かせて、体を中心に円状に蔓を伸ばして地面にかぶりつく。
アンカーのように広げて体を固定したのだ。
おかげでクマパパの動きが止まった。
でもこれは、アンカーのせいだけじゃない。
まだ地面に残っている私の根っこはいわゆる主根というものだ。
この根っこはね、球根から地面に伸びている一番太い根っこ。
体全身を支えている私の植物としての生命線なの。
しかもあの日照りのせいで、水分を求めて地中奥深くまで潜らせた生粋の引きこもりの根っこだ。
そう簡単には落城させない。
クマパパはまずはアンカーが邪魔だと思ったのか、右腕を大きく振りかぶって地面にぶつける。土を抉って破壊するようなパンチが炸裂した。
爆弾が落ちてきたんじゃないかというようなクレーターが誕生する。
ちょっと!
このクマパパ、規格外すぎない?
アンカーの蔓はまだ何本もあるから平気だけど、あのパンチを体に受けたら終わりだよ。
さっきの木の投擲の比じゃないね。
あれ、ちょっと気がついちゃった。
もしかしてクマパパの左腕から血が出ている?
私がつけたものじゃないよね。
ということは、あの地獄の狼ヘルヴォルフと戦ったときに噛まれでもしたのかも。
そう思って観察してみると、確かにクマパパの左腕はあまり力が入っていないようだった。
さきほど地面を殴ったのも右腕だし、根っこを半分引き抜いたのもクマパパから見て右側の根っこばかりだ。
それにクマパパはハチさん軍団に背中を刺されている。その毒だって少し効いているはずだ。
もしかしたら持久戦に持ち込めば、諦めて帰ってくれるかもしれない。
クマパパの力が弱まる。
私の根が意外と深かったのと、アンカーで根を補強されたこと、そして地獄の狼ヘルヴォルフとの戦闘で負傷しているのにハチさん軍団に刺されたうえ私から毒花粉を大量に浴びた。
クマパパの体力も限界だったんだね。
私を引っこ抜くのは中断してくれたのだ。
その代わり、私の体はまだしっかりと押さえつけられている。
そんなにホールドして心配しなくとも逃げないから。というか最初から逃げられないから。
全世界の植物に同情したい。逃げたいときは普通に逃げたいよね。
そうしてクマパパは、私を堪能し始めた。
そう、ペロリだしたの。
こんなの元聖女である私が耐えられるはずがない。
女子高生の私だってそうだ。
無抵抗の私。
そんな私を必死で舐めまわす強大なクマ。
さっきみたいなひと舐めではない。
私は辱められたのだ。精神的に。
巨大なクマに顔を入念に舐められる。
蜜の香りは顔だけでなく私の上半身全てから漂っていたようだった。
クマパパが私の体を舐め回すように見つめる。
視線は顔から首へと徐々に下がっていき、胸元にお腹、そして腰。
あ、そっちは見ないで。
やめてよ。だめだって。
あぁ、そんな……。
私、もうお嫁にいけないかもしれません…………。
お読みいただきありがとうございます。
本日も一日二回更新となります。
次回、あんなことされちゃったけど誰か私をお嫁にもらってくださいです。







