142 アルラウネvsドライアド その1
私、植物モンスター少女のアルラウネ。
ついに姉ドライアドこと四天王のフェアギスマインニヒトとの戦いが始まったの。
『大森林の支配権』という精霊魔法によって、姉ドライアドは森の木々を手足のように自由に操りだしました。
姉ドライアドを倒すことが目的だけど、その前に妹のドライアド様の洗脳を解かないと無理な気がするの。そのために、妖精キーリをなんとかして聖域の中に入れないと!
さすがにドライアドの二人を相手するのは骨が折れるからね。私、植物だから骨ないけど。
陸ガメに乗っている姉ドライアドが、私に向けて片手を降り下ろしました。
「手始めに、お姫様には森を相手してもらおうかねえ」
躍動する森の木の枝や根っこが、私に目掛けて槍のように伸びてきました。
私は『植物生成』で蔓を木の幹に変化させ、こちらからも木の槍を刺し返します。
木と木が激しくぶつかり合いました。
攻撃は最大の防御というけど、これじゃどちらの攻撃も相手には届かなそうだね。
「なるほどねえ、アルラウネのお姫様は自分の身体を他の植物に変異させる能力を持っているのかい。それだけで既に植物モンスターの域を超えているよう」
姉ドライアドが感心するように微笑みます。
余裕そうなのが気味悪いね。
「ならこれは防げるかねえ」と言いながら、姉ドライアドは躍動する樹木に手のひらを重ねました。
「精霊魔法『性質変化』“締殺樹木”」
姉ドライアドが操る木々が変化していき、無数の細い根っこに分裂していきました。
そのまま私の木の幹を覆うように浸食していき、信じられないほどの力で私の木の幹を粉砕していきます。
──うげっ、なにこれ。
凄いパワーだよ!
「周囲の木に取りついて居場所を乗っ取る魔木があってねえ、精霊魔法でその性質を付加させたのさ」
私は『植物生成』で自分の身体を改良することができます。
逆に、姉ドライアドは精霊魔法によって周囲の植物の特性を変化させることができるみたい。
似たような能力を持っているけど、こちらは自分の身体が傷つくのに、姉ドライアド自身は何をしても傷を負うことがないんだから卑怯だよ!
細い根っこが津波のように襲ってきました。
茨の壁を作って防御です。
けれど私の茨に大樹の根がタコ足のように絡みついて、締め付け始めます。
そのまま雑巾を搾る様に、私の茨は大樹の根によって引きちぎられてしまいました。
──ひぃっ。痛いよう!
植物に取りついて相手を絞め殺すなんて、どんだけ凶暴な植物なの。
でも、私はこの魔木と同じような性質を持った植物を知っていました。
その植物の名前は『ガジュマル』。
ガジュマルは鳥の糞などに混ざって、他の木の上に発芽します。
そのまま細い根が垂れるように広がり、取りついた木をすっぽりと覆ってしまう。
そうして根が地面にたどり着くと太く成長していき、内側の木は光を得ることができずに次第に枯れてしまいます。
その姿が他の植物を絞め殺したように見えることから、ガジュマルは「絞め殺しの木」と呼ばれているの。
姉ドライアドが精霊魔法で、ガジュマルに似たような特性を持った根っこを創り出したのだ。
しかも戦闘用に魔改造されているよ。
「う、動け、ない……」
姉ドライアドのガジュマルによって、私の身体は捕まってしまいました。
球根や花びら、そして雌しべである人間の体部分が、ガジュマルの細くて力強い根によって巻き付けられていきます。
茨を動かそうとしても、急成長したガジュマルがすぐに押さえつけるように私の身体を拘束してしまうの。
私の全身は、姉ドライアドの根によって完全に支配されてしまいました。
「植物の女王であるアタシに締め付けられる気分はどうだい? さぞ光栄な気持ちだろうさ」
強烈なガジュマルの力によって、ギュギュッと身体が締め付けられます。
まるで鉄製の巨大な重機によって、身体が挟まれて圧縮されているみたい。
──く、苦しいよぅ。
もし私が人間のままだったら、息ができないどころか、内臓を口から吐き出していたかもしれません。
現に、私の口から蜜がブシャと溢れて出てしまいました。
「植物モンスターにしてはよくやったほうかねえ。でも、これでお終いだよう」
次の瞬間、私は死よりも苦しいこの締め地獄から解放されました。
その代わり、私の身体は壊されてしまったの。
圧迫に耐えきれなかった球根が爆発するように破裂して、中身の消化液が外に勢いよく飛び散りました。
同時に、お腹がグジャリとズレます。
体内にたまっていた蜜がドバドバと漏れてくのが見えました。
──あ、これはマズイかも。
私の目元をガジュマルの根が塞ぎました。
そうして壊れたテレビのようにプツンと視界がなくなります。
平衡感覚を失い、私の身体はどこの部分とも反応しなくなっていきました。
私の全身は、ガジュマルによって握りつぶされてしまったのです。
視覚も聴覚もなくなりました。
残るのは触覚のみ。
地中に残っていた根っこが、土から水分を吸い取っていきます。
たしかに姉ドライアドのガジュマルによって私は殺されてしまった。
でも、それは地上部分だけのお話なの。
これくらいじゃ死なないのが、植物というものだよね!
私は超回復魔法を使用します。
対ドラ子戦の時のように葉緑素が活性化していき、急激に身体が成長していきました。
そうして球根が再生され、赤い花が咲いて雌しべの人間部分が伸びていきます。
立派な少女姿のアルラウネの出来上がり。
私、復活したよー!
「これくらいでお姫様がやられるとは思っていなかったけど、随分とお早い復活だねえ」という姉ドライアドの声が聞こえてきます。
「痛くも、かゆくも、なかった、ですよ?」
「締め付けられて断末魔すら上げられていなかったというのに、よく言うねえ」
たしかにそうとも言います。
正直いって、絞め殺されるのは二度とごめんなの。
「それにしても、いくら植物の再生能力が強いといっても、その速さは信じられないねえ。やはりお姫様は植物モンスターの域を超えているよう。その成長スピードは精霊並みといってもいいかもねえ」
私が精霊並み?
つまりドライアドくらいの再生能力を持っているということだよね。
その言葉は嬉しくもあれば、悲しくもありました。
なぜなら、ドライアドであるフェアギスマインニヒトも、私と同じくらいの再生能力を持っているかもしれないということだからね。
「次は根っこごと絞め殺してやろうかねえ」
姉ドライアドが再びガジュマルで攻撃をしてきます。
私の眼前にガジュマルの先っぽが差し迫ろうという時、「させません!」とニーナの声が聞こえてきました。
光魔法の『虹の矢』がガジュマルの根を貫いたのです。
ニーナ、ナイスだよ!
「無駄さ、それくらいの攻撃じゃガジュマルは止まらないよう」
たしかに姉ドライアドのガジュマルにとって、今の光魔法はほとんど効果がなかったです。
でも、私にとっては大助かりです。
なにせ、『虹の矢』よって切断されたガジュマルの先っぽが、すぐそこの地面に落ちているのだから。
私は根っこの破片を蔓で掴んで、下の口で頬張ります。
──パクリ。
これで私はガジュマルの能力を手に入れることができました。
すぐさま蔓にガジュマルを生成します。
姉ドライアドのガジュマルに対しては、ガジュマルでお相手したしましょう。
ガジュマルが絡み合って、お互いを締め付け始めます。
どうやらガジュマル対決は引き分けのようだね。
でも、これで木の幹や茨の時のように、一方的に絞め殺されるような事態にはならならないよ!
「こちらの力を奪い取って利用したようだねえ。ますますお姫様のことが好きになったよう」
「私は、あなたのことなんて、大嫌い、です」
「植物に嫌われるというのもたまには悪くないねえ。その分、あとで強制的に好きにさせたときの楽しみが増えるというものさあ」
捕まったらマインドコントロールでもされるのかな。
姉ドライアドなら出来そうで、本当に怖くなってきたよ。
「力が均衡していると安心しているようだけど、お姫様はドライアド二人を相手にしていることを忘れてはいないかい?」
さわりと、私の胸元を誰かが触りました。
ビックリした私は「ひゃっ」と声を漏らしてしまいます。
気がつくと、私の身体は触手のような蔦によって拘束されていました。
無数の手のような感覚が、私の全身を隅々まで調べるように愛撫します。
「なにこれ!?」と思いながら振り返ると、いつの間にか背後に妹のドライアド様が立っていたの。
妹のドライアド様は、無表情で私を見つめ返してきます。
「貴女のお相手は、わたくしたち姉妹がさせていただきます」
そういえばドライアドは地中に本体の根っこを伸ばせば、その場に精霊としての身体を移動できる能力を持っているんだったね。
ということは、妹のドライアド様が私の後ろに転移してきたんだ!
「貴女の弱点はキーリから聞いています。受粉されるのがお嫌いなんですってね?」
妹ドライアド様の蔦に、黄色い花粉が付着されているのが目に入りました。
まずいよ。
もしかして私、受粉させられそうになってる!?
私を受粉させようとする無慈悲な蔦が、徐々に口元へと迫ってきました。
自家受粉でなく他人の花粉で受粉してしまうと、私は種となって意識を転生することができなくなってしまう可能性が高いの。
受粉させられたら最後、聖女としての私は死んでしまうのです。
だからこれまで、なにがあっても受粉させられることだけは避けてきた。
それが私にとって唯一といっていい、一撃必殺の弱点なのだから。
ガジュマル:クワ科。他の木の上で発芽して、寄生するように根を伸ばしていきます。ガジュマルによって内側の木が枯れてしまうと、中が空洞となった網目状のガジュマルだけが残るのです。
次回、アルラウネvsドライアド その2です。