日誌 魔女っこ、ひとりでのドリュアデスの森騒乱記
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
植物モンスターのアルラウネを育てている魔女です。
その大切に飼育してきたアルラウネが、どういうわけか目を離した隙に増殖していたの。
「アルラウネがいっぱい増えている……どうしよう」
どうやらアルラウネが子供を産んだみたいです。
一度にこんなに出産するなんてビックリ。
まさか妹扱いしていたアルラウネに子供ができるとは思ってもいなかった。
だってアルラウネはまだ1才。
わたしは11才。
アルラウネは10才も年下なのに、わたしよりも先に大人になられてしまったみたいで複雑です。
それにしても、アルラウネはいつ子供ができたんだろう。
もしかして魔王軍に攫われているときに、なにかされたのかな。
それで妊娠して、あんなにたくさん子供を産むことになったんだ。
魔王軍め、わたしのアルラウネになんてことしてくれたんですか!
でも、植物ってそもそも妊娠するのかな。
種から生まれるのは知っているけど、仕組みはよくわかんない。
改めて考えてみると、植物は勝手に増えているような気がします。もしかしてアルラウネも一人で増殖できるのかも。
そういえば、いつもアルラウネの蔓から野菜とか果物とかが出来ていたからね。
なら、魔王軍は関係なさそう。
アルラウネを攫った罰があるから、どちらにしても魔王軍は許せないけどね。
増殖したアルラウネたちは、あっという間にドラゴンを倒してしまいました。
ドラゴンというと、物語や伝承に出てくるような凄い生物です。
そんなドラゴンに勝ってしまうなんて、アルラウネは凄すぎるよ。
なんでアルラウネはこんなに強いのかな。
わたしの水やりの仕方が良いのかも。
戦いが終わると、アルラウネは蜜の常連客のお姉さんと仲良く話しを始めました。
アルラウネがお姉さんと親密そうにしているのを見ると、胸の奥がもやもやとしてきます。
わたし以外の人間とアルラウネが喋っているのを見るのは、そういえばこれが初めてでした。
もしアルラウネが他の人に懐いてしまったらどうしよう。
わたしはまた一人になってしまうかもしれない。
それだけは、いや!
お姉さんは聖女見習いだったらしくて、魔法を使ってアルラウネが戦うのを手伝っていました。
もしかしたらアルラウネは強い人が好きなのかも。
なら、わたしだって役に立つというところを見せないと!
それから魔王軍のドライアドと戦闘になり、街に向かった敵の司祭を誰かが追いかけることになったとき、わたしは「これだ!」と心の中で声を上げました。
わたしはアルラウネのお姉さんです。
聖女見習いのお姉さんよりも、わたしのほうがアルラウネのお姉さんにふさわしいということを、見せつけないと!
空を飛んで司祭を追いかけます。
一緒にいた人たちにわたしが魔女であることがバレてしまったかもしれないけど、仕方ありません。
この戦いが終わったら、アルラウネと一緒に他の土地に引っ越さないと。
わたしもアルラウネも、人間たちから命を狙われているの。
魔王軍の次は、街の人間たちがわたしたちの敵になるに決まっているからね。
しばらくすると、森の中を走っている司祭を見つけました。
わたしは手ごろな倒木を浮遊魔法で担ぎ上げます。
再び空に上がってから、司祭目がけて倒木を投げつけました。
司祭が倒木によってつぶれます。
意外と簡単にやっつけられちゃった。
わたしだって魔女の端くれ。
やればできるんだから!
「まさか空から攻撃されるとは思ってもいませんでしたよ」
地面に投げた倒木が、跳ねるようにわたしに飛んできました。
間一髪のところで避けます。
どうやら司祭が木を投げ返してきたみたい。
さっきの攻撃でやられていなかったようです。
空中に浮遊しているわたしまで木を届かせるだなんて、人間技とは思えません。
「アルラウネの仲間の人間ですね。魔女だったとは驚きですが、アタシの敵ではないですねえ。ちょっとこちらまでご足労いただきましょうか」
司祭の両手が枝のようになって伸びてきました。
見た目は普通なのに、人間じゃなかったんだ!
逃げようとしたけど、遅かったです。
司祭の手に捕まったわたしは、地上へと落とされてしまいました。
枝が根っこのように地中に刺さって、わたしの両手両足を拘束します。
地面で横になったわたしは、身動きができなくなりました。
変身魔法で鳥の姿になって逃げようとしたけど、なぜか魔法が発動しません。
なにか変な感じがしたわたしは、ふと自分の胸元を見ます。
すると、司祭の手から伸びた細い枝が、わたしの胸に刺さっていました。
司祭がわたしに近づいてきます。
「暴れられると厄介なので、身体の自由を奪う毒を注入させてもらいました。これであなたはもう喋ることもできません」
ごめんなさい、アルラウネ。
わたし、失敗しちゃった……。
「本来であれば毒で殺すところですが、せっかくですしあなたもトロールになってもらいましょう。化け物となって人間を襲って、フェアギスマインニヒト様に役立つのです」
司祭の手のひらから、植物の種が生えてきました。
さっきアルラウネがトロールを人間に戻していたけど、わたしもそのトロールにさせられるってこと?
人間である自分も、魔女である自分も嫌いだったけど、まさか化け物になってしまう日が来るとは想像もできませんでした。
目から涙が溢れてきます。
これじゃ、わたしはただの足手まといだよ。
アルラウネに嫌われちゃうかも。
こんなはずじゃなかったのに…………。
司祭の手がわたしの口へと伸びてきます。
種が唇に当たって、無理やり中に押し込まれそうになった時、どこからか声が聞こえてきました。
「ようやく街に戻ったと思ったら、こんなところにいたか」
気がつくと、わたしと司祭の間に小柄な人間が立っていました。
わたしより少し高いくらいの身長に、わたしと同じ色の髪をしているおじいさん。
その人は、こないだ街でわたしに声をかけてきたドワーフでした。
あの時は、わたしの髪が白髪だということを見抜かれそうになって、凄くビックリしたんだったよね。
でも、なんであの時のドワーフが森にいるんだろう。
司祭がドワーフのおじいさんを睨みつけます。
「お前、いったいどこから……何者ですか?」
「通りすがりの冒険者と言っておこうかのう。そこのお嬢さんにちょっと用があるから、それで助けに入らせてもらっただけじゃ」
「街の冒険者ですか、ならどのみち抹殺対象ですねえ。ドワーフごときが、魔王軍の三精獣であるアタシに敵うとでも思っているのですか!」
司祭の身体から無数の枝の手がドワーフへと伸びていきます。
「仕方ないのう、これは正当防衛じゃぞ」
ドワーフの周囲からヒュルーと風が吹きます。
次の瞬間、司祭の手が細切れになりました。
「なんだとっ!?」と驚く司祭の身体が、崩れて落ちていきます。
そして司祭の身体から閃光が轟きました。
真っ黒な炭となった司祭の身体が、ぼうぼうと燃えています。
いったい何が起きたのか、まったくわかりません。
「まがい物のドライアドごときにやられるわけがないのう」
このドワーフが司祭をやっつけたんだ。
強い……でも、助かりました。
わたしの傍まで近づいて来たドワーフが、倒れたままのわたしのフードをめくります。
「火傷の跡はないようじゃが、やっぱり白色の髪じゃったな」
わたしがドワーフに嘘をついて火傷をしていると話したことを言っているんだろうね。
まさかここでそのことを確認されるとは思っていませんでした。
お礼を言いたいけど、口がまだ動きません。
毒が回ったままみたい。
「そう心配しないでも良い、わしはお前さんを助けに来ただけじゃから」
助けてくれるんだ。
わたしが魔女だから、それで捕まえようとしているんだとばかり思ってた。
「毒で体が動けないようじゃが、ちょうど良い。森は戦場になるようじゃから、少し眠っておいてもらおうかのう」
ドワーフのおじいさんが私に何かを嗅がせます。
ニコリと笑うドワーフのおじいさんの顔が歪み始めました。
ぐるぐると目が回るような感覚がわたしを襲います。
ドワーフにしては柔らかな手が、私の瞼を優しく閉じさせました。
誰かがわたしに「おやすみ」と言った気がします。
どこかで聞き覚えがある声……でも、いったいいつどこで。
あぁ、そんなことよりも、なんだかとっても眠いです。
何も考えられなくなったわたしは、深い眠りへと落ちていきました。
というわけで、魔女っこ視点でした。
どうやら、こちらの戦いはこれで終わったようです。
ですが魔女っこが司祭を追いかけている間に、アルラウネの戦いは始まっていました。
次回、アルラウネvsドライアドです。