138 聖蜜の真価
私、植物モンスター少女のアルラウネ。
三精獣のドラ子から聖域を守ることに成功しました。
そうしたら、トロール化した人間を助けるために聖蜜が必要だと、ニーナが興奮しながら詰め寄って来たの。
聖蜜って、もしかしなくても私の蜜のことだったりするのかな。
他に思いつくものがないんだけど、なんでそんな名称になっているのかがわからないの。
ニーナの両手が私の口元に近づいてきます。
このままだと私、後輩の聖女見習いに蜜を採取されちゃう!
もうダメだと思った瞬間、横から魔女っこの声が聞こえてきました。
「やめて、わたしのアルラウネをいじめないで!」
私とニーナの間に、魔女っこがするりと入ってきました。
そのまま私を守るように、魔女っこがニーナに立ち向かいます。
「このアルラウネはわたしのものなの。お姉さん、聖蜜が欲しいならわたしを通してよね」
魔女っこがニーナのことをお姉さんって言ってる!?
なんだかショックです。
お姉ちゃんは私なのに……。
魔女っこの行動に驚いた様子のニーナが、優しく言葉をかけます。
「やっぱりイリ……紅花姫さまと知り合いだったのね。あの聖蜜をアルラウネから採取して、街で売っていたんでしょ?」
「それがなに? わたしとアルラウネが生きるために必要なことだったんだから、お姉さんには関係ないでしょ」
「勘違いしないで、わたしは二人の味方よ。聖蜜が欲しいのも理由があるの。一緒に街の人を助けましょう?」
魔女っこが「街の人間なんてどうなっても関係ないし」と、小さく呟きます。
まだ人間嫌いが治っていなかったみたい。
仕方ない、ここは私の出番だね。
「街から、人間が、いなくなったら、蜜が売れない。それは、困る、でしょう?」
「たしかにそうかも」と、魔女っこがうなづいてくれました。
これで少しは協力的になってくれそうだね。
それよりも、魔女っことニーナが知り合いだったことに驚きだよ。
いったいどこで接点があったんだろう。
魔女っこに訊いてみましょうか。
「ニーナを、知っているの?」
「アルラウネの蜜を買ってくれている常連さんなの。お客さん第一号」
──うそでしょう。
初めて蜜が売れた時、魔女っこが女の人に蜜を売ったと話していたけど、その相手がまさかニーナだったなんて…………。
後輩であるニーナが私の体液の蜜を好き好んで購入していたという事実もショックだけど、ニーナが蜜狂いになっていることがもっと衝撃的です。
妖精キーリほどではなさそうだけど、かなり重症な気がするよ。
なんだかごめんなさいね、ニーナ……。
こんなめぐり合わせって、あるんだね。
世界は広いようで狭いんだ。
トロールへ目を向けると、蔓でグルグル巻きになっていました。
種となってドラ子から地面に脱出した子アルラウネたちが、芽吹いて早々にトロールを捕獲していたみたい。
優秀すぎるでしょう、私の子どもたち!
魔女っこが「アルラウネがいっぱい増えてる……どうしよう」と混乱しています。
やったね魔女っこ、家族が増えたよ!
あわあわと動揺しているところ悪いけど、魔女っこに質問です。
「それで、聖蜜って、いったい、なんなの?」
「アルラウネの蜜のこと。気がついたら街でそういう名前になっちゃったの。理由はよくわかんない」
やっぱり私の蜜のことかー。
そんな高貴な名称になっているとは、恐れ多いね。
ただのよだれなのに。
私は自分の蔓をかぶりと咥えます。
ジュルリと蜜をつけると、それをトロールの口の中に垂らしました。
すると、トロールの身体が大きく反り返ります。
苦しそうに叫ぶトロールが、徐々に溶けていきました。
口から種の残骸を吐き出すと、溶けた肉の中から人間が出てきます。
凄いや、本当にトロールが人間に戻ったよ!
信じられないね。
私は毒の妖精オーインがトロールになるところを目にしたことがあります。
あれはたしかに、身体がトロールに変異していた。
その状態から元の人間に戻すことができると言うことは、私の蜜はただの光回復魔法を帯びた蜜ではないのかもしれない。
正直いって、恐ろしいです。
回復薬とか、もうそういう次元を超えているような気がします。
私の蜜はいったいなんなんだろう…………。
ニーナ曰く、この聖蜜があれば、人を操る青い花の効果も打ち消すことができるみたい。
それを聞いて、私は納得しました。
魔王城で悪魔メイドさんが、姉ドライアドの青い花を吐き出していたよ。
あれは私の蜜入りの泡を口に受けた直後に起きたことだったはず。
きっと私の蜜が口から体内に入って、それで青い花の洗脳から解放することができたんだ!
私の蜜、ちょっと万能すぎるね。
みんながこぞってペロペロしたがるのも無理ないきがしてきたよ。
こんな高性能なら、もっと高値で蜜を売れば良かったと後悔だよ!
捕まえていた他のトロールにも蜜を飲ませ、人間を三人助けることができました。
こちらの状況がひと段落したのを見計らって、森の茂みから青い鎧を着た殿方が出てきます。
あれ、この人、見覚えがあるね。
もしかして、ドリンクバーさんかな?
また再会するとは思わなかったよ。
ドリンクバーさんが倒れている人間の顔を見ると、驚いたように声を上げます。
「こいつら、行方不明になっていた冒険者だ。人食いアルラウネの餌食になったわけではなかったのか」
どうやら、そこの三人がアルラウネ退治から戻らなかったせいで、私が人を食べたと濡れ衣を着せられた原因となったようです。
つまり、こいつらのせいで私は街の人間に「人食いアルラウネ」だと暴言を吐かれながら、討伐されそうになったというわけ。
きっと姉ドライアドの配下に捕まって、トロール化の実験かなにかに使われたんだろうね。
そのせいでとばっちりが私に降りかかってきたわけだよ。
ぐぬぬ、許せぬ!
「ということは人食いアルラウネ……いや、そこのアルラウネは無実で、真犯人は魔王軍の精霊姫だったというわけか!」
ドリンクバーさんが仲間たちと「そうだったのか」と話し合い始めました。
どうやら私の冤罪は解けたようです。
「アルラウネ……先日の非礼をわびよう。ニーナさんと仲も良いようだし、どうやら悪いモンスターではなかったんだな。話が通じるモンスターなど、初めてみたよ」
ドリンクバーさんが謝罪してくれました。
なんだかそこまで悪い人間ではなかったみたいだね。
「もう、良いですよ。許します」
私が蔓でドリンクバーさんと仲直りの握手をしていると、ニーナが尋ねてきました。
「それで紅花姫さま、四天王のドライアドはどこに?」
「ここには、いないみたい。街に、いるんじゃ、ないの?」
「それが、ホルガーさんが陸ガメに乗ったドライアドを森で見たらしいんです」
ニーナの言葉に続いて、ドリンクバーさんが説明をしてくれます。
「その通りだ。たしかにボクはあのアクアドラゴンと一緒にいた精霊姫を、この場所で見たんだ!」
どうやら陸ガメに乗ったドライアドをここで目撃したみたい。
それは間違いなく姉ドライアドだね。
街ではなく森にいるなら、姉ドライアドはいったいどこで何をしているんだろう。
姉ドライアドの目的は、聖域の中にいる妹ドライアドと、結界の役目を果たしている勇者の兜。
その聖域はこちらが守っているのだし、たいしたことはできないとは思うんだけど。
みんなでこの後どうするかと悩んでいると、それは起こりました。
突然、木と木の間に扉が現れたの。
そして扉が開かれます。
妖精キーリが嬉しそうに辺りを飛び回りました。
「聖域の扉だよ。きっとドライアドさまが中から開けてくれたんだ!」
音もなく扉が開いていきます。
聖域の中から、霧が外に漏れていきました。
「誰かいるみたい」と、魔女っこがつぶやきます。
霧の中に、人影が見えているの。
けれども、人影にしてはやけに大きい。
ドライアドさまにしては、背が高すぎるの。
なぜならその人影は、大きなモンスターの上に立っているように見えているのだから。
ドスンという、四足で歩行するモンスターの足音が聞こえてきます。
同時に霧が晴れました。
そして、私たちは信じられないものを目にすることになります。
まず最初に、陸ガメの足が露わとなりました。
カメの甲羅には太くて短い樹木が生えています。
その木に寄りかかる様に、青色の蔦の髪を持った美しい女性が立っていました。
────うそ、でしょう……。
聖域の扉から出てきたのは、姉ドライアドでした。
次回、四天王の罠です。