137 聖域攻防戦 その4
ついにニーナと共闘です!
アルラウネになってから何度も人間から命を狙われてきました。
燃やされたり、指名手配されて集団で討伐されたりしたよね。
そんな私が、ついに人間と一緒に手を取り合って戦うときが来たの。
これが嬉しくないはずがないよね!
正直言って、こんな日が来るとは信じられませんでした。
魔女っこは家族みたいなものだから一緒にいるのは当たり前になっているけど、他の人間に仲間だと思ってもらえるなんてね。
私はモンスターになってしまったけど、まだ人間と一緒にいても良いということなのかも。
そう感じられるだけで泣けてしまいそうです。蜜が漏れちゃいそう。
ニーナは聖女見習い。
私はアルラウネになっちゃったけど、元聖女。
言ってしまえば、どちらも広義の聖女みたいなものだよね。
二人は聖女。
聖女同士仲良く、一緒に敵をやっつけよう!
さっき幼女から少女に変身したばかりだし、キュアアルラウネとして私も頑張るよ!
ニーナも変身して強くなって、と言いたいけど、普通の人間は変身できないんだよね。
このままニーナをドラ子さんと直接戦わせるのは危険なので、遠距離から攻撃と補助魔法に専念してもらいましょう。
肉弾戦は私だけで十分だよ!
「まずは聖女見習いから死んでもらいましょうかね。超高圧の水流砲」
ドラ子さんの水レーザーがニーナを襲います。
ニーナの光魔法では、きっとこの攻撃は防げない。
私は蔓でニーナを捕獲して、一本釣りしました。
せっかくだから、このままニーナを空中で持ったままにしましょうか。
そのほうがドラ子のレーザー攻撃を避けられそうだし。
「ちょっと、やめてください。早く下ろしてくださいよ!」
上を向くと、ニーナが恥ずかしそうにスカートを抑えていました。
可哀そうなので、私の側の地面に下ろしてあげます。
「もうっ、助けていただいたのは感謝しますが、下ろしてくれても良いじゃないですかイリ──」
「待って」と、ニーナの口元を蔓で塞ぎます。
他の人に聞こえないよう、私はニーナの耳の近くで小さく囁きました。
「私の、正体は、秘密。いいわね、ニーナ?」
「……なんでですか。せっかく生きていたというのに、隠すだなんてイリ──痛っ」
「名前を、口にするのは、絶対、厳禁」
「わかりました……」
蔓でニーナにデコピンをしていると、ドラ子が不思議そうに尋ねてきます。
「随分とそこの聖女見習いと仲が良さそうだねえ、アルラウネ。モンスターと人間が手を取り合うだなんて、いったいどういうことだい?」
「ちょっと、こないだ、殺し合いを、した関係で、心が、通じ合ったの」
嘘は言っていませんよ。
殺し合いをした結果、やっと想いが通じて誤解が解けたんだから。
元々の知り合いだったということは内緒です。
そんなドラ子さんは、子アルラウネたちの必死の抵抗に苦戦していました。
最初にレーザーで落とした子アルラウネ以外は、未だに身体に寄生したままです。
自分の身体を傷つけたこともあって、かなり辛そうだね。
なら、そろそろ楽にしてあげましょうか。
「ニーナ、ドラゴンに、光魔法を!」
「任せてください! 光弾爆破」
ニーナの杖から光の玉が放たれます。
ドラゴンの身体にぶつかると、玉が弾けて光が爆発しました。
「こんな攻撃、アタシには通じないですねえ!」
勘違いしないでちょうだい、ドラ子さん。
いまのはあなたへ攻撃したのではなくて、子アルラウネたちにエールを送ったの。
植物にとって光魔法は回復魔法と同じ。
ほら、光のエネルギーを吸収した子アルラウネたちが、喝采を叫んでいるよ。
「力が、みなぎるよー」「元気に、なったー!」「なんだか、大きく、なれそう」「成長、しちゃおっか」
子アルラウネたちが一斉に体を大きくさせていきます。
だいたいみんな、6才くらいの外見まで成長できたの。
子アルラウネが大きくなるに比例して、ドラゴンの身体が小さくしぼんでいきました。
成長するための栄養として、体内の肉がネナシカズラの寄生根によって食べられちゃったんだね。
ドラゴンの全身が、黄色い根っこに覆われてしまいました。
同時に、ドラゴンの背中からネナシカズラの根っこが体内から突き抜けます。
どうやら身体の中は、もう空っぽになっちゃったみたい。
「ママー」「なんかね、ドクンドクン、動いてるの、見つけたー」「それ、心臓、じゃないの?」「心臓って、おいしい、のかなー?」
どうやら子アルラウネの一人が体内で心臓を掴んだみたい。
ドラ子さんが戦慄したように悲鳴をあげます。
「まさか、こんな小さなアルラウネに、アクアドラゴンがやられるというのですか……ッ!?」
私の子どもたちを甘くみたね。
お肉を食べるだけでなく、寄生根で発掘作業だってできるんだから。
「食べ、ちゃえばー?」「私も、一緒に、食べるー」「ドラゴンの、心臓って、結構、大きいね、」「温かいよー」「じゃあ、いただき、ますー」
次の瞬間、ドラゴンがバタリと横に倒れました。
心臓を寄生根で掴んで、食べてしまったみたい。
子アルラウネはハートキャッチだってできるくらい、立派な娘たちなんだから。
どうやら身体であるドラゴンは死んでしまったようです。
雨乞いの魔法も解けたみたいで、雨も上がりました。
「だが、まだ問題はない。アクアドラゴンが死んでも、アタシが生きている限り身体は動き続けるのさ」
ドラ子さんはそう言ったものの、ドラゴンの身体はいっこうに動こうとしませんでした。
「どいうことだい、身体が動かないだとっ?」
子アルラウネたちがドラゴンの筋肉をネナシカズラの寄生根で吸収して、食べ尽くしてしまったみたい。
そのせいで、ドラゴンは肉体的に動けなくなっていました。
「そ、そんな……移動できないなんて、いったいどうすれば…………」
ドラ子さんが、ゲッソリとしています。
どうにかしてこの場から離れたがっているみたいだけど、身体であるドラゴンが皮だけになっちゃったらもうどうしようもないよね。
これまでドラゴンに頼りっきりだったドラ子さんは、本来動けない植物の気持ちを忘れてしまっているみたい。
自由に動けない気持ちは痛いほどわかります。
私はアルラウネとして転生してから、ずっとその動けないという現実に悩まされ続けてきたの。
植物なら誰しも直面する、身体的なハンデ。
これでドラ子さんも、植物の心というのがわかるようになったんじゃないかな。
例えばだけど、もし体の一部が燃え出したりしたら、炎から逃れる術はないのが植物なんだよね。
子アルラウネたちはなにをすれば良いか、わかっていたみたいです。
一斉に、自家受粉を始めました。
集団で受粉すると、ユーカリの能力で体を発火させます。
そうして、バンクシアの能力で、種となって地面へと脱出しました。
「や、やめろぉおおおおおお!」
ドラゴンの身体ごと、ドラ子さんが燃え始めます。
植物の力を過小評価して、ドラゴンの力を過信しすぎたあなたの負けですよ。
「こうなったらお前たちだけでも道連れに……三重超高圧の水流砲」
ドラゴンの口元に、水の塊が生成されました。
けれども、その塊がレーザーとして放たれることはなかったの。
ドラゴンが死んだことによって、水魔法を使うことはできなくなっていたようです。
木の精霊であるドライアドは火が弱点。
水魔法で攻撃どころか消火もできないのなら、もうどうしようもないよね。
本体である木が燃えてなくなれば、おのずと命を散らす運命になるの。
「精霊とドラゴンの融合体であるアタシが、こんな植物モンスターなんかに……!」
植物は時に、ドラゴンをも凌ぐ。
クローンドライアドとして精霊ではなく、融合したドラゴンとしての戦闘スタイルをとっていたあなたは、植物の真の能力に気づくことはできなかったようですね。
親であるフェアギスマインニヒトがドライアドだというのに、残念だよ。
三精獣のドラ子さんは、そのまま炎の中に消えて行きました。
「次は、トロールの、番だね」
ドラ子さんを倒したことだし、あとは取り巻きのトロールを倒しましょうか。
そこで燃えている火を使って、火炎蔓でトロールを攻撃すれば一撃だね。
「待って、トロールを殺さないでください!」
ニーナが私の前で仁王立ちになります。
トロールの壁となるように、私に向けて両手を広げました。
「あのトロールはきっと元人間のはずです。変な花と種によって、トロールに変えられてしまったんです!」
──変な種?
それは毒の妖精オーインが使った、あの進化の種のことかな。
姉ドライアドたちが進化の種で人間をトロールに変えた。
なるほど、街にトロールが大量発生したのはそういうからくりだったんだ。
「あのトロールはまだ人間に戻すことが可能です。だから殺さないで、彼らを助けましょう!」
「でも、いったい、どうやって?」
「聖蜜を使えば大丈夫です!」
────聖蜜?
「さあ、早く聖蜜を出してください!」
え、ちょっと待ってニーナ。
聖蜜って、なに?
私、そんな神聖そうなもの知らないよ。
まさかとは思うけど、私の蜜のことじゃないよね。
聖なる蜜なんて出したことないし。
「聖蜜を早く……ついでにあたしも飲みたいんです!」
ニーナがついでに飲みたいって、どういうことなの、これ?
それに口からよだれを出した上に目がイッちゃっていて、なんだか様子がおかしいよ。
いきなりどうしてしまったというの、ニーナ?
まるで蜜狂いの変態クマさんみたいですよ。
私をペロペロするなんてことは、さすがにしないですよね。
「聖蜜があれば、みんなが救われます。女神さまの祝福を受けた聖蜜があれば、すべて解決できるのです!」
私、そんな凄いもの知らないよ。
だって私の蜜は、恥ずかしいことに口から出しているものだから、聖なるものではないからね。
ねえ、誰か教えてください。
聖蜜っていったい、なんなのさー!
魔女っこは森で、聖蜜の名前を口にしてはいませんでしたね。そのせいで初耳だったようです。
次回、聖蜜の真価です。