14 その屈辱はクマの舌の匂いによく似ている
森の主、クマパパの襲来。
10メートル級の巨大クマの相手なんて一人じゃできません。
なので私はすぐさま助けを呼ぶことにした。
はい、救援信号―!
ヘルプ、ミー!
天高く蔓を上げる。
女騎士であるハチさんに助けを呼ぶのだ。私一人ではあのクマパパに勝てる気がしない。
あいつは私をその辺に生えている雑草と同じような視線で見ている。完全に生物として見下しているのだ。勝負にもならないだろう。
あれ、おかしいな。
ハチさんたちが来ないぞ。
いつもならすぐに飛んできて私を守ってくれるのに。
そう思った時、私の女騎士が現れたのだ。
クマパパの後方へ一匹のハチさんが向かっている。
他の仲間はどうしたの?
一匹じゃさすがに勝てる相手じゃないよ。
でもね、次の瞬間に私はハチさんの仲間の居所がわかってしまった。そう、知りたくなかった流れで。
クマパパがハチの接近に気がついて後ろを向く。
そうしたらクマパパの背中にいたの。
ハチさん軍団が。
何十匹ものハチさんが、クマパパに針を刺したまま固まっていた。みんな死んでいたの。
すでに女騎士は壊滅した後だった。
私の百合の園は知らぬ間に劣悪なお父さんによって崩壊していたのだ。森サー終了のお知らせである。
うそでしょう。
ハチさんがやられてしまった。せっかく仲良くなれたのに……。
私の仲間はあの生き残りのハチさん一匹のみ。
味方がいないよりは一匹だけでもいるほうが良い。きっと二人のコンビネーションとかでクマパパを撃退できるはず。私と女騎士の仲だもん。一緒にあんな野郎はやっつけようね!
次の瞬間、クマパパが素早い動きで頭を捻り、長い角をムチのように操った。
最後のハチさんが角によって木っ端みじんになってしまう。
あ…………。
味方は絶え果てた。
とりあえず逃げたい。
でもそれは許されない。だって植物だから。
なんでさ、なんで植物には足がないの?
なんで根っこなの?
そんなに地面が好きか。たまには他の地面の味も知りたいなと大昔に植物が移動型に進化さえしていれば、こんなことにはならなかったのに。
もう仕方ない。
やるだけやってみよう。背水の陣だ。
勝てるとしたら、先制攻撃しかないか。
奇襲作戦である。
いけ、蔓のむちー。
だがクマパパには効果がないようだ。
蔓にマンイーターをたくさん咲かせて、噛みつき攻撃。
皮膚が固くて効かない。
蔓を木の幹に変化させて、叩きつける。
クマパパの皮膚のほうが固かった。幹は折れた。
どうしよう、レベルが違うよ。
でも、私にはまだ最終兵器がある。
しかもこれは効果があると実践経験済み。
花冠から毒の花粉をクマパパへ向けて放出させる。
これでハチミツ大好き変態クマさんは一撃で倒せたのだ。同じ親子であるクマパパだってやれるはず!
毒花粉を受けたクマパパはかゆそうに目をかいて、くしゃみをした。
そうして何事もなかったかのように進軍を再開させる。
え、それで終わりですか?
そんな花粉症みたいな症状しかでないの?
私、毒殺するつもりだったんですけど。
もしかしたら量が足りなかったのかもしれない。致死量というやつだ、子クマと違ってクマパパは大きい。
私は毒花粉を放出し続ける。
この辺り一面が毒の霧に覆われてしまうほどの花粉を放出した。
これならさすがのクマパパだって毒に侵されるはずでしょ。
そう思ったとき、私はお腹をハンマーで殴られるような衝撃を受けた。
クマパパが木を引き抜いて投げ槍のように投擲してきたのだ。
下半身の球根が餌食になった。
球根の葉緑体が弾け飛ぶ。
口の横に大きな穴が開いてしまった。中の消化液がトボトボと流れ落ちる。
アルラウネになってこれほどの痛みを受けるのは初めてだった。
蔓が切られるのとはわけがちがう。
あれは無数に生えている蔓。指とか爪のような存在だ。
でも、球根は違う。
むしろ、アルラウネとしての私の本体と言っても過言ではない。
そんな本体が致命的な怪我を受けてしまった。私が普通のアルラウネだったらこれで死んでいただろうね。
けれども私はただのお花ではない。
超回復魔法を使う要領で、球根の傷口部分を急成長させる。すぐに元の形に再生した。
ただ、回復の代償に疲労も大きかった。お水欲しい。
気がつくと毒霧が晴れていた。
そして目の前にはいつの間にか移動してきていたクマパパが仁王立ちしている。
毒の花粉は効かなかった。
目から血涙のようなものを流しているけど、それでも倒れない。しぶといね。
ならもう一度、毒花粉をくらいなさい。
……あれ、出てこないね。
球根に穴が開いたのと大規模な回復を行ったせいか、それとも毒の燃料切れなのか。なにも出てこない。
どうしよう、もう武器の手札がないよ。
打つ手なし。
血涙と一緒に口から大量のよだれを垂らしているクマパパは、私を逃がしてくれなさそうな雰囲気だった。
──うん、よだれ?
クマパパは鼻をピクピクとさせて、犬のようによだれを地面に垂らしている。
この姿は一度見覚えがあるぞ。
あのハチミツ大好き変態クマさんと同じ仕草だ。
クマパパの目的は蜜だった。今気がついたけど、目がイっちゃってるね。
ペロリストの父親もまたペロリスト。
似た者親子である。
あれれ。
もしかして私がクマパパのお子さんの仇だって気がついていない?
それは良かったんだけど、でも良くない。
私を捕食することが理由ではないけど、私の蜜を捕食するのが目的だよね。
結局、私は襲われるよね。
食い殺されたりは、しないよね……?
私を見下ろしていたクマパパが大きく口を開ける。
獰猛な牙の奥から、淡紅色の舌が現れた。
意外なことに、クマの舌は予想以上に長かった。人よりも何倍も長い。
まるでハチの巣の奥に溜まっている蜜を舐めとるような構造をしている。
私の目線の先にクマパパの舌が下ろされる。
その舌は、アルラウネである私の上半身よりも大きかった。
こ、こわすぎるのですけど。
恐怖のせいか何も思考できなくなった私は口をあんぐりと開けたままにしていた。
だからだろう、口からよだれという名の蜜が零れ落ちてしまったのだ。
クマパパの動きは早かった。
私の顔はクマパパの舌にペロリとなめられてしまったのだ。
蜜を堪能するクマパパ。
ドロリとしたクマパパのよだれが私にまとわりつく。ねっとりとした不快な感触に、全身に鳥肌が立つような感覚を思い出す。
きっとペロリスト歴何十年にもなるのだろう。
その舌捌きもさることながら、それ以上に臭かった。
クマパパはさらなる蜜を所望していた。
ここでその命令を断ることはできない。
今の私の命運は文字通りクマパパに握られているからね。
クマパパにペロペロされる。
なんて屈辱!
元聖女である私としては野生のクマに舐められるなんて耐えられるものではない。
頭に血がのぼる。植物だからもう血はないけど。
そのせいか私は忘れていた。
ラオブベーアは餌を角に刺して、巣に持ち帰るという習性があることを。
クマパパは蜜を気に入ったのか、なんと私をお持ち帰りしようとしたのだ。
私の体を地面から引っこ抜こうとする。
根っこが地面から離れる。
そうなれば植物としては取り返しがつかない。
根に緊張が走る。
地面から離れてはいけないと全身からアラームが鳴り響く。
もし根が完全に引き抜かれれば、もうおしまい。
花は枯れて、二度と元には戻らなくなる。
引き抜かれるのは殺されるのと一緒なのだ。
地面から離れたら、植物の生活は最後となる。
本能的に、それは死を意味することをこの時悟った。
わたしは悲鳴をあげた。
だが、クマパパは慈悲無しと、私を持ち上げる。
視界が暗転するなか、根っこが抜けていくのを感じた。
私は、植物として殺されるのだ。
明日も一日二回更新を予定としております。
次回、あなたは引っこ抜かれた雑草のその後を想像したことはありますかです。







