134 聖域攻防戦 その1
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
白い鳥さんとなった魔女っこに運ばれて、森の上を飛んでいるところなの。
森の中を大量のトロールが進軍しているのが目に入りました。
ざっと100匹以上はいるんじゃないかな。
それを見た妖精キーリが叫ぶように声を上げます。
「きっとこのトロールたちは聖域を目指しているんだよ! 早くドライアドさまのところに行かないと!」
キーリの指示する通りに魔女っこが森の上空を移動します
しばらくすると、聖域の真上へと到着しました。
すると、聖域の入り口に大きなモンスターが陣取っているのがわかります。
そのモンスターの正体は、二階建ての一軒家くらいの大きさのある青いドラゴンでした。
かなり大きいね。
でも驚くことに、そのドラゴンの頭の上に、クローンドライアドが生えていたの。
クローンドライアドの腰から上だけをドラゴンに融合させた感じだね。
多分だけど、姉ドライアドの配下である三精獣の一人かも。
けれど部下はいるのに、姉ドライアドの姿が見えないね。
いったいどこに行ったんだろう。
「ねえキーリ、姉ドライアドは、聖域に、入って、いるのかな?」
「それはないよ。だって聖域の結界を越えられるのはあたしだけだし。他の妖精はドライアド様が中から入口を開けないと聖域に入れないくらい厳重になっているんだから」
「他に、聖域に、入る方法は、ないの?」
「時間をかければ無理やりこじ開けることもできるけど、見たところその形跡はないねー」
となると、姉ドライアドはもしかして街に行っているのかな。
街は阿鼻叫喚といった感じだったし、その可能性はあるね。
このまま聖域の入り口を占拠されているのも困るし、三精獣さんにはお暇いただきましょうか。
トロールドライアドのトロ子と比べると、あのドラゴンドライアドは強さが段違いな気がします。
アルラウネとなってドラゴンと戦うのは炎龍様以来。
炎龍様ほどの実力はないだろうけど、他のモンスターと比べるとドラゴンは圧倒的に格上です。
この幼女の姿のままだと、さすがに厳しいかも。
パワーアップが必要だよ!
「キーリ、預けてた、例のもの、取ってきて、もらっていい」
「任せて!」
このままドラゴンドライアドを聖域の前に放っておくわけにもいかないから、私がなんとかしないと。
そのためにも、キーリが戻ってくるまでなんとか時間を稼がないとね。
「魔女っこ、キーリを、頼んだよ」
「アルラウネ……気をつけてね」
私は白い鳥さんから飛び下りました。
魔女っこはキーリを運んで、どこかへ飛んで行きます。
私のための、ある物を取りに行ったの。
できるだけ早く戻って来てね。
私は地面に落ちると、根っこを地中に伸ばしました。
これでいつでも戦えるよ!
「お前は…………アルラウネじゃないかい。なぜここにいるのかねえ」
ドラゴンドライアドが私に気がついたみたい。
なんだか名前が長いよね。
ドラゴンドライアドだから、ドラ子でいっか。
「私は、森の、用心棒。あなたたちの、好き勝手には、させません!」
「その様子だと、魔王城にいたあいつはやられちまったということかねえ。アルラウネなんかに負けるなんて、三精獣として失格だよう」
ドラ子の周りに、三匹のトロールが現れました。
どうやら取り巻きもいるみたい。
でも、そのトロールたちが信じられない行動をしました。
見覚えのある枯れ木を棍棒で粉砕し始めたのです。
あの枯れ木は間違いない、私の妹分のアマゾネストレントだよ!
アマゾネストレントが倒れて、今にも壊されそうになっているんだ。
「よくも、私の、妹分を……!」
「なんだい、やっぱりこの枯れ木はアルラウネの仲間だったのか。聖域を守ろうとしてきたから、倒させてもらったよ」
私の代わりに、聖域を守ってくれていたんだ。
妹分として立派だよ。
なら、頑張ったアマゾネストレントを助けないと!
私はユーカリで蔓を発火させ、火炎蔓を作りました。
炎が弱点のトロールは一撃だよ。
私が火炎蔓でトロールを攻撃しようとすると、ドラ子がニヤリと笑いながら呟きます。
「無駄だねえ。雨雲創造」
ドラ子の体から青色の魔力の塊が空へと打ち上がりました。
すると、さきほどから降っていた雨がいきなりさらに強くなります。
大雨のせいで、火炎蔓の炎が消えてしまいました。
「まさか、いまのは、雨を、呼ぶ、魔法なの?」
「ご名答。自然を操る精霊魔法と、このアクアドラゴンの複合魔法だよ。トロールの弱点は事前につぶさせてもらっているのさ」
昨日からこの辺一帯はずっと雨が降っていました。
それはこのドラ子が起こしたものだったんだ。
雨乞いができるなんてなかなかやるね。
でも、それくらいでマウントとらないで欲しいの。
私だって雨乞いしたことあるんだから。
森の雨乞いの巫女とは私のことよ!
こうなったら、先にドラ子を倒すしかないね。
先制攻撃です。
いけ、毒茨のムチー!
「これも無駄さ。超高圧の水流砲」
ドラゴンの口から水のレーザーのようなものが放たれました。
それによって私の茨がスパッとみじん切りにされてしまいます。
なるほど、超高圧の水で茨が切断されたんだ。
植物である私に対して水はすべて無効化されると思っていたけど、まさかこんな方法があったなんてビックリだね。
「植物の攻撃というのはこうも惨めなものかねえ。花がドラゴンに敵うはずないじゃないかあ」
「なら、これなら、どうですか?」
毒花粉を飛ばします。
けれども大雨のせいでドラ子にたどり着く前に消えてしまいました。
雨が邪魔だよう!
お水おいしいけど、いまはちょっと自重して欲しいの。
けれどもこれは想定内です。
実はいまのは陽動なの。
私は地中から毒茨をドラ子に向けて伸ばします。
地面の中をこっそりと掘り進めて、ドラ子の足元に毒茨を潜めていたの。
ドラ子に毒茨が巻き付きました。
いくらドラゴンだって私の毒の前では無傷とはいかないよね!
「毒も無駄だよ。フェアギスマインニヒト様によってアタシは毒が効かない身体になっているからねえ」
──そ、そんなぁ。
「アルラウネは地面から離れられなんだよねえ。なら、たまには外に出てみるというのも楽しくはないかい?」
ドラ子が毒茨を思いっきり引っ張りました。
茨に釣られて、根っこが地面からスポッっと抜けます。
「あぁっ…………」
私の身体が空に放り投げられました。
大人アルラウネの時はクマパパと張り合うくらいの力があったのに、幼女の根っこでは草むしりされる雑草のように私は軽い女になっていたの。
「超高圧の水流砲」
「うぎゃぁ!」
ドラ子の水レーザーによって私の球根に穴が空きました。
消化液が身体から外に漏れちゃうよう。
ドサリと地面に落ちた私に向けて、再びドラ子が水レーザーを発射します。
今度は花冠が半分切断されてしまいました。
うぅ、私の自慢の赤い花ビラをよくもやってくれましたねー!
私が根っこを地面に刺しているうちに、また水レーザーが飛んできます。
素早く蔓の盾を作ったけど、無意味でした。
蔓を貫通して、私の人間の胸の部分に丸い穴が空いてしまったの。
切られた蔓ブラが地面へと落ちていきます
私はぽっかりと空いてしまった自分の胸に視線を向けました。
水圧によって突き抜けた穴から、黄色い蜜が漏れてきます。
──血じゃ、ないんだ。
そうだよ、私はもう人間じゃない。
植物モンスターなんだから、身体に穴が空いても血は流れてはこないんだったね。
「所詮は植物。ドラゴンに勝てるはずがないんですよう」
たしかに単純な攻撃力が桁違いです。
今まで出会って来た敵の中で、炎龍様の次くらいに強い気がするよ。
「これで終わりにしましょうか。二重超高圧の水流砲」
蔓の盾を作りましたが、一瞬のうちに消し飛んでしまいます。
人間のお腹部分と球根の下のほうを何かが横切った感触がしました。
「うそ、でしょう……?」
二本の水レーザーによって、私の身体が水平に切断されてしまったのです。
私の身体が二段になって地面へと倒れていきます。
球根の下部分を残して、私は三枚に下ろされてしまったみたい。
私は、殺されてしまったんだ。
「アハハハハハ!」というドラ子の耳に触る笑い声が最後に聞こえました。
視覚が消えます。
聴覚もない。
けれども、不思議なことに意識はまだ残っていたの。
死んだと思っていたけど、私はまだ生きているんだ。
まだ、終わっていないよ……!
私は残る身体に超回復魔法をかけます。
光魔法と大雨によって得た水分を使って、身体を急成長させて再生させるの。
身体の葉緑素が躍動し始めます。
半分になった球根が再生され、そこから人間部分である雌しべが再生されました。
真っ赤な花冠や新緑の葉っぱも元通り。
私は元の幼女アルラウネへと回復することに成功したのです!
「嘘だろう……完全に体を切り落としたはずなのに、なんだい今の再生能力は…………」
ドラ子が唖然としながら私を見つめていました。
初めてドラ子が動揺して、私に畏怖の念を抱いていることがわかります。
ドラ子さん。
植物はね、根っこさえ残っていればまた再生できるの。
どんな小さい植物だって、それは同じだよ。
あなたが見下した植物というのは、動物の常識では囚われないようなことだってできるんだから。
精霊なのにドラゴンと融合したせいで、そんなことも忘れてしまったんだね。
それなら私が思い出させてあげましょう。
植物モンスターというものが、いったいどんな存在だったかを。
お読みいただきありがとうございます。
次回、聖域攻防戦 その2です。