日報 新米聖女見習いの塔の街騒動記 前編
新米の聖女見習い視点です。
あたしの名前はニーナ。
塔の街で新米の聖女見習いをしています。
森でアルラウネと出会ってから数日が経ちました。
冒険者のフランツさんからの情報ですと、森にアルラウネの姿はまだないようです。
あのアルラウネは聖女イリスさまと同じ光魔法のオーラを身にまとっていました。
しかも外見だけでなく、記憶までイリスさまのもの。
あたしに渡してくれたハンカチのことまで知っているとなれば、これはもう信じるしかありません。
イリスさまは、アルラウネとして生きていたのです。
なぜそんなことになっているのかは、全く想像もつきません。
早くお会いして、先日の非礼を詫びた後に色々とお話したいです。
蜜売りのルーフェちゃんの姿も街から消えました。
二人とも、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか。
おかげで街は大変です。
聖蜜の販売がなくなったことで、常連客の皆さんが発狂しかけているのです。
あたしはまだ買い溜めていた聖蜜が残っているから良いけど、そうでない方は蜜に飢えているようですね。
聞いた話によると、街のハチミツ屋さんのハチミツが完売だそうです。
聖蜜が食べられないと嘆いている一部の住民が、ハチミツ屋さんに押しかけたようですね。
その後、本当は在庫があるんじゃないかと疑った住人たちによってハチミツ屋さんが襲撃されたりして、ひと騒動あったので大変でした。
そんな中、あたしは領主さまのお館で行われる街の主要人物が一堂に集合する会議に出席しています。
ここに来たのは司祭さまのお付きとしてということもあるのですが、それだけが呼ばれた理由ではありません。
この街で光魔法が使えるのはわたしだけ。
そのため、街の行く末を決めるような重要な会議に、聖女見習いとして同席させてもらえることになったのです。
会議の顔ぶれは、街の騎士団長、街の冒険者組合の組合長、街の商工組合の組合長、教会からはうちの司祭さま、そして塔の街の領主さまと数名の貴族。
他にも何人かいますが、皆さま地位も権力もある方ばかりです。
なんだかあたしがこの場にいるのは場違いな気がしてしまいますね。
会議が始まると、すぐに冒険者組合の組合長が会議の出席者に語りかけました。
「人食いアルラウネの次は東の森の精霊です。速やかにドライアドに対して討伐部隊を編成するべきかと思いますが」
年配の下級貴族が手をあげます。
「東の森の精霊様は森と街を守護されているはず。討伐するのはもってのほかじゃ。やるなら魔王軍の四天王となった西のドライアドの方じゃろう」
次の瞬間、「ドンッ!」と大きな音がしました。
騎士団長がとテーブルに拳を叩きつけながら叫びます。
「戯言をほざくな! 東の森のドライアドこそ一刻も討伐すべき悪である! 人間の敵である精霊に裁きを下さないで他にすることなどないではないか!」
商工組合の組合長が首を縦に振ります。
「その通りです。それに街と接しているのは西ではなく東の森。優先順位としても、東の悪しき精霊を排除するのが先決でしょう」
どういうわけか、先ほどから会議のメンバーの数人が、森のドライアドと妖精を捕まえて殺せと強く主張しています。
今回の会議は、森の精霊について議題が主な内容のようですね。
どうやら司祭さまも、ドライアド討伐に同意しているみたいです。
「そもそも精霊は我々が崇める女神様が認めてはおられない存在です。この街の教会の代表者として、精霊狩りに賛同いたします」
街の権力者に近い位置にいる人ほど、ドライアドを討伐しようと強硬姿勢を取っているのです。
先日の第一回の討伐パーティーが組まれた時もこうでした。
なんだか人が変わってしまったように盲信的で、皆さんが少し怖いと思ってしまいます。
ガタンと椅子が引かれ、領主さまが立ち上がりました。
「私もその意見には同意だ。他に反論する者がいなければ、再び討伐隊を向かわせるつもりだが、良いな?」
領主さまもいつの頃からか、いきなりドライアド討伐の強硬派に変わったらしいです。
ですので、こうなることは会議が始まる前から決まっていったと言っても良いでしょう。
「その際には、聖女見習いの活躍に期待しよう。なにせ、人食いアルラウネを打ち滅ぼした英雄なのだから」
領主さまがいきなりあたしのことを話題にあげました。
なんだかとっても恥ずかしいです。
それよりも、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
冒険者のフランツさんと二人で森に行って、アルラウネが消えたことを司祭さまにご報告したら、なぜかあたしたちがアルラウネを倒したことになってしまったのです。
動けない植物モンスターが消えたのだから、きっと死んだはずだと冒険者組合も同じ判断をしたとのことでした。
そのせいで、アルラウネ討伐の功績をあたしとフランツさんが受けることになったのです。
本当は倒していないのに、こうなってしまってとても不服でしかないですね。
でも、お貴族さま方には逆らえないので、認めざるを得なかったのですよ。
翌日の夜。
あたしとフランツさんは、凶暴な人食いアルラウネを退治した褒美として、二人して領主さまから晩餐会に招待されることとなりました。
いったいなぜこんなことに……。
領主さまのお館に到着すると、晩餐会が行われる部屋へと案内されました。
領主さまに出迎えられ、フランツさんと一緒に席に着きます。
今夜一緒に食事をするのは領主さまとあたしたち三人だけです。とても恐縮してしまいますね。
領主さまは美食家で、住民からは白豚領主さまと呼ばれています。
そう呼ばれている本人もそれが気に入っているらしく、街の住人と分け隔てなく談笑する姿をよく見かけました。
体型はポッチャリとしていますが、とても寛容で賢いお方というのがあたしの印象です。
先代である父君が早くに亡くなられて若くして領主になったというのに、よく領内をまとめていると貴族の方々からも評判のようですし、立派なお方ですよね。
そんな白豚領主さまの晩餐会のお部屋に、見覚えのある女性の肖像画が飾られていました。
「良いだろう、聖女イリス様のすがた絵だ。美しく聡明であり慈悲深く、とても強い。まさに聖女の中の聖女だとは思わないかい?」
両手を上げながら、領主さまは高々に声を上げます。
その声は少し裏返っていて、興奮しているのがわかりました。
「実はこの絵、私が描いたのだよ。王都で拝見した聖女イリス様があまりに美しかったもので、すっかり心を奪われてしまったのだ」
「とてもお上手です、領主さま」
「だろう! ここだけの話、私はこの街の冒険者組合の絵師もしているのだ。絵を描くのは趣味なのだが、おかげで先日はとても良い絵が描けた。ニーナが討伐したアルラウネの手配書を書いたのも、私なのだよ」
隣に座っているフランツさんが、「聖女イリスさまの大ファンだっていう専属絵師は領主さまのことだったのか」とぼそりと呟きました。
どうやら冒険者組合で領主さまの絵の噂を聞いたことがあったようですね。
ほどなくして食事が運ばれてきました。
料理長が食事の説明をするためにやって来て、領主さまの背後に控えます。
あたしはテーブルに用意された食前酒の香りを嗅いだ瞬間、体が大きく弾むように反応しました。
つい我慢できず、料理長に質問してみます。
「こちらのお酒、もしかして聖蜜が入っていませんか?」
「御名答、そのとおりでございます。こちら、聖蜜酒でございます」
まさか街で品薄になっている聖蜜が晩餐会で出てくるとは思いませんでした。
いま市場に流せば、かなりの値がつくはずですよ。
領主さまがニヤリと笑みを浮かべながら、説明してくださります。
「ニーナはこの聖蜜が好きなのだろう。料理長の部下がニーナのことをよく知っているらしく、用意させてもらった」
あぁ、きっとあのお方でしょう。
街の広場であたしの後にいつも聖蜜を買いに来ていた若い料理人さんですね。
まさか彼がきっかけで、晩餐会で聖蜜のお酒を飲むことができるだなんてビックリです。
料理長の説明が続き、最後の一品に目が行きました。
「これはなにかの種ですか……?」
スープの中に、丸い植物の種のようなものが入っていました。
あたし貧乏な平民出身です。
ですからあまり食べるのにむいていない野菜も食べたことがありましたが、これは見たことがない種でした。
「さようでございます。そちらの種のスープは領主様オススメ一品でして、是非ともニーナ様に食べて欲しいとのことで精一杯調理させていただきました」
「そら豆ならわかりますが、見るからに植物の種という感じのお野菜は初めて見ました。なんという野菜の種なんですか?」
あたしが問いかけようとすると、領主様が聖蜜酒のグラスを手ながら立ち上がります。
「まあその話は後で良いではないか。せっかくの温かい料理が冷めてしまう、いただくとしよう」
この街では領主さまの言うことが絶対です。
グラスで乾杯し、あたしはまっさきに聖蜜酒を飲み干しました。
あぁ~、これですよっ!
蜜の甘さに脳が震えます。
身体の奥からなにかが弾け飛んだような気分になって、目がとろんとしてしまいますね。
あら、フランツさんったら。
グラスを持ったまま驚いたように口を大きく開けてどうしたのですか。
聖蜜酒を飲まないなら、あたしがいただいちゃいますよ。
「領主、さま……!?」
困惑したようなフランツさんの声が耳に入ります。
視線を移すと、領主さまが苦しそうに両手で首を抑えていました。
空になったグラスが床に落ちます。
もしかして気管のほうに飲んだ聖蜜酒が入ってしまったのでしょうか。
「うぐぁあああああ!!」
いいえ、なんだか様子がおかしいですね。
顔が紫色になって白目になっていますもの。
いまにも倒れてしまいそうです。
──ガシャーン!
領主さまがテーブルに倒れました。
そのせいで上の乗っていた料理が床に次々と落下していきます。
あたしが次に食べようとしていた、種のスープもひっくりかえってしまいました。
次の瞬間、領主さまが何かを吐き出します。
「…………青い、お花?」
不思議なことに、領主さまの口から花が出てきたのです。
いったいこれはどうなっているのでしょうか。
「領主さま、すぐに回復魔法をかけますので、ご安心ください」
あたしは領主さまに駆け寄って、聖女見習いとしての務めを果たそうとします。
ですが、そこで領主さまがおかしなことを口にされました。
「お前は、誰だ? 聖女見習いの服を着ているがこの街では見たことがない…………それに、これはいったい何事だ!?」
どういうわけか、領主さまはあたしのことを覚えていないようです。
それだけでなく、どうやら十数日前からの記憶が欠落しているようでした。
青い花を吐き出したら、領主さまが記憶喪失になられた。
あたしはその青い花をよく見てみます。
すると、根っこに見覚えのある種が巻き付いていることがわかりました。
その種は、あたしのスープに入っていた植物の種と、まったく同じものだったのです。
新米聖女見習いのニーナ視点でした。アルラウネが魔王城へと連れられてから数日後の塔の街の様子を目にすることができます。
次回、新米聖女見習いの塔の街騒動記 後編です。