133 ここはいったいどこですか
私、植物モンスター娘のアルラウネの種。
魔王城から脱出してから随分と時間が経った気がします。
種になっている時の私は、眠っているのと同じような感覚になっているの。
五感もないから外界のことはまったくわからないし、時間も不明です。
正直いって、種の私はなにもできません。
そんな私にも、ついに発芽の時が来たみたい。
真っ暗だった狭い世界に、光が差し込みます。
立ち上がるように体を上に伸び、私を包み込んでいた蕾が開きました。
アルラウネとして四度目の開花です。
「ここは、いったい、どこ?」
実は魔王城のお庭に着地していたりしたら、笑えないんだけどね。
でも、どうやらその心配はないみたい。
だってここ、崖だからね。
どうやら私は、絶壁の崖の窪みに生えてしまったみたい。
結構高さがあるよー。
落ちたら人間は助からないかもしれないよ。
いまの私なら、これくらいじゃ死なないだろうけどね。
ザァ──という濁流の音も聞こえます。
すぐ近くには大きな滝が落ちていました。
もしかして私、滝に流されていたのかな?
それで運よくこの窪みに種が飛ばされて、そこで芽吹いたと。
────あ、危なかった!
川に流されてそのまま水の底に沈んでいたら、種のまま私は死んでいたかもしれないよ。
こ、怖い。
種で飛んで行くのはリスクがありすぎるね。
崖とはいえ、よく無事に新芽になることができたよ。
やっぱり日頃の行いが良いから、神様が私に手を貸してくれたに違いないね。
まあ貸してくれるなら、アルラウネになる前に、聖女として死ぬ瞬間に助けて欲しかったんだけど……。
とにかく、どうやら変なところに生えてしまったみたい。
それにしても、水飛沫が気持ち良い。
お水おいしいの。
どうやら滝から水が飛んできているだけではなく、雨も降っているみたいだね。
雨が降っているときに、ハネフクベの能力で再びここから飛び立ったらどうなるんだろう。
雨粒にグライダーがやられて、もしかしたら墜落してしまう気がするよ。
そう考えると、雨が止むのを待つのが得策かな。
早く森に帰りたいのに、こんなどことも知れない場所で待ちぼうけをくらうなんてね。
というか、ここ本当にどこなの?
崖の下は一面森なんだけど、ドリュアデスの森とは違うみたい。
もしかしたらまだ魔王国領内なのかも。
ガルデーニア王国との国境付近なら、ドリュアデスの森も近いはずなんだけど。
とりあえず暇なので、私はご飯の時間にすることにしました。
実はこの崖の窪み、他にも植物が生えているの。
狭い空間だけど、植物の群生地帯になっているみたい。日辺りも良さそうだし、水分も豊富だから植物的には過ごしやすいところなのかもね。
蔦のような植物がたくさんあるけど、その中に黄色くて細い蔓が蜘蛛の巣のように張り巡らされているものがあります。
これはネナシカズラ。
『黄色い吸血鬼』とも呼ばれる寄生植物です。
ネナシカズラはその名のとおり、根っこがないの。
黄色い蔓から牙のような寄生根を他の植物の体に食い込ませて、吸血鬼が生き血を吸うように獲物の体から栄養分を吸い取る植物なのだ。
パクリ。
ネナシカズラを捕食しました。
これで私も寄生植物と同じことができるようになったね。
吸血鬼アルラウネの誕生だよ!
ネナシカズラの寄生根を使えば、動物に寄生することも夢ではないかもしれない。
そうなればさきほど戦ったトロールドライアドのように、誰かに寄生して移動することが可能だよ。
まあ、私は燃費が悪いから、栄養を吸いつくして宿主の命はなくなるかもしれないけど……。
動物、誰か来ないかなー。
鳥とか飛んで来ればいいんだけど、雨が降っているから来そうにないね。
種になっていた間、どれだけ時間が経過したのかわからない。
もし何日も過ぎていたら、すでにドリュアデスの森と塔の街は、姉ドライアドの支配下になっていてもおかしくはないの。
だから不安なのです。
早く森に帰りたいよー!
そんなことを思っていたら、前方から小さな点が近づいてきました。
どうやら鳥がこっちに飛んできているみたいだね。
鳥さん、こちらへいらっしゃいー。
そうしたら私が蔓で絡みついて、寄生根で体の栄養をごくごくと吸ってあげるの。
ついでに私が言う方向に飛んで行ってね。
運賃はあなたの栄養からいただきますので、安心して私を運んでくださいませ。
「ラッキーかも。本当に、こっち、来るよ」
その小さな鳥は、私めがけて一直線に飛んできていました。
これは千載一遇のチャンスです!
さあ、白い鳥さん。
私と愛のダンスを踊りましょう。
あなたが死ぬまで、私は寄生根を離さないから。
────え、白い鳥さん?
「おーい!」
白色の鳥から、妖精キーリの声が聞こえてきます。
これはもしかしなくても、もしかするね。
あの白い鳥さんは魔女っこで、背中にキーリが乗っているように見えるよ!
魔女っこー!
キーリ!
会いたかったよう!!
白い鳥さんは私の目の前に着陸して、小さな嘴を開きます。
「アルラウネ無事だったんだね。本当に良かったよ」
「色々あったけど、なんとかね。それよりも、どうして、ここが、わかったの?」
「キーリの魔法のおかげで、居場所がわかったの」
キーリの魔法というと、もしかしてお守り代わりにかけたというあの精霊魔法のこと?
まさかあれが探知魔法だったなんてビックリです。
おかげで助かったよー。
キーリが私の頭の上に飛び移りました。
「アルラウネさまが分裂したから驚いたんだよー! それで片方の反応が消えたと思ったらまた分裂して、しかも今度は凄いスピードで移動し始めたんだからもっと焦ったよ」
分裂というのは、受粉して種になった時のことかな。
まあ普通の人間は分裂しないだろうから、驚くのも無理はないよね。
「それより、早く、森に、行かないと」
白い鳥さんの身体が歪みました。
魔女っこの姿に戻ります。
私を掘り返した魔女っこは、人の姿のまま浮遊魔法を使って飛び立ちました。
植木鉢がないけど、代わりに金の綿を根っこに巻き付けることにしたの。
綿に滝の水をたっぷりと吸わせたから、当分はもつと思うんだよね。
「アルラウネはどうやって魔王軍から逃げてきたの?」
「話せば、長いん、だけど」
ドリュアデスの森に着くまでの間に、私は魔王城で起きたことを二人に話しました。
同時に、いまこの瞬間に姉ドライアドが森を襲おうとしていることも伝えます。
魔女っこも驚いていたけど、それ以上にキーリが動揺していました。
キーリにとっては生まれ故郷でもあるから、心配なのは仕方ないよね。
なんとかして、姉ドライアドの横暴を止めないと!
その夜は、途中で見つけた廃村に一泊することにしました。
昔はガルデーニア王国の辺境の村の一つだった村です。
魔王軍との長い戦争の末、いつしか魔王国領となってしまったんだろうね。
翌朝。
私たちは日の出とともに、廃村を出発しました。
魔女っこに連れられて空の旅二日目です。
雨がまだ降り続いているせいで、体が冷えて魔女っこが辛そうだよ。
ザゼンソウの能力で発熱して、私が懐炉になってあげることにします。
魔女っこ、辛いだろうけど頑張って!
しばらくすると、眼下の森の色が明るく変わってきたのがわかりました
それに気がついたキーリが、嬉しそうに叫びます。
「ここまで来ればドリュアデスの森はすぐ近くだよー!」
地平線の果てに、細長い棒のようなものが見えるね。
あそこに塔の街があるんだ。
浮遊魔法のスピードを上げた魔女っこは、すぐにドリュアデスの森へと到着しました。
だけど、なにやら街の様子がおかしいの。
雨音に混じって悲鳴が聞こえてくるよ。
「魔女っこ、街のほうに、行ってみて」
「わかった」
念のため、魔女っこは白い鳥さんに変身しました。
そのまま塔の街の上空へと飛んで行きます。
すると、街の一部が赤く染まっていたの。
火事が起きているのだ。
でも、雨のおかげで火は燃え広がってはいないみたいだね。
けれど、異変はそれだけではない。
街がトロールで溢れかえっていたの。
遅かったよ。
すでに姉ドライアドの侵攻が始まっていたんだ。
「どうしてこんなことに……」と、キーリが呟きます。
「ドライアド様の結界があるから、外からこんなにたくさんのモンスターが入ってくることなんて、できないのに」
結界を越えられるのは、一部の上位魔族のみ。
トロールじゃドライアド様の結界は越えられることはできないみたい。
なら、このトロールはいったいどこから現れたんだろう。
街のトロールたちの一部が、森へと進んでいました。
キーリが森の方を指さしながら、悲鳴を上げます。
「これがドライアド様の姉君の仕業なら、森の聖域が狙いだよ!」
結界を解くため、聖域に向かっているんだね。
そうして勇者の兜を奪い取り、妹ドライアド様を殺害するのが姉ドライアドの目的。
ということは、ドライアド様が危ない!
私は一応、このドリュアデスの森の用心棒なの。
だから姉ドライアドの好き勝手はさせないよ。
森の平和は、私が守るのだ!
ネナシカズラ:ヒルガオ科の寄生植物。植物でありながら光合成をする葉もなければ、根っこもありません。アサガオの仲間でもあります。
次回、新米聖女見習いの塔の街騒動記です。