随想 誰がために執事は働く
執事のテディおじさま視点です。
わたくしの名はポラーシュテルン。
魔王城でグリューシュヴァンツ様の執事をさせていただいております。
クマのぬいぐるみの見た目をしているせいで軽んじられることも多いですが、これでも主であるグリューシュヴァンツ様と共に多くの戦場を駆け抜けてきた元戦士でもあります。
年月を数えることも忘れてしまうほどグリュー様にお仕えしておりますが、我が主にここ最近変化がありました。
グリュー様は夏になると、宰相である姉君によって休暇を言い渡されます。
仕事一筋のグリュー様にとっての唯一の休みです。
実は規格外の力を身に宿す炎龍のグリュー様は、夏になると体温が急上昇して暑くなります。
そのせいで周囲は灼熱の日照りに襲われるのです。
そのため魔王城にいられると猛暑になって困るので、休暇という名目で魔王城から離れてもらうのが毎年の行事になっていました。
グリュー様は休みの間、どこかの森へ行って趣味のクマ狩りをします。
我が主、唯一の楽しみといっても良いでしょう。
そんなグリュー様に変化が起きたのは、今年の春のことでした。
ガルデーニア王国との国境付近の森で殉職したミノタウロスのディップコプフの仇討ちをして帰ってくると、変な行動をするようになったのです。
突然、グリュー様が寝室に花を飾るようになりました。
しかもおかしいことに、朝になると花の蜜を吸うのですが、「これではない」と言っていつも悲しみます。
いったいグリュー様はどうされてしまったのでしょうか。
グリュー様がディップコプフの仇を討って、魔女の里から捜索願が出されていた白髪の魔女を見た森というのは、昨年の夏にグリュー様が避暑地としてクマ狩りをされていた森と同じ場所です。
グリュー様はその森で、とても甘い蜜を出すアルラウネと出会ったと申されました。
ミノタウロスを食い殺したそのアルラウネの蜜の味が忘れられなくなってしまったようですね。
ですが、残念なことにそのアルラウネはグリュー様によって燃やされています。
アルラウネの代わりに、魔王城のハチミツや他の花の蜜を食べてみたようですが、どれも想像していた味とはかけ離れていたとのことでした。
「ポラー、良い蜜があれば、我のところまで持ってきてくれ」
「かしこまりました」
わたくしは魔王国中のハチミツを搔き集めました。
同時に、花や植物モンスターも揃えましたが、どれもグリュー様の舌を満足させるものではありません。
国内でダメなら、国外に足を運ぶまでです。
主の望みを叶えるのが、執事ですからね。
わたくしは大陸中の珍しい花や植物モンスターを魔王城にあるグリュー様専用の植物園に運びました。
この時に帝国で金羊毛のバロメッツを採集できたのが、一番の成果だったかもしれません。
そしてとある街に潜伏している間者から、とても強いと評判の植物モンスターの話を聞いたのです。
ガルデーニア王国の塔の街に到着したわたくしは、ユニークモンスターである紅花姫というアルラウネの存在を知ることになりました。
ちょうど、そのアルラウネが人間によって討伐されるようですね。
冒険者組合で手配書を見ていたわたくしは、アルラウネの姿を見て思います。
グリュー様はこの近くの森でアルラウネと出会いました。
つまり、産地が近いこのアルラウネなら、グリュー様が満足する蜜を出すかもしれません。
この時、アルラウネを保護して魔王城へと連れて行くことを決意しました。
数日後。
わたくしはいつものように人間の冒険者に紛れ込んで、討伐隊とともに森へと向かいます。
驚くことに、手配書のアルラウネは想像以上に強いことがわかりました。
討伐隊の人間を簡単に倒してしまったのです。
ですが、どうやら人間を殺すつもりはないらしいですね。
人食いアルラウネと聞いていましたが、どうやら違ったようです。
罵詈雑言を浴びせる人間を気に掛けるような仕草をしていますが、人間に想い入れでもあるのでしょうか。
ひと思いに食べてしまったほうが簡単だと思うのですがね。
ともかく、噂以上の実力を持つモンスターです。
真っ向から戦うのは骨が折れそうなので、わたくしは催眠魔法でアルラウネを眠らせました。
そのままアルラウネを鉢植えに植え替えて、魔王城へと向かいます。
それから十数日後、グリュー様が夏季休暇からお戻りになりました。
植物園に植えたアルラウネの蜜を採取してお渡しすると、「この味、まさしくあの時の蜜と同じだ!」と大喜びになられました。
植物園にお忍びでアルラウネを見に行ったグリュー様は、「どういうことだ。なぜあの時のアルラウネと同じ容姿をしている……」と不思議そうに呟きます。
同じ種類のアルラウネだったのでしょうか。こういう偶然もあるのですね。
そしてすぐさまそのアルラウネを、寝室に飾るようご命令をされます。
見目麗しいアルラウネが部屋に置かれるだけで、寝室が瞬く間に華やかになりました。
植物の姫だと魔王城で触れ回っても、皆が納得してしまうほどの美しさです。
しかも赤い花のアルラウネというのが炎龍様の炎の色と合っているので、不思議とすぐに部屋に馴染むのですよね。
けれども、アルラウネがミノタウロス殺しのアルラウネと同一の花だということが判明しました。
その時、アルラウネが驚くべきことを告げたのです。
「わたくし、熊肉が一番、好きですし……」
「ほほう……」と、グリュー様がアルラウネを見ながら笑みを浮かべます。
他の者からすると、グリュー様が怒ったように見えるのですが、実はあれは内心面白いと思っている時の表情なのです。
グリュー様の一番の好物は熊肉。
クマ狩りが趣味の我が主と、このアルラウネの趣味がまったく同じだったのです。
グリュー様が蜜の味と見た目の美貌を除いてアルラウネを気に入ったのは、この時だったことでしょう。
ですが、アルラウネは枯れてしまいました。
鉢植えには、新芽の幼いアルラウネが生えていたのです。
植物園から鉢植えに移して運んできたのが悪かったのかと、わたくしは頭をかかえました。
主の大切なアルラウネを枯らしてしまったのですから、執事として失格です。
幸い、子アルラウネも蜜を出すことができます。
蜜の味に満足されたグリュー様は、このアルラウネを育てることにしたようです。
ですがその子アルラウネは、とても生意気でした。
わたくしの掃除を邪魔しただけでなく、赤色の激辛の泡でわたくしを攻撃したのです。
まあ、実力のほどはわかりました。
どうやらグリュー様にお仕えする資格はあるようですね。
このことがきっかけで、わたくしもアルラウネを認めるようになりましたとも。
グリュー様も同じことを思ったようで、アルラウネはメイドとして取り立てられることが決まります。
ある日、わたくしはグリュー様に尋ねてみました。
「なぜアルラウネをメイドにしたのですか?」
「先行投資だ。我の手元に置いておきたかった」
「それはわかりますが、そこまでする必要があるのでしょうか?」
「あぁ、なにせ我が殺そうと思って手を下したのにもかかわらず、未だに生き延びている者はそうはいないからな」
それから数日後、アルラウネが四天王のフェアギスマインニヒト様に襲われたと報告してきました。
実はアルラウネとドライアドの精霊姫は裏で繋がっているのではないかと怪しんでいたのです。
それほど、このアルラウネは特殊な存在でした。
アルラウネの言葉を信じるなら、フェアギスマインニヒト様とは無関係のようです。
ですが、とても面白い情報を得ることができました。
どうやらわたくしの仕事も忙しくなる予感がいたしますね。
アルラウネとメイドの証言を聞いたわたくしは、すぐさま配下のメイドを大広間に集めました。
そして全員に幻惑魔法をかけます。
この状況ならメイドが操られていたとしても、裏で糸を引いている人物に気づかれないと思ったからです。
案の定、数人のメイドの口の中に怪しげな青い花が生えていることが判明します。
すぐさまグリュー様に報告し、メイドを見てもらいました。
「どうやらアルラウネの言葉は真実らしい。まさかこんな方法を使っていたとはな……」
アルラウネからさらに詳しい話を聞くために、寝室へと戻りました。
そこでわたくしは目を見張ることになります。
窓際にいるアルラウネが、燃えていたのです。
信じられないことに、アルラウネは死んでしまっていました。
「これは、まさかグリュー様が?」
「いや違う。この炎はアルラウネのものだ。厨房で発火能力を見せたと報告があったであろう」
グリュー様はアルラウネの亡骸を手で掴みます。
炎龍である主人に炎は効かないので、なんなく触ることができるのです。
「何百年ぶりであろうか、一度どころか二度までも我から逃げおおせる相手とまた出会うことになるとはな…………しかもそれが動くことのできない植物モンスターだと? これほど愉快なことはない」
グリュー様がとても怖い顔をされています。
わたくしの予想ですが、この状況を楽しんでいるともうかがえるような表情ですね。
「ポラー、其方に行ってもらいところがある」
「我が主の望みでしたら、どこへでも」
グリュー様のためでしたら、わたくしは何だっていたします。
主の覇道を邪魔する者はすべて葬り、賛同者には手を差し伸べましょう。
それが筆頭執事であるわたくしの役目です。
翌日。
わたくしはグリュー様の密命を全うするため、魔王城から出立いたしました。
全ては我が主のために。
というわけで執事のテディおじさま視点でした。
以前、アルラウネが森で日照り見舞われたのは、炎龍様が森に避暑しに来ていたの原因でした。この時に森でアルラウネと炎龍様が出会っていたら、物語は大きく変わっていたかもしれませんね。
次回、ここはいったいどこですかです。