131 脱出準備
青い花が枯れて、床に落ちていました。
この青い花は姉ドライアドが黄金鳥人や大鷲のモンスターに寄生させていたものと同じだよ。
悪魔メイドさんを操っていたのが姉ドライアドではなくトロ子で、そのトロ子を倒したから洗脳が解けたということなのかな。
とりあえず悪魔メイドさんの話を聞いてみましょう。
「ここでのこと、どこから、覚えて、いますか?」
「泡が顔にぶつかった時です。どうやらその時に泡を飲み込んでしまったようで、飲み込んだ水を吐き出しました。そうしたら地面にこの青い花が落ちていて、そこから夢が覚めたように意識がはっきりと戻ったのです」
泡というのは、私のシャボン玉のことだよね。
洗濯女中をしていたときの攻撃が、悪魔メイドさんにまで及んでいたということだ。
でも、蜜入りのシャボン玉は普通の人には無害でしかないはず。おかしいね。
とりあえず難しいことを考えるのはあとにして、早くこのことを炎龍様に報告して助けてもらわないと!
「グリュー、シュヴァンツ様に、アルラウネが、襲われたと、お伝え、いただけますか?」
「どこの誰とも知れないアルラウネの言うことなんて、聞くわけにはいかないのですわ」
「なら、せめてわたくしを、連れていっては、くださいませんか?」
「…………アルラウネは歩けないのですし、しょうがないですね」
悪魔メイドさんに運ばれて、炎龍様の執務室へと向かいます。
到着すると、炎龍様はお留守でした。
代わりにテディおじさまがいらしたので、さきほどの出来事の詳細をお伝えすることにします。
「精霊姫の部下に襲われた……信じられませんが、まずは現場を見せてください」
テディおじさまと悪魔メイドさんと一緒に、さきほど私が襲われた部屋まで戻ります。
けれども、部屋の中には空っぽになっていました。
トロ子の残骸も残っていません。
「おかしいですね、誰もいないようですが……?」
──やられたよっ!
トロ子の仲間が他にもいたんだ。
それで私たちがいなくなった隙に、証拠を隠滅した。
床に落ちていた青い花までなくなっているし、間違いないよ。
「いいえ、このアルラウネが言っていたことは真実です。襲った犯人まではわからないですが、たしかにここにトロールが倒れていました」
悪魔メイドさんが私を擁護してくれているよ!
私のことを『壺』だと悪口を言っていたけど、実は良いところもあるんだね。
「あなたも証人だということは理解しました。何者かに襲われたのは事実のようですが、その犯人が精霊姫配下の者だったかの確証は得られません」
テディおじさま、信じてください。
本当に姉ドライアドのクローンが襲って来たんだから!
「とりあえずこの場はわたくしが預かります。アルラウネは植物園に行って、新しい植木鉢をもらってきなさい」
そうだよ、元々は植物園に行く道中だったんだよね。
それで襲われたんだった!
植木鉢がないとこのままでは私は枯れてしまうの。
この場はテディおじさまに任せて、悪魔メイドさんと一緒に急いで植物園に向かいます。
植物園の入り口に到着すると、管理人のヒュドラさんとばったり遭遇しました。
「お前がアルラウネの…………子供ができたとは聞いていたが、本当に母親によく似ているな」
そうか、前に植物園にいた私は死んだことになっているんだ。
だから今の私は初対面。
アルラウネの子どものフリをしないといけないんだったね。
「それよりも、その格好……植木鉢はどうした?」
「割れて、しまいました。新しいの、ありますか?」
私の根っこが裸になっていることに驚いたヒュドラさんは「待ってろ」とどこかへ走っていきました。
すぐに戻って来た管理人さんは、ちょうど良い大きさを植木鉢見繕ってくれています。
うん、やっぱり土があると落ち着くよ。
私はもう植木鉢がないと生きてはいけない身体になってしまったの。
「そうだ、園内にいるバロメッツがお前に会いたがっている。悪いがメイド、アルラウネを連れて行ってやってくれ」
悪魔メイドさんに抱っこされたままの私は、数日ぶり植物園へと戻りました。
そうしてバロメッツさんが生えている場所へと辿り着きます。
私と同じ植物モンスターであるバロメッツさんが待ち構えていました。
前と変わらず上半身は羊の角が生えた女の子で、下半身は金色の綿で覆われています。
久しぶりというわけではないのに、なんだか懐かしいね。
「あなたがアルラウネさんの忘れ形見ですね……会いたかったですわっ!」
バロメッツさんから綿手が伸びてきます
悪魔メイドさんから私を奪い取ったバロメッツさんは、顔の前まで植木鉢を引き寄せると、わんわんと泣き出しました
「アルラウネさんんん! お友達であるわたくしを置いて先に死んでしまうなんて、ひどすぎますわぁあああああああああ!!」
しまった、バロメッツさんも私が死んだと思っているみたいだよ!
お友達を騙しているみたいで、なんだかとっても悪いことをしてしまった気がします。
「幼いこの子はわたくしが育てます! アルラウネさんの代わりに、立派なレディに育ててみせますわ!」
「あ、あのう?」
「安心してくださいませ、わたくしのことは母だと思ってくれて構いませんの。貴女の家族として、わたくしがアルラウネさんの分まで必ず…………うぅ、なんで死んでしまったのですか、アルラウネさんんんんんんんん!!」
号泣しながら私を抱きしめるバロメッツさん。
ここまで悲しんでもらうというのは、なんだか嬉しいね。
聖女として婚約者である勇者さまと聖女見習いのクソ後輩に裏切られて殺された時は、誰も悲しんでくれる相手はいなかった。
だからとっても心が温かい気持ちになるの。
私までもらい泣きしてしまいそうだし、私のことを想ってくれるバロメッツさんをこれ以上騙すことはできないね。
通路で待機している悪魔メイドさんに聞こえないよう、バロメッツさんの耳元でこっそりとささやきます。
「私、死んでないの。小さく、なったけど、同じ、アルラウネだよ」
「…………えぇ?」
「バロメッツさんの、久しぶり。また会える、と約束、したよね」
私、約束は守る植物なの。
「…………アルラウネさん、なんですの?」
「そうだよ。でも、このことは、二人の、秘密。知られたら、私、殺され、ちゃうの」
「アルラウネんんんんんんんんっ!!」
感極まったのか、ぎゅっと強く抱きしめられます。
く、苦しいようバロメッツさんー!
「いったいなにがどうなって、その姿になったのですか?」
「詳しい、話は、また、今度。それよりも、探している、植物が、あるの」
「なにやら大変なことに巻き込まれているようですね。わかりました、わたくしでわかることなら、お手伝いいたしますわ」
「4日前、ここに、運ばれた、植物を、探してるの。どこにあるか、知ってる?」
「それなら、目の前にありますわよ。アルラウネさんが生えていた場所が空いていたので、代わりに植えられたのですの」
え、私が生えていた場所!?
私はすぐさま後ろを向きます。
そこに、お目当ての植物がひっそりと生えていました。
つる植物に茶色くて丸い果実がくっついています。
「バロメッツさん、お願いが、あるんだけど?」
「アルラウネさんのためなら、なんでも致しますわ」
「私が、これから、することを、バロメッツさんが、したことに、してもらえる?」
「うふふ、わかりましたわ。アルラウネさんも食いしん坊さんでしたわね。管理人さんには、わたくしが食べたとご報告させていただきますの」
「ありが、とう」
このお礼は必ずするよ。
いつかきっと、バロメッツさんに森を見せてあげる。
あの約束は絶対に忘れないから。
悪魔メイドさんが他の植物を見ている隙に、私はお目当ての植物を捕食しました。
私が食べた植物はハネフクベ。
この植物の力を使えば、私は一人でこの魔王城から脱出することができる。
運が良ければ、ここに攫われたときと同じ時間で、ドリュアデスの森に帰ることができるの。
運が悪いと、一生かかっても森に帰れないかもしれないけどね。
それでも、私は行かなければなりません。
みんなと再会して、姉ドライアドから森を守らないといけないからね。
魔女っこが森で私の帰りを待っているのだ。
でも、もう心配しないで。
私、絶対に森に帰ります!
ついに魔王城から脱出する手段を得ました。これでやっと森に帰れると安心です。
次回、炎龍様に捕まりましたです。