130 襲撃の三精獣と戦闘メイド
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
植物園に行くはずだった私は、悪魔メイドによって空き部屋に連れて行かれてしまいました。
そこで私を待ち構えていたのは姉ドライアド────ではありませんでした。
姉ドライアドは眼帯をしているけど、この相手は両目で私を見ている。
それに姿は同じでも、土台が違うの。
陸ガメではなく、大きなトロールの肩にドライアドが生えています。
この人は、姉ドライアドじゃない。
先日、四天王でフェアギスマインニヒトの部屋で紹介された、クローンドライアドだ。
たしか直属の配下の三精獣の一人と言っていたはずだよ。
「本体は、いない、の?」
「フェアギスマインニヒト様はご出発なされた。ここにいるのは、あたしとあなただけですよ」
どうやら姉ドライアドはここにはもういないみたいだね。
ドリュアデスの森へ向かったんだ。
「アルラウネを抹殺しろというのがフェアギスマインニヒト様のご命令です」
「なんで、私を?」
「とぼけても無駄ですよ。あなたが妹に手を貸して、森にいたオーインを消したことはすでにわかっているのですから」
どうやらすべてお見通しだったみたいだね。
私と四天王の姉ドライアドは敵。
これはもう変えられない事実なんだ。
「私を、殺したら、グリュー、シュヴァンツ様が、黙って、いないよ」
「それは問題ないのです。アルラウネ殺しの犯人はそこのメイドが全て罪を被ることになっているので、あたしらには何の被害もないってわけですよ」
ということは、このメイドさんも利用されていただけってことだね。
「さぁ、殺し合いのお時間です」
徐々にトロールドライアドが棍棒を構えながら近づいてきました。
この場は逃げるが勝ちだね!
「メイド、さん、外に、逃げて」
私を手に抱えている悪魔メイドさんを振り返ります。
すると、彼女が大きく口を開けながら笑っていました。
口内には、あの青い花が生えています。
──ダメだ、この人、操られているよ!
そう思った瞬間、私は悪魔メイドに投げられました。
トロールドライアドが棍棒をバットのように使って、私を打ち返します。
──ガチャン!
私は壁に叩きつけられました。
酷いよ、私の植木鉢が割れちゃった……。
おかげで下半身が丸見えです。
土がないと根っこが露わになって、恥ずかしいの。
ついでに養分と水分が補充できなくて、このままだと私は枯れてしまう。
ぐぬぅ、よくも私の大切な植木鉢を!
許さない。
トロールドライアドめ────長いからトロ子と読んでやりましょう。
「これでもくらいなさい!」
トロ子が棍棒を振りかぶってきました。
私は棍棒を蔓で巻き付けて、攻撃を防ぎます。
「なら、これならどうですかっ!」
トロ子が精霊魔法を唱えました。
すると棍棒から無数の枝が生えて、槍のようになって私に伸びてきます。
私はたくさんの茨を生やして、枝槍を迎撃しました。
「やりますねえ、ですがこれならどうでしょうか。弾けなさい!」
トロ子の持っていた棍棒が炸裂しました。
鋭利なナイフとなった木片が私に降り注ぎます。
私は蔓の盾を作って、木片の雨を防ぎました。
これでトロ子の武器はなくなったね。反撃のチャンスかも!
ですが、トロ子は武器がないことなんて気にしないと愉快そうに笑いながら、右手で自分の左腕を掴みます。
「精霊魔法は自然界の物質を操ることができるのです。そして、トロールの再生能力と組み合わせれば、こんなことだってできるんですよ」
トロ子がトロールの左腕を引き抜きました。
すると左腕が棍棒へと変化していきます。
亡くなった左腕はすぐさま再生され元通り。
「小さなアルラウネじゃ、これは防げないでしょう!」
トロ子が棍棒を投擲してきたの。
幼女状態でしかも土に根を張っていない私が、この飛んでくる棍棒をどうにかすることは不可能です。
蔓の盾じゃ防御しきれないし…………そうだ、クッションがあれば!
私は素早い動作でバロメッツさんの金の綿を生成しました。
もふもふの塊で綿ガードです!
──グサッ。
棍棒が綿ガードにめり込みました。
でも綿の盾が緩衝材の役割を果たしてくれて、致命傷にはならなかったの。
「ほらほらほらほら! どうしましたか、これでおしまいですかーッ!」
トロ子が次々と棍棒を投げつけてきました。
金の綿ガードのおかげで、なんとか直撃は避けています。
とはいえ、防戦一方なの。
「しょせんはアルラウネってやつですかね? もっと根性みせてほしかったですよ」
トロ子はまるで私をいじめるのを楽しんでいるみたい。
姉ドライアド本体とは口調は少し違うし、クローンといっても性格まで同じではないみたいだね。
とにかく、まずは動きを止めないと。
トロールの弱点は、炎か光魔法。
前回トロールを倒したときみたいに、火炎蔓を使うべきかな。
でも、あれは諸刃の剣。
失敗すれば、一緒に燃えてしまう私はもう後がない。
となれば光魔法だね。
植物となった今、私は魔法で攻撃をすることはできないけど、光魔法が籠った蜜なら出すことができるの。
というわけで、反撃させていただきますわ。
ごきげんよう、トロ子さん。
わたくし、魔王城ではメイドなのです。
ですから野蛮な貴女に、メイドの心得というものをお教えいたしましょう。
メイドといえば、まずは洗濯です。
洗濯女中として、トロ子さんをピカピカにしてさしあげますわ。
綿ガードの裏で、せっせとシャボン玉の木を生成です。
シャボン玉で全身キレイキレイにしましょうね。
洗剤にはわたくしの蜜を使用いたします。
液体にトウガラシが混ぜられたということは、蜜の成分だって含むことができるよね。
「はぁ~、かわいい泡だこと。あきらめてお遊びでも始めたっていうのですか?」
トロ子がシャボン玉を棍棒で叩き落としました。
数え切れないほど飛んで行ったシャボン玉が、トロ子の棍棒さばきによって一瞬で水の泡となってしまったの。
「こんなふわふわとしたものであたしの油断を誘ったのかもしれませんが、無駄というものですよ!」
「なら、これでも、食べて、くださいませ」
トロ子の意識がシャボン玉に向けられているいまのうちに、次のお仕事です。
身体が綺麗になったら、ご飯にしましょう。
客間女中の出番です。
今日のご飯は私の種。
おいしくいただいてくださいね。
私は綿ガードの中にテッポウウリマシンガンを生成して、こっそりと狙撃しました。
スポポポポポンッ!
「なにぃ!?」
シャボン玉を落とすのに夢中だったトロ子は、綿の中から発射された種の弾丸に反応することができませんでした。
トロールの胸に棘種が数発刺さります。
「してやったつもりしょうが、無駄です。トロールの再生能力があれば、こんな種」
「再生、しない、みたいだけど」
「なんですって!?」
再生するどころか、トロールの傷口がどんどんと広がっていきました。
実はね、種の中に光魔法が籠った蜜を入れておいたの。
炎龍様も大好きなわたくしの蜜の味、気に入ってくださいましたでしょうか?
あらあら、好き嫌いはいけませんよ。
トロールは光魔法の蜜がお嫌いのようですね。
そのせいで、蜜がトロールの肉を浄化させて、溶かしているみたい。
「ウギャァアアアアアア!!」
トロールと合体している以上、ドライアドのクローン部分にもダメージは伝わっているようです。
どうやらご飯のお時間はまだだよと抗議の雄叫びをあげているみたい。
代わりに、自分が食材になりたいと声をあげてくださっているようです。
それなら、台所女中の腕の見せ所ですね。
台所の火起こしは得意なの。
ユーカリの能力で発火して、火炎蔓を作りました。
そうしてトロ子さんを優しく包み込みます。
子守女中のように、暴れるトロ子さんをあやしてあげましょう。
よしよーし。
すぐに終わりますよう。
メイドさんの蔓の温もりに安心したのか、トロ子さんは真っ黒になりました。
どうやらお眠のお時間のようです。
ぐっすりと寝てしまって、まるで二度と起きてはこないように思えるね。
子守りが済めば、メイドとしてのお仕事も完了です。
リトープスの脱皮の能力を使って、火炎蔓を分離。これで私が燃える心配もなくなりました。
随分とわたくしをボコボコにしてくださいましたが、いかがでしたでしょうか。
メイドとして、丁寧に奉公させていただきました。
トロ子さんはわたくしのことを小さなアルラウネと申しましたね。
ですがわたくし、炎龍様専属のメイドアルラウネですの。
そんじょそこらのメイドと一緒にしては困りますわ。
「ここはいったい、どこですか? それにこの惨状……なにごとです?」
扉の方から声をかけられました。
振り返ると、悪魔メイドさんがビクビクと震えながらこちらを見ています。
そうだった、この部屋にはもう一人メイドがいたんだったね。
とはいえ姉ドライアドに操られているのだから、警戒を解くわけにはいかないよ。
「あなた、アルラウネ……なのですか? メイドの服を着ていますが、いったい何者なのですっ?」
悪魔メイドさんが焦るように私に尋ねます。
おかしい気がするよ、まるで私のことを知らないみたいな口調だったね。
「私の、ことなら、知っている、でしょう?」
「知らないわ、あなたみたいな植物モンスターのことなんて」
どういうことなの、これ?
私と悪魔メイドさんは何度も顔を合わしているし、私のことを『壺』だと悪口まで言っていたんだよ。
それなのに今更はじめましてというのはちょっとショックです。
もしかして、記憶が混乱しているのかな。
そこで、私は気がついてしまいました。
悪魔メイドさんの足元に、あの青い花が落ちていることを。
リトープス:ハマミズナ科の多肉植物。姿が石ころのように見えることから、イシコログサとも呼ばれています。
次回、脱出準備です。