13 森の主襲来
少年が私の元を去ってから一週間が経った。
アルラウネとして生まれてから初めてできたまともな話し相手。
口を開けば「蜜をくれ」と言うだけのペロリスト精神旺盛な少年だったけど、あんなのでもいないよりはマシだった。
そういえば私が初めて捕食した魔物であるハチミツ大好き変態クマさんも立派なペロリストだったね。
もしかしたらこの辺りの子供はみんな変態なのかもしれない。
どんなに変態な子供でも、話し相手ができるという点だけで他の欠点を払拭できたのに。私、また一人に戻っちゃった。
少年がいなくなって寂しいという感情を思い出したからだろうか。
最近、私には気になっている相手がいるのだ。
それがね、あそこに生えている樹のことなの。
私から10メートルほど離れたところにいつの間にか枯れ木が生えていたのだ。
元気だった青々しい樹が枯れてしまったのだとは思うのだけど、私はその樹が現役だったところを全く覚えていない。
というのも、私の周囲10メートルは樹どころか雑草すらなくなってしまっているのだから。
原因は私です。
私が食べました、後悔はない。
その理由はあの日照りのせい。
でも、それだけじゃない。私の能力のためだ。
だから日照りが終わったあとも、私は植物を吸収した。
捕食した植物の特性やその植物自体を生成することができると発覚したからね。
時間があるうちに武器の手札を増やしておきたい。
それにあいつら、私の日光浴に邪魔だったんだよね。
水分補給にも邪魔だった。
地面から調達できる水を他の植物に奪われてしまうからね。お水大好き少女の私としては許せないことだったね。
だから周囲の植物を根絶やしにしたいと常々思っていたんだけど、先日強行しました。
蔓を使って樹を根っこごと引き抜いたの。
意外と私、力持ち。
その時にはたしかにあの場所に枯れ木はいなかった。
いったいどういうことなんだろう。
森の七不思議だね。
そうして私が住みやすい環境を整え終わった頃に、やつが現れたのだ。
ある日の夕方、巨大な狼を見てしまったのだ。
まるで路線バスが森の中を歩いているような存在感。
よだれが滴る牙を剥き出しにし、動物を狩るハンターのような冷酷な瞳をしている。
あいつはオオカミ型のモンスター、ヘルヴォルフ。
冒険者から地獄の狼と呼ばれ恐れられている魔物だ。
出会った瞬間に悟ってしまった。
あいつは他のモンスターとは格が違う。
戦っても、きっと一瞬で負ける。私では相手にすらならない。
一捻りに潰されて、終わり。
こわい。こわいよお。
まだ夜じゃないのに蕾を閉じて隠れたくなる。
それを実行しなかったのは野生の生物としての意地。
命の危機のたびに人生を諦めていたら、自然界で生き延びることなんてできない。
そんなことをしていたら、きっと私は今日まで他の魔物と戦って勝つことはできなかっただろう。
だから目をつぶったら終わりだ。きっとあいつは私をつぶす。
私の意地が伝わったのだろうか。
ヘルヴォルフは私に興味をなくして、どこかへ去ってしまった。
…………良かった。
助かったよ、私。
生きた心地がしなかったね。
きっとあいつが森の主なのだろう。
そうに違いない。
私は一介のお花さんなわけだから、森の勢力圏争いとかとは無縁。だからもう二度とこっちに来ないでよね。
そうだ、あの恐ろしい巨大な狼。
ヘルヴォルフが森の主。
そう思っていた時期が私にもありました。
でも、ごめんなさい。
違いましたね。
あなたが本当の主です。
あれから数日後。
私はヘルヴォルフを初めて見た時の何倍もの恐怖を視界にとらえていた。
ある日、森の中でクマさんに出会ったの。
森の木々よりも頭一つ分くらい大きくて、殺し屋のように凄く怖い目つきをしている、クマさんを……。
クマの頭が森から空へと突き抜けているくらい巨大なあのモンスターは私が一度出会ったことがあるモンスターと同じ種族だった。
クマ型のモンスター、ラオブベーアである。
私が知っているあのハチミツ大好き変態クマさんは子供だった。
2メートルくらいしかなかったはずだ。
なのにあそこにいるクマさんは10メートル以上ある。大人になるとあんなにでかくなるのか。小さい時に始末しておいて本当に良かったね。
こんにちはクマさん。
もしかして、あのペロリストのハチミツ大好き変態クマさんのお父さんですか?
いえ、お父様ですか?
なになに、あの子、行方不明になっちゃったんですか。
ええ、もちろん知りませんとも。
たしか、あの子ならあっちの方に走っていくのを見ましたよ。
ええ、ええ、わかりますとも。
心配ですよね。お子さんと何か月も離れ離れになるのは辛いことですよね。
でもね、私じゃありませんから。
信じてください、私は犯人じゃないです。だから仇を見るような目で睨まないで。
私が食べたんじゃないですから。
冤罪です。真犯人は別にいます。
そう、下の球根が食べたの!
球根と体が繋がっているけど、私は関係ないから!
私は無実なの!!
私の懇願が通じていないのか、クマパパが頭上に保管している餌を貪り出した。
ラオブベーアの頭には一本の長い角が生えている。
その角にね、見覚えのあるあるモンスターが刺さっているの。
私が森の主だと誤解していたあの地獄の狼。
ヘルヴォルフがクマパパの角に刺されたまま死んでいたのだ。
まるで悪魔と出くわしてしまったのではないかと錯覚しそうになるような衝撃的な光景だった。
ラオブベーアは殺した獲物を角に刺して保存食として巣まで持ち帰る性質があると魔物図鑑で読んだことがある。
それでも、まさかあんなに恐ろしかったヘルヴォルフが無残にも捕食される姿を拝むことになるとは思わなかった。
正直、拝めることなら今すぐ神様や女神様に変更してもらいたい。
お祈りをして天から奇跡を施して欲しい。
クマパパがヘルヴォルフを完食する。
満足そうに角を撫でたあと、私と目が合った。
息子の仇を思い出しちゃったみたい。
なぜ私が仇とバレたの?
いや、バレていないけど、とりあえず知らないやつだからシメとくかというヤンキーみたいな性格なの?
どちらにしろ、私はクマパパから標的にされていた。
クマパパがこちらに向かって歩き出す。
進行方向の森の木が一本ずつ倒されていくのが目に入った。
あんな化け物に勝てるはずがない。
私はただのか弱いお花なの。
10メートル級の狼食らいのクマとは対戦相手にもならないの。
だからね、お願いします。
今日のところはお引き取りください。
明日またお話しましょう。息子さんのこともきちんと謝罪します。
まあクマパパが帰った隙に夜逃げしますけどね。逃げるは恥だけど生き残るのには役に立つのだ。
あぁああああ!
そうだった、何を愚かなことを考えていたんだ私は!
現実逃避をしていたらすっかり忘れていた。
私、歩けないんだった。植物だから!
いやぁああああ!
私の体は花だから!
おいしくないから!
だから見逃してぇええええええ!!
お読みいただきありがとうございます。
本日も一日二回更新となります。
次回、その屈辱はクマの舌の匂いによく似ているです。







