128 料理人スキュラさんと3日クッキング
炎龍様のお眼鏡にかなう食べ物を作って手柄を立てるよう、お題をもらった翌日。
私はいつものように、蜜を提供するため厨房に連れてこられました。
でも、今日はそれだけで終わりではありません。
私はどうしても植物園に行くことを許してもらわないといけない。
そのために炎龍様の胃袋を蔓で掴んでやるの。
手料理を披露するのだ!
「ウソだろう、アルラウネが料理するって本当かい?」
そう私に話しかけてきたのは、魔王城の厨房で働いているスキュラさんです。
スキュラさんは、上半身は人間の女性にしか見えないけど、下半身が特に凄いです。
タコのような足が12本もあるうえに、ケルベロスのような犬頭が6つもある下半身をお持ちなの。
上半身は人間と変わらないのに下半身はタコ足と犬の頭というのは、上半身は人間の外見なのに下半身は球根とたくさんの蔓が生えている私と、なんだか共通点があります。
ぱっと見のバランスが似ているんだよね。
手足が十本以上あるというのが特に親近感が湧くよ。
そのことが理由で、スキュラさんとは少しだけおしゃべりをするようになったのだ。
「アルラウネが料理をするというよりは、料理されるの間違いじゃないよね?」
スキュラさんめ、失礼な。
こう見えて、私は森で魔女っこと一緒に料理をしてきたから大丈夫なの。
でも、スキュラさんは一応料理人。
なので事情を話して、私が調理をするところを見てもらおうと思ったわけです。
「驚いても、知らない、よ。いいから、見てて」
蔓にそら豆、カブ、タマネギといった野菜をたくさん生やしました。
そうしてユーカリを使って、火起こしをしちゃいます。
私、料理人だけでなく、調理器具にもなれるんだから。
「アルラウネ、燃えてるよあんたーっ!」
「…………消火、お願い、します」
ほどなくして、私は消火されました。
────違うのっ!
脱皮をすれば自分で解決はできたけど、調理場にいるからスキュラさんの手を借りて火を消してもらったほうが大事にならないと思ったの。
それに炎龍様に手料理を作ろうと思ったから、自分の力で野菜を調理したかったのです。
けれども思っていた通り、どうやら私だけでは限界があったみたい。
「あははははっ! まさか本当に驚くことになるとは思わなかったよー」
スキュラさんの笑い声が耳に痛いです。
うん、本当はわかっていましたとも。
私のアルラウネ流野菜料理は、まだ改良の余地があるということは。
でも、これしか思いつかなかったんだからしょうがないよ!
こうなったら、大人しくスキュラさんの手を借りるしかありません。
「身体を使って料理をしたところ悪いけど、これじゃただの焼き野菜だよね。しかも焦げてるし。こんなんじゃグリュー様は美味しいとも珍しいともなんとも思わないよ」
「やっぱり、そうだよ、ね」
意気消沈した私は、メイドさんによって厨房の外へと運ばれていきます。
午後は炎龍様の執務室でお仕事をするためです。
「其方、厨房で料理に挑戦したらしいな」
炎龍様が私に話しかけてきました。
もうご存知だなんて、耳が早いね。
「それで、上手くいったのか?」
「私、料理、苦手、でして」
「植物モンスターである其方が料理上手だったら我が驚く。そう気落ちすることはないし、気長にやれば良い」
「でも、美味しい、料理を、作らないと、ご褒美が、早く、貰えない、ですし」
「別に旨いものを求めているわけではない。我はこう見えて長生きしているし、舌も肥えている。ゆえに、珍しいものを作って、我を驚かせてくれればそれで問題ない」
「それで、良い、のですか?」
「ああ。なんだったら、蜜以外にもの珍しいものが出せるなら、それでも良い」
──珍しい食べ物。
私がいま生成できる野菜はなんだっけ。
実は植物園で新たに捕食して何個か増えたから、けっこうあるんだよね。
リンゴ、そら豆、カブ、タマネギ、トウガラシ、キャッサバ…………あ、これだ!
キャッサバはタピオカの原料です。
この世界にはタピオカという食べ物は発明されていないみたいだから、絶対炎龍様も珍しがるにちがいないよ!
前世の女子高生時代に、キャッサバからどうやってタピオカになるのかと少しだけ調べたことがあるの。
正しいやり方は覚えていないけど、まあなんとかなるでしょう。
そうと決まれば、タピオカ作りに挑戦だよ!
翌日。
厨房に運ばれた私は、スキュラさんにまた手伝ってもらえないかとお願いをしてみました。
そうしたら「もちろん良いよ」と承諾してくれたの。
スキュラさん、やっぱり良い人だよー!
「アルラウネのためなら協力したいし、なによりも上からよろしくと言われちゃっているからね」
「……上から?」
「グリュー様の執事から、アルラウネの手伝いをするように言伝を頂戴しているわけ」
つまり、炎龍様が私のことをよろしくと頼んだってこと?
炎龍様にテディおじさま、こっそりと私のために動いてくれていたなんてビックリだよ。
感謝の気持ちを込めて、頑張って料理をしないとね。
というわけで、うろ覚え知識でタピオカを作り、スタートです。
まずはキャッサバ芋を生成です。
品種改良してきちんと毒抜きは済んでいるので安全なの。
スキュラさんと協力して、このキャッサバ芋をすりおろしにしてかき混ぜます。
ミキサーがあれば便利なんだけど、そんなものはここにはないから手動なの。
12本のタコの手を使うスキュラさんの調理スピードは相当なものでした。
負けじと倍の24本の蔓を使って芋をすり下ろそうと頑張ったけど、負けました。
料理人には敵わなかったみたい。
そうしてできたキャッサバ芋のでんぷんを搾って、液体にします。
この白い液体を、数日放置。
3日後。
液体が沈殿して固まった部分が、タピオカ粉となるわけです。
このタピオカ粉に水や砂糖などを加えてかき混ぜることで、タピオカの元となる塊ができました。
これを一つ一つせっせとちぎっては丸めて、ちぎっては丸めてを繰り返せば────はい、タピオカらしくなったねー。
これを煮込んだものをさらに水でしめれば、完成です。
小さな丸いタピオカが大量にできました!
うん、初めてにしては悪くないんじゃいかな。
タピオカモドキかもしれないけど、見た目はだいたいタピオカです。
ところどころわからないところがあったんだけど、そこはスキュラさんと色々と試していたらなんとか形になりました。細かいところは説明省略なの。
スキュラさんがタピオカを摘まんで、口に放り込みます。
「うーん、別に特別旨いというわけじゃないけど」
タピオカだけ食べても、別に美味しくないからね。
けれども、そのタピオカを飲み物にすることで、珍しい食べ物へと進化するのだ。
「この次はどうするんだ?」
「タピオカ、ミルク、ティーに、したいん、だけど」
「ミルクが欲しいのなら、外の牧場で乳を搾ってきてやろうか?」
牛さんからミルクを採るのは簡単です。
でも、ここまで来たら、すべて材料は私にしたいよね。
調理はスキュラさんに手伝ってもらったんだし、素材くらいはすべて私産にしないと手柄を立てたとは言いにくい。
私が乳を出せれば問題はないんだけど…………あ、思いついちゃった!
「私、ミルク、出せる、かも!」
「…………え?」
スキュラさんの裏返った声が厨房に響きます。
植物園で捕食したのは、なにもキャッサバだけではない。
何十種類とこっそりと食べた植物のなかに、ちょうど良いものがありました。
それを使えば、私は自分のミルクを生み出すことができるの。
よーし、植物園に行くため、頑張ってたくさん出しちゃうよー。
そうしてそれを、炎龍様に飲ませるのだ!
タピオカ:トウダイグサ科のキャッサバの芋から作り出されたデンプンのことです。語源はブラジルの先住民族トゥピ族の「デンプン製造法」からきているとか。
次回、ミルク出ちゃいましたです。