127 幼女アルラウネの色仕掛け大作戦
炎龍様のお部屋に戻ります。
メイドによって床に置かれた私は、炎龍様が部屋に戻っていることに驚きました。
まだ夕方だというのに、お仕事はどうしたんだろう。
私を運んできたメイドが部屋を退出すると、炎龍様は「リンゴをくれ」と命令してきます。
リンゴを渡すと、「今日は早めに仕事を切り上げた」と説明してくださいました。同時に、「今日は早めに休んでも良いぞ」とおっしゃられたの。
そういうことなら、私もちょっとオフモードになろうかな。
「炎龍様、抱っこ、して」
「…………なん、だと?」
炎龍様が不思議そうに私を見つめてきます。
そうまじまじと見られると、ちょっと恥ずかしいね。
「なぜ抱っこ、なのだ?」
「光が、欲しくて」
「……そういうことか。メイドだというのに、主人になにを命令してくるんだと思ったぞ」
あわわわわわ!
そうだよ、さすがに炎龍様に失礼だったって!
休んでいいと言われたから、気持ちと一緒につい口が緩んじゃいました。
「まあ良い、まったく面白いアルラウネだ。我に抱き上げろと命令してくるのは、其方だけだぞ」
「申し訳、ないです」
炎龍様に植木鉢を抱っこしてもらって、窓際へと移動してもらいます。
久しぶりに見る外の風景は、真っ赤でした。
夕日の色で染まっている。
視線を下に向けると、私とバロメッツさんが一緒に暮らしていた植物園が見えました。
上から眺めると結構近い場所にあったんだね。
他になにか面白いものはないかと視線を動かすと、管理人さんであるヒュドラさんと、片角のミノタウロスの姿が目に入ります。
どうやら、また新しい植物を運搬しているみたい。
あの植物園は私を探すために作ったみたいなこと言っていたけど、そのまま植物園を拡張していくつもりみたいだね。
そんなことを思っていると、二人が運んでいた植物に違和感を覚えました。
──ちょっと待って!
あの二人が持っている植物、もしかしてアレなんじゃない?
遠目だから確信は持てないけど、私の予想が正しければ、あの植物を食べれば私はこの魔王城から脱出することができるかもしれないよ。
そうと決まれば、植物園に行かないと!
とは思っても、一人じゃ動けないの。だって私、植物だから。
こればかりは、四天王のドライアドの提案を受ければ良かったと思ってしまうね。
「炎龍様、私、植物園に、行きたいです」
「ダメだ。其方は我のメイドなのだから、勝手は許さない」
そ、そんなぁ。
まだ炎龍様への好感度が足りなかったみたい。
けっこう頑張っていたつもりなんだけどなあ。
こうなったら当初の作戦通り、色仕掛けだね。
殿方はこれに弱いに決まっている。
私の婚約者の勇者様だって、クソ後輩の色仕掛けに落ちてしまったんだから間違いないよ!
「炎龍様、これ、どう思い、ますか?」
「…………くねくねして、いったいどうした。踊る植物というのはまあ珍しいとは思うが」
私の色仕掛けが、効かないですって……?
いや、それ以前の話かもしれないよ。
私、色仕掛けのやりかた、わかんない!
子供のころから貴族出身の聖女として生活してきた私にとって、そういったこととは無縁の人生だったの。
でもね、やり方がわからなくても、身体を使えばいいはずだよ。
前世の漫画で読んだ気がする。
そうと決まれば私の身体を披露して────いいえ、待つのよアルラウネ。
聖女見習いのクソ後輩は、あの無駄にデカい胸を使って勇者様を誘惑していたと思われるの。
巨乳に釣られてしまったんだね、勇者様は。
勇者様の婚約者として、私は悲しいよ。
でもね、聖女見習いのクソ後輩と比べて、いまの私はどうでしょう。
ぺったんこです。
膨らみもなければ、色気もないの。
幼女じゃダメだよー!
炎龍様がロリコンであらせられることに賭けるしかないのかな。
「炎龍様、好きな、女性の、タイプは、なんですか?」
私と炎龍様の視線が交差します。
かなり長い間、二人で見つめ合いました。
しばらくすると、頭を抱えながら目を瞑った炎龍様が、こうお応えしました。
「…………子供は苦手だ」
私、アウトでしたー!
子供どころか、幼女です。
どうやら苦手なタイプだったみたい。
色仕掛け大作戦、失敗です!
「子供はどうしていいかわからぬ。何を考えてそんな発言をするのかわからぬし、触れば壊れてしまいそうだからな」
そういえば炎龍様、お子さんはいませんでしたよね。
子供が身近にいないから扱いが分からなくて苦手だということなら、まだワンチャンあるかも…………。
「其方、なにを思い詰めているのか知らないが、成長すれば美しいアルラウネになるのだから安心するがいい」
「それ、って?」
「其方の母は綺麗であった。あれなら立派なアルラウネとして見劣りはするまい」
──ちょっと聞きましたか、いまの!
炎龍様、私のこと綺麗だってー!
美しいとまで言っちゃっているよー!
うへへ、アルラウネになってから私、褒められたことってほとんどないの。
ここ最近は特に、「怖い」「化け物」「モンスター」「食われる」とか、そんな感想ばかりだったからね。
そのせいか私、褒められるのに耐性がなくなっていたみたいです。
これは、私が大人になれば問題はなにもないのではないでしょうか。
そうですとも、大人アルラウネになれば、胸も大きく膨らんでいたよね。
そうしたら炎龍様も認める美貌で、色仕掛けができるかも!
ここまで褒めるんだから、きっと炎龍様は私にメロメロになること間違いなしだよ!
早く大きくならないと。
こんなことなら、もっと光合成をして栄養を貯めておくんだった。
自分で幼女になっておきながら、なんだか悔しい。
成長したいよー!
「其方、泣くほど植物園に行きたかったのか……」
炎龍様が私のいる窓際に近づいてきます。
そうして私の頬を流れる蜜を、指ですくい取りました。
「其方の蜜はいつも甘いな」
頭をポンポンと軽く叩きながら、考え込むように炎龍様は外を眺めます。
「どうしても行きたいのなら、条件がある」
「条件、ですか?」
「簡単なことで良い。なにか手柄を立てれば、その褒美として植物園に連れて行ってやろう」
手柄と言っても、動けない私ができることはたかが知れているよね。
いったい何をすれば良いのかな。
「炎龍様は、私に、望まれる、ことは、ありますか?」
「我がアルラウネに望むこと…………やはり食だろうな」
そうだよね。
なにせ蜜の味を取り立ててもらってスカウトされたんだから。
「其方の蜜はメイドの通常業務の一部だ。ゆえに、蜜以外の珍しい食べ物で我を楽しませてくれたら、それを手柄としよう」
「わかり、ました!」
色仕掛けは失敗したけど、その代わりに胃袋を掴めば問題ないということだよね。
食事なら任せてください。
私、魔女っこに手料理をしてあげたりしたから、少しだけだけど腕には自信があるの。
森での経験が役に立つ時が来たみたいだね。
やる気とともに気持ちが燃え上がってきました。
ついにアルラウネ流野菜料理を披露する時が来たのだ。
料理もできる有能なメイドアルラウネとして私、頑張るよー!
炎龍様はアルラウネに少し甘いようです。多分、蜜のせいですね。
次回、料理人スキュラさんと3日クッキングです。