126 植物にとっての楽園は、人間にとっての地獄
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
仲間にならないかと提案してきた四天王の姉ドライアドに、気になることを尋ねてみることにしました。
「人間は、どう、するの?」
「植物であるお姫様が、人間のことを心配したって仕方ないだろう?」
「それは……」
「生まれたてのお姫様は知らないだろうがね、あんたの母親は人間に化け物だと言われながら何度も命を狙われたそうだよ。植物のモンスターだというだけで、無条件で殺そうとしてくるのが、野蛮な人間というものさ。いったいなぜやつらのことを庇おうとしているんだい?」
そう言われると、返す言葉がないです。
私は何度も人間に殺されそうになった。
それも数えられないくらい。
人間たちは私の言葉を聞いてはくれなかった。
討伐隊を組まれて、人食いアルラウネだと叫びながら火を放ってきたのはまだ最近のことです。魔物には死をとも叫ばれたね。
「そんなことをしてくる人間が、憎いとは思わないかい?」
塔の街で私を殺そうとしてきた連中は嫌い。
でも、そいつらよりもさらに憎い相手が私にはいるの。
婚約者であった私を捨てて亡き者にしようとした勇者様、そしてその勇者様を寝取ったうえに私を殺そうと直接手を下した聖女見習いのクソ後輩。
聖女であった私が植物モンスターになったのも、全てはこの二人が原因です。
森でのサバイバル生活や魔女っこたちとの共同生活の間も、忘れることは一度たりともなかった。
魔女っこを巻き込むことはできないから、こちらから乗り込むことはこれまで不可能だったの。
でも、この四天王のドライアドと手を組めば、一緒にあの二人に復讐をすることだって夢ではないかもしれない。
そう考えると、悪い提案ではないかもしれないよ。
「アタシも人間が大嫌いでね。特に勇者と名がつくものは何があっても殺したいと思っている」
妹であるドライアド様曰く、姉ドライアドは50年前に恋人であった勇者を殺したらしいです。
その時のことが詳しく知れる良い機会かもしれないね。
「なにか、あったの、ですか?」
「アタシも昔は人間を信じていた時があったのさ。でも、勇者に裏切られ、あまつさえ妹にも裏切られた。だからアタシは人間と妹に復讐するために、魔王軍に入ったというわけだよ」
勇者と妹が裏切った?
妹であるドライアド様は50年前の詳しい話を知らないと話していたけど、まさかそんなことが。
なんだか他人事とは思えなくて、ちょっと親近感湧いちゃいそう。
それと、妹が裏切ったというのはどういうことだろう。
その点については、二人の証言がかみ合わないね。
どちらかが嘘をついているのか、それともなにか誤解があったのかな。
「雑草のように足で踏みつけていたはずの植物に皆殺しにされる人間の心境というのは、いったいどんなことを思うのかねえ」
「人間は、全員、殺すの?」
「そうだねえ、植物の苗床としてなら、何匹か生かしておいてもいいかもねえ」
私は、勇者様とクソ後輩が植物の苗床になっているところをイメージしました。
それは意外と悪くない光景かもしれないね。私と同じように植物の一部となるんだから。
そして次に私は、魔女っこや、聖女見習いのニーナが植物に侵食されて苗床になっているところを想像します。
根っこから栄養を吸われて、干からびたように目を白くしていく二人の光景が目に浮かんでくる。
それはとっても、イヤなことでした。
同じ人間だといっても、全てが憎むべき存在ではない。
数は少ないけど、共に歩むことができる人間だっているのだ。
魔女っこはもちろん、ニーナとだって次に会ったら上手くできるはず。ついでに伍長さんとも、良い関係が築けそうだったしね。
「人間と、一緒に、暮らすのも、悪くは、ない気が、します」
「現実を知らないお姫様に忠告しておくよ。人間という生物はね、かならずアタシたちを裏切るのさ。なぜなら、人間にとって一番大事なのは結局のところ、人間だからさ」
魔女っこが、私を裏切る。
──ううん、それはありえないよ。
だって魔女っこだよ?
人間嫌いで、植物モンスターだから心を許したと言ってくれたあの魔女っこが、私を裏切るなんてことはしないはず。
「人間は信用できない。だからすべて苗床にしてしまえば良い。そうすれば肥料となって植物の楽園のために、命を吸いつくされながら働いてもらえるだろうさ」
私はわかってしまいました。
この姉ドライアドは、人間を一人も生かすつもりはないのだと。
植物にとっては、理想の世界を創り出してくれるかもしれません。
でも、そこに魔女っこたちの居場所はない。
憎い人間はどうなっても良いとは思えなくもないけど、モンスターである私に友好的な人間まで殺してしまうのは納得がいかないよ。
たしかに私は光合成しながら静かに植物ライフを送りたいと願っています。
でも、そこには家族や仲間の人間がいても良いと思っているの。
だから、姉ドライアドの理想の植物の楽園と、私の理想である植物ライフは、相容れないということが理解してしまいました。
「さあ、これが最後だよ。アタシの仲間にならないかい?」
この手を握ったら、私は人類を全て敵に回すことになる。
元聖女として、人間を完全に裏切ることになるんだ。
アルラウネになってからは、人間が好きになれないような出来事ばかり起こったけど、やっぱり人間の全てを嫌いになることなんてできない。
私は友好的な人間とは仲良くしていたいの。
こう思えるのは、まだ私にも人間としての自我が微かに残っているからかもしれないね。
それはきっと、魔女っこがいるから残り続けたんだ。
魔女っこがいなかったら、もしかしたら私は人間と決別してモンスターとして人類に牙をむいていたという現実もあったかもしれない。
「わたくしは、あなたの、仲間には、なれません」
「…………それ、本気で言っているのかい?」
「はい……それに、わたくし、グリュー、シュヴァンツ様の、メイドです。手出しは、無用では、ないでしょうか」
「………………そうかい、お姫様がそう選択するのなら、もう声はかけないさ」
ドライアドが手を引っ込めました。
そうして私に背を向けるように、陸ガメを移動させます。
「アタシは一人で人間に復讐するまで。その前哨戦として、オーインを亡き者にした妹と一緒に、森と街を滅ぼすまでだね」
オーインというと、私を枯らそうとしてきた毒の妖精のことだね。
前にこの姉ドライアドと会った時は、「オーインは行方不明」と言っていたけど、どうやらもうこの世にはいないことがバレてしまったみたい。
となると、いよいよドリュアデスの森が危ないよ。
森にいるはずの魔女っこの身も、さらに危険に晒されるということだからね。
「お客様がお帰りだよ」
堕落の精霊姫がパンパンと手を叩くと、扉が空きました。
メイドが私のお迎えに来たみたい。
「アルラウネのお姫様、くれぐれも身体には気をつけることだねえ」
「ありがとう、存じます」
「じゃあねえ」
最後の二言、なにか含むような言い方をしていた気がするよ。
まるで獲物を見るような視線で、私のほうを振り返っていましたのがやけに印象的でした。
私はメイドに運ばれながら、姉ドライアドことフェアギスマインニヒトの話を思い返します。
植物の楽園のために、人間は皆殺しにすると宣言していた。
つまり、塔の街の住人もそうするつもりということだよね。
毒妖精オーインがやられたことを知ったフェアギスマインニヒトは、きっとドリュアデスの森と塔の街に向かうはず。
そもそもガルデーニア王国はフェアギスマインニヒトが攻略を命じられた場所でもあり、同時に憎い妹がいる土地でもあるから。
こうしてはいられないね。
魔女の里が魔女っこを誘拐しようとしているだけではなく、森の平和のためにも私は一刻も早くみんなの所に帰らないといけないよ。
なんといっても、私は森の用心棒だから。
フェアギスマインニヒトの手を借りずに森に帰る方法は、もう一つしかありません。
この魔王城から脱出できる、植物を捕食すること。
そのためには植物園に行って、私が探している植物を見つけるしかないの。
でも、その前に一つ大きな難問があります。
誰かに植物園に連れて行ってもらわないと、私は移動できないの。
いまは炎龍様のメイドになっているのだから、炎龍様の許しを得ないと、きっとお出かけすら認めてもらえないよ。
そうと決まれば、炎龍様におねだりをするしかないね。
蜜を交渉の材料にしたいけど、それはメイドの通常業務だからと聞く耳を持ってもらえないような気がします。
それなら、アルラウネとしての正攻法の手段を使っちゃいましょう。
いままで使う機会がなかったしあまりやりたくはなかったのだけど、時間もないしそうは言ってられないよね。
腹はくくりました。
アルラウネとしての色気で、炎龍様を篭絡するのだ。
私、炎龍様を落としちゃうよー!
はたして炎龍様のお眼鏡にかなうことはできるのでしょうか。
次回、幼女アルラウネの色仕掛け大作戦です。