125 精霊姫の甘い誘惑
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
四天王であるドライアドに部屋に来るよう呼ばれて、テディおじさまによって運ばれてきたの。
ドライアドの部屋に入ると、そこは緑でいっぱいの部屋でした。
至る所に植物が生えています。
まるで小さな森みたい。
部屋のテーブルの上に、私は置かれました。
私を運んだテディおじさまは、一礼してから部屋を去っていきます。
どうやら一緒にいてはくれないみたいだね。
「呼び立てて悪かったねえ」
部屋の主である、四天王の姉ドライアドが私の正面に移動してきました。
先日と同じように、陸ガメの上に生えたままだね。
「アタシの名前はフェアギスマインニヒト。あんたとは初めましてだねえ」
そうだった、転生したこの身体で闇落ちドライアドと会うのは初めてだったよ。
初対面のフリをしないと。
「はじめ、まして。お初に、お目に、かかります」
「あのアルラウネが産み落としたばかりの子なんだって? 女にしてやると言ったのに、かってに子供を産んで母親になるとは思わなかったよ」
実はこれが二度目の出産でした。
ついでに二度目の幼女でもあるよー!
「どうだい、この部屋は。まるで森のようだろう。住み心地が良いとは思わないかい?」
そういえば、この部屋に来てから私、ちょっと調子が良いかも。
いったい何でだろうね。
「それには二つ理由があるのさ。一つは、植物は城よりも森で生息するのが一番ということ。もう一つは、屋内だと光が足りていないから、成長に害がもたらされるということ……生まれたばかりのアルラウネのお姫様みたいにね」
「光、不足?」
「あんた、花びらの艶も良くないし、葉にも影が生まれているじゃないか。気がつかなかったのかい?」
そう言われてみると、城の中にいたせいであまり光合成が出来ていない気がするね。
生活が新鮮で刺激的だったからあまり気がつかなかったけど、私は体調不良だったみたい。
「この部屋には疑似的に光を生み出す魔法がかけられていてね。そのおかげで植物にとって過ごしやすい環境が作れているわけさ」
光を生み出す魔法というと光魔法しかない。
ということはもしかして、あの黄金鳥人の魔法かもしれないね。
姉ドライアドは同じ四天王である黄金鳥人を操っていたから、可能性は高い気がするよ。
「どうだい、薄暗い執務室にいるよりも、この部屋に移住したいとは思わないかい?」
「どういう、意味、ですか?」
「アタシのところに来ないかい、アルラウネ。同じ植物同士、気は合うと思うんだがねえ」
私が四天王のフェアギスマインニヒトに呼ばれた理由は、まさかのヘッドハンティングでした。
そういえば植物園にいたときにも同じことを言われた気がするよ。
どうやらまだ諦めていなかったみたい。
「なんで、わたくしを?」
「植物の仲間が欲しいというのでは、理由にならないかねえ。強くて知性ある植物モンスターは希少だから、手元に置いておきたいのさ」
ドライアドは部屋の中にある植物の葉を、優しく撫でまわします。
「おかしいとは思わないかい? 植物はこんなにも生命力があるのに、魔族からも人間からも冷遇されていることに。どいつもこいつも、植物は下等な存在だと見下しているのさ」
「それは……」
たしかに私も「植物だから」と蔑まれたことは何度もあります。
魔族からも人間からも、植物である私はまるで道端の雑草のように軽く扱う人が何人もいたね。
「魔族も人間も、本当のことをわかっていないんだよ。やつらは植物であるアタシたちに利用されている立場なのにねえ」
「どういう、こと、ですか?」
「植物は動くことはできないが、代わりに他の生物を召使いのように働かせているのさ。例えば植物の実を鳥が食べたとする。その鳥は他の場所で種が混じった糞をするわけだけど、糞から種が芽吹いて遠方の地で新たに繁栄することができるというわけだねえ」
姉ドライアドの言う通り、植物のために働かされる動物というのは多いです。
ハチさんやお蝶夫人のように花粉を運ぶポリネーターも同じだね。
受粉したくないお花である私にとっては、無理やり犯そうとしてくる恐るべき虫さんたちという点もあったけど。
「果物や野菜を食べるために植物を育てている魔族や人間も同じさ。やつらは知らないうちに植物のために働かされているというわけだよ」
そうして野菜や果物は、人間たちに守られながら育てられて、繁栄をするというお話かな。
とはいえ、ポリネーターも野菜の話も、共生しているとも言えるのだけどね。
「それに、もしこの世界で魔族と人間が全て絶滅してしまっても、植物はこの大陸で大繁殖を続けることができる。アタシたちは自分の力では歩けないが、肉を持った生物にはない、おそるべき生命力を持ち合わせているんだよ」
「わかり、ます……」
仮に蔓を何度切られても、植物は再び蔓を伸ばすことができる。
もし人間の腕を切られてしまったとしたどうでしょう。
もう二度と生えてくることはないよね。
人間と違って、植物にとっては蔓を切られることはあまり痛いことではないの。
なんだったら、根っこさえ残っていれば再び元に戻ることだってある。
それにアルラウネとなってすでに二度も転生しているので、生命力という点でも身を以って体験済みだよ。
「だからアタシは植物の天下を作りたいのさ。お姫様も植物のための世界で、安心して生活をしたいとは思うだろう。邪魔な人間を消し去って、アタシと一緒に植物の楽園を作らないかい?」
植物の楽園。
それは私の理想である、光合成しながら静かに植物ライフを過ごすという夢にかなり近いことかもしれない。
とても共感してしまう言葉だね。
でも、それがとても難しい夢だということは、この一年のアルラウネ生活で身を持って味わったことでもあるの。
「植物の楽園、なんて、可能、でしょうか?」
「おや、どうしてそう思うんだい?」
「植物は、動けない、ですから、やられる、一方、ですし……」
「その心配はないさ、アタシを見なさい。植物が移動する方法なんていくらでもあるのさ」
陸ガメに寄生しているおかげで、ドライアドでも自由に歩くことができる。
私も同じように動物モンスターに寄生することができれば、移動することができるよね。
その代わり、宿主を操らないといけないけど。
「アタシの仲間になれば、お姫様に足をやろうじゃないか。宿主を自由に操る術だって教えてやってもいい」
宿主を自由に操る術。
それは黄金鳥人の口の中に生えていた、あの青い花のことかな。
でも、寄生するにしたって自力ではできないのだけど、どうするんだろう。
「アタシはこれでも研究者だからね、植物を他の生物に寄生させることなんて簡単なのさ。それに、すでに成功例もあるしね」
そう言うと、姉ドライアドはパンパンと手を叩きました。
すると、奥の部屋から大きな人影が現れます。
「紹介しよう。アタシ直属の配下である、三精獣の一人さ」
それは大きなトロールでした。
でも驚くことに、青色の蔦の髪を持った美しい女性が、トロールの肩から生えているの。
姉ドライアドであるフェアギスマインニヒトとまったく同じ外見の女の人です。
こちらは眼帯をしていないから、そこで区別をするしかないくらいだよ。
「この娘はアタシの枝から培養して作り出した、人工のドライアドなのさ。トロールの再生能力を栄養源にして融合させてみたんだが、どうだい?」
──驚いた。
つまりクローンドライアドということだよね。
しかもモンスターと合体して、自由に歩きまわることができている。
ついでにトロールの再生能力を自分のものにしているわけだから、通常の植物よりも再生能力が格段に向上しているということなのかも。
「半植物半獣人であるバロメッツほどの融合率にはまだ到達できていないが、これだけ混ざり合っていれば十分だろうねえ」
植物園で姉ドライアドがバロメッツさんを触診していたのは、この研究のためだったんだね。
「どうだい、アタシの仲間になれば、お姫様にも奴隷となる足を与えてやろう。そうすれば今すぐに行きたいところに自由に歩いていけるのさ。ただの植物であり続けたら、一生叶わない夢だとは思わないかい?」
「ドリュアデスの森に、行っても、良い、ということ、ですか?」
「もちろんだとも、アタシが許そう。森だろうがどこだろうが、歩きまわるといいさ」
──歩くことができる。
それは私にとって、とても魅力的な誘惑なの。
アルラウネになってこの一年、何度歩けない自分の身を恨めしく思ったことだろう。
本当に数えられないくらい、歩きたいと思ったよ。
そんな私の弱点を、このドライアドはなくしてくれると提案しているのだ。
「お姫様は、自分の足で行ってみたいところはないかい?」
私が行きたいところ。
それはもちろん、魔女っこのところだよ。次点で王都です。
とにかくいまは、魔女っこの身が危ない。
魔女の里が魔女っこを誘拐しようとしている現状、すぐに森へと帰ることができるということは、私にとって喜ばしいことだよ。
そう考えると、これはとても甘い誘惑です。
でも同時に、悪魔の誘惑でもある気がするの。
なぜなら私は、姉ドライアドに魔改造されてしまうということだから。
「もう一度言おう。アタシの仲間にならないかい?」
四天王の一人が、私に手を差し伸べてきます。
正直に言えば、私はまた自分の足で歩いてみたい。
人間だった時のように、歩きたいの!
それにこの姉ドライアドは、植物モンスターである私のことを、本当に味方だと思ってくれている。
なんだかこのまま姉ドライアドの手を蔓で握り返しても良いとさえ思えてきます。
けれども、その前に私は一つ質問してみることにしました。
私にとって、とても大切なことを。
アルラウネになってから未だに一歩も歩いていない主人公。植物モンスターとしての生活が板について来た今、歩くことに対して強い憧れを持つようになっているようです。
次回、植物にとっての楽園は、人間にとっての地獄です。