124 もう一人の白髪の魔女
その日、私は執務室で炎龍様の肩もみをしていました。
書類仕事ばかりで目が疲れたという炎龍様のために、蔓でご奉仕です。
メイドとしてご主人様のために頑張らないとね。
そうして少しでも印象を良くして、来るべき脱出の日のために好感度をあげておくのだ。
「アルラウネ、これは悪くないな」
「えへへ、ありがたく、存じます」
「それにしても生まれて数日の其方が肩もみを知っていたり、流暢に言葉を話せたりするのが不思議でならないのだが、どう思う?」
「…………わたくし、幼女だから、難しいこと、わかんない、です」
──あわわわわ。
炎龍様、鋭すぎて怖いよう!
時折、私は生後数日のアルラウネではなくもっと長生きしているアルラウネだと、炎龍様に見抜かれているような気がして冷や冷やなの。
「どうした、蔓が止まっているぞ?」
「ごめん、なさいです、ご主人様」
炎龍様の疑惑の視線におどおどしていると、救いの手が差し伸べられました。
部屋の外からテディおじさまが入って来たのです。
「グリュー様、お客様がご到着されました」
「もうそんな時間か。このままお通ししろ」
「かしこまりました」
え、お客様ですか?
この執務室に部外者を入れるなんて珍しいですね。
普段は誰かと会うとき、部屋を移動してどこかへ行っているのに。
炎龍様は「観葉植物として静かにしていなさい」と言いながら、私を棚の上に置きました。
どうやらこの部屋にいていいみたい。
ラッキーだね、炎龍様の正体がこれで知れるかもしれないよ!
「お久しぶりでございます、グリューシュヴァンツ様」
テディおじさまに連れられて、人間のような外見の女の人が入ってきました。
20代半ばくらいの綺麗な人です。
黒いローブを着て三角帽子を被っていて、まるで魔女みたい。
けれども驚くことに、その女の人の髪は真っ白だったの。
魔女っこと同じような白髪です。
ただ、魔女っこのようにすべてが白髪というわけではなく、ワンポイントカラーで染めているようにブロンド部分もあるみたい。ちょっとおしゃれなお姉さんという感じです。
いったい何者なんだろうと思ったところで、炎龍様が椅子に座すように声をかけました。
「魔女の里の女王補佐である其方をこんな場所に招いてしまって、悪く思う。城を留守にしていたせいで、仕事がたまっているのだ」
──魔女の里!?
そういえば以前、森のドライアド様が魔女っこを魔女の里に送ったほうが良いと提案してきたことがあったね。
それに白髪で魔女ということは、もしかしたら魔女っことなにか関係があるのかな。
魔女はみんな髪が白いというわけでもないだろうから、凄く気になるの。
「ここでなら聞き耳を立てる者もいないから、自由に発言するといい。それにちょうど良い、我も其方に話があったのだ。」
「滅相もございません。本日はお目通りいただけで光栄でございます」
「堅苦しい話はなしだ。それで、我も其方に謝らなければならないことがある」
炎龍様が魔女に謝らないことですって?
いったい何したっていうんですか、炎龍様!
「魔女王から頼まれていた白髪の少女の捜索だが、あと少しのところで取り逃がしてしまった」
白髪の少女って、もしかしなくてもそれって魔女っこのことだよね?
そういえば魔女っこは魔王軍に追われていた。
森でミノタウロスを倒したら、魔女っこの手配書みたいのを持っていたからね。
そうしたらなぜか炎龍様が直々に森にやって来たんだよ。
炎龍様も私を燃やしたときに、魔女っこを探しているようなことを話していた。
なぜ魔王軍が魔女っこを探していたのか気になっていたけど、それは魔女の里からお願いされていたからだったんだ。
ということは、本当に魔女っこを探していたのは魔女というわけだね。
「同盟相手である魔女の里のため、これからも捜索は続けていくつもりだ」
「そのことなのですが、魔王軍より提供された目撃地点の情報のおかげで、捜索中の魔女の居場所が判明いたしました。本日わたくしがこの場に参上したのも、そのことをご報告するためでございます」
「ほう、見つかったのか。ということは、すでに魔女の里に?」
「いいえ、それが母……魔女王様があとは勝手にやるからとりあえず魔王軍に報告してきなさいと言うものでして…………」
「ということは、逃走中の魔女を見つけたのは魔女王というわけか。あやつの放浪癖もたまには役に立つのだな」
魔王軍と魔女の里が同盟関係。それに魔女王っていったい誰のことだろう。
いや、いまはそんなことより、魔女っこのことだよ!
これって、魔女っこの居場所がこの白髪の魔女にバレてるってこと?
で、でも、その手配されている人物が、私の知っている魔女っこと決まったわけじゃないよね。人違いという可能性もあるし。
「それで、其方と同じ白髪である幼き魔女は、どこに隠れていたんだ?」
「ガルデーニア王国の塔の街というところです」
あ、それ、魔女っこだわ。
居場所まで同じなら間違いないようー!
「塔の街というと、ドリュアデスの森の近くだったな」
炎龍様が私のほうをチラ見してきました。
どうやら炎龍様は、私がドリュアデスの森に生えていたことも覚えていたみたい。なんだか関係があるのではと疑われているような気がするよう。
「それで、その魔女を見つけたらどうするのだ?」
「もちろん、魔女の里に連れていきます」
これ、マズいんじゃないかな。
魔女っこが誘拐されようとしているってことだよね。
せっかく魔女っこと一緒になれたというのに、これ以上離れ離れになるのはイヤ。
魔女っこの身が危ない!
私、魔王城でメイドなんてしている場合じゃないよね。
早くドリュアデスの森に戻らないと。
でも、いったいどうすれば。
植木鉢生活になったから、誰かに運んでもらえれば森まで帰れる。
でも、魔王城で私の言うことを聞いてくれる人なんていないんだよね。
自力で脱出するには、やっぱりあの植物を捕食するしかない。
植物園に行くことができれば、もしかしたら見つけることができるかもしれないのに。
それにドリュアデスの森での厄介事は、魔女っこが誘拐されそうになっていることだけじゃないの。
あの森は、四天王である姉ドライアドにも狙われている。
その四天王のドライアドは先日までは魔王城にいたけど、いまもこの城にいるとは限らないよね。私の知らないうちにドリュアデスの森に移動して、森を支配してしまったとしてもおかしくはないよ。
四天王のドライアドによって帰るべき森がなくなっているなんて状況にはなりたくないって!
気がつくと、白髪の魔女は部屋から退出していました。
代わりに、テディおじさまが炎龍様になにか耳打ちをし始めます。
なんだか私のことを話しているような気がするね。女の勘だよ。
「アルラウネ、其方に客だ」
え、私にお客様!?
魔王城で私を訪ねてくるような相手はいないはずなんだけどね。
バロメッツさんは動けないし、ほかに思いつく人がいないよ。
「どちら、さま、ですか?」
「堕落の精霊姫からだ。其方に会いたいらしい」
私のお客様は、まさかの四天王のドライアドでした。
ちょうどいま、そのドライアドのことを考えていたところだったのに、タイミングが良すぎるよ。
いったい何の用なんだろう。
あまり良い予感はしないね。
どうやら私は、懸念していた相手から直々に呼び出しを受けてしまったみたいです。
魔王軍が魔女っこを探していた理由が判明しました。同時に、魔女っこの正体が塔の街の誰かにバレていたようですね。
次回、精霊姫の甘い誘惑です。