122 炎龍様による若アルラウネ光源氏計画
私、炎龍様の朝食用デザート兼観葉植物のアルラウネ。
受粉したことによって、久しぶりに新芽の幼女の姿に戻りました。
その幼い私を、炎龍様は自分好みのアルラウネにお育てなさると宣言されたの。
暴れたりしないで従順に蜜を差し出す観葉植物に私をしようとしているわけ。
源氏物語で若紫を育てた光源氏を思い出します。
このまま成長したら若紫が紫の上になるように、私も炎龍様のデザートにふさわしいアルラウネになってしまうのかな。
とはいえ、見た目は子どもでも中身は大人です。
いまさら炎龍様の色に染まることはないんだけど、このままだとフリだけでも炎龍様好みのアルラウネにならないといけなくなるかもしれないね。
そんな私は幼女サイズとなったことで、小さい鉢植えに植え替えられました。
炎龍様の部屋の隅っこに置かれているの。
育てるといっても、炎龍様はお忙しいみたいで普段は部屋にはいません。
そのせいもあって、ここは暇すぎです。
植物園にいるバロメッツさんが恋しい。
一人でボーっとするのは退屈すぎるよ!
炎龍様は外出してしまっています。
この場にいるのは、部屋掃除をしているテディおじさまだけ。
箒や雑巾を持ちながらせっせと仕事をしているね。
というわけで、私のおしゃべり相手になってもらいましょうか。
「おじさま、ここは、どこですか?」
いまさらだけど、この部屋がなんなのかまだ聞いていないんだよね。
「グリュー様の寝室ですが」
やっぱりそうかー。
奥の部屋にベッドが置いてあるからそうじゃないかと思ったんだよね。
まさかドラゴンとはいえ、殿方の寝室で暮らすはめになるなんて私想像もできなかったよ。元聖女的にも驚きです。
「わたくし、どうなる、のですか?」
「この部屋の観葉植物として大人しく元気に育ってくれればどうにもしません。あとはご朝食用のデザートのために、蜜を出してくださればよろしいかと」
予想通り、私に望まれたのは朝食のデザート兼観葉植物でした。
光源氏計画といっても、どうこうされるわけではないみたい。
基本的に放置されて、観葉植物のように育てられるだけ。
ちょっと身構えて損しちゃったかも。
安心したところで、喉が渇いてきちゃった。
お水がほしいの。
「おじさま、水が、欲しいのです」
「あとにしてください。わたくしは掃除で忙しいのです」
「でも、土が、乾いて、いるから、水が、ほしくて」
「これが終わったら水やりをしましょう。それまで待っていてください」
「で、でもー」
「蜜が認められただけのアルラウネが、執事であるわたくしに指図しないでほしいですね」
私のお願いは無残にも跳ね除けられました。
なんだか蜜が認められただけの女だと言われたようで心外だよ。
私、他にも得意なことはたくさんあるんだからね!
それに新芽のアルラウネになったせいで、私は成長期なの。
だから水がたくさん必要です。
しかも植物園のときと違って鉢植え生活だから、すぐに水やりが必要になる。
土がカラカラなんだよー!
水やり後回しにしないでよね。
植木鉢に移された植物の気持ちも知らないで…………そうだ、良いこと思いついたよ。
「ねえ、おじさま、ゲームを、しませんか?」
「げえむですか?」
「ちょっと、した、お遊び、ですよ」
ルールはこうです。
私がおじさまの掃除の手を止めることができたら、私の勝ち。おじさまは私に水をあげる。
逆に掃除を止められなかったらおじさまの勝ち。私は文句を言わない。
条件として私はここから一歩も動かないことも加えて、テディおじさまに提案してみました。
「動かないというよりは動けないが正しいですが、良いでしょう。さきほどからうるさくてたまらなかったので、今後も黙ってくれるのなら受けて立ちます。その代わり追加の条件ですが、動かないというなら蔓を伸ばすことも認めません」
「ええー」
「同時に、葉や種、花粉を飛ばすことも禁じます。部屋が余計に散らかってしまいますからね。あなたは観葉植物ですが同時に女性でもあるので、炎龍様にふさわしいレディーとして振る舞ってもらわないと困ります」
ふん、まあそれで良いよ。
私がただの植物娘ではないということを見せつけてやるんだから!
ごきげんよう、テディおじさま。
淑女として振る舞いながら、おじさまが仕事をやめたくなるよう虜にしてみせますわ。
蔓も花粉もテッポウウリマシンガンも禁止されました。
でも、わたくしにはまだ奥の手があるの。
もしかしてテディおじさまは、植物が水を放出できることは知らなかったみたいですわね。
お勉強不足ではなくて。
わたくし、芸達者ですの。
植物生成で、シャボン玉の木を作り出します。
水分不足だけど、水やりをしてもらうために残る全ての水分を使わせていただきますの。
無駄を省くためにも、全方位に攻撃する蒸散ではなく、シャボン玉でおじさまを狙い撃ちさせていただきます。
シャボン玉の弾丸である液体にはあの植物を採用しちゃうよ。どちらも植物園で取り込んだばかりの植物だね。
というわけで、バブル攻撃を発射です。
たくさんの赤い泡がおじさまへと向かいます。
「これは水を飛ばしているのですかね……驚きました、まさかアルラウネがそんなことができるとは」
テディおじさまの手が止まりました。
箒を持ったまま、私のシャボン玉を見据えます。
「だが、無駄です」
テディおじさまの箒をさばきによって、次々とシャボン玉が撃ち落とされます。
まるで剣の達人みたい。
「部屋が水浸しになるのは勘弁してほし………め、目がぁああ!!」
おじさまが床に転がりました。
どうやら弾けたシャボン玉から、水分が目に入ったみたい。
どうですか、テディおじさま。
実はそのシャボン玉には、トウガラシの汁を使用させていただいておりましたの。刺激的なトウガラシエキスのお味はいかがでしょうか。
まさかシャボン玉にトウガラシが混じっているとは思いもしなかったみたい。
可愛そうだけど、おじさまが油断したのが悪いよね。
掃除は中断されたのだし、私の勝ちです。
もう蜜だけが取り柄のアルラウネとは言わせないよ!
というわけで、早く私にお水をちょうだい。
のたうちまわるテディおじさまに「お水、はやく、ちょうだい」とおねだりしていると、扉のほうから「驚いた」と声が聞こえてきました。
振り返ると、炎龍様が部屋に入ってくるところでした。
「まさか有害な水を泡にして飛ばすことができるとはな。そんな植物初めて見たぞ」
炎龍様の手には、バケツが握られていました。
それを見たテディおじさまが、苦しみながら声をあげます。
「グリュー様、水を……」
「勝負に負けたお前が悪い。この水は勝者に捧げるとしよう」
どうやら私とテディおじさまが勝負をするところ辺りから、話を聞いていたみたいだね。
「小さいのに其方はなかなか強いようだな。褒美の水を進呈しよう」
え、炎龍様が直々に私に水をくださるのですか!?
ど、どうしましょう、なんだか嬉しいの。
私を燃やすことばかり考えていた炎龍様にいきなり優しくされると、変な気持ちになっちゃうよ。
「ただのアルラウネではないとは思っていたが、ここまでとはな……」
ゆっくりと私に近づいてくる炎龍様は、鉢植えに土に水を撒いてくださいました。
あぁ、生き返るよー。
お水おいしい。
「残りの水は自由に使うが良い」
炎龍様がテディおじさまへバケツを放り投げました。
困っている部下に救いの水をあげたみたい。
やっぱり炎龍様は、部下想いのドラゴンだね。
「それにしても、本当に其方はただの植物モンスターなのか? 泡を飛ばす植物など見たことがないが」
「ただの、お花、です」
本当は元人間の聖女なんですけどね。
このことを話したら余計に燃やされそうだから、絶対に秘密だけど。
「其方の母を見たときから思っていたが、どうやらただのアルラウネではないらしい」
そう言いながら、炎龍様はどこからかスプーンを取り出しました。
スプーンを私の顔の前に差し向けます。
もしかして、これで蜜を採取しようとしているのかな?
パクリとスプーンを咥えて、蜜を乗せて皿の部分に乗せてあげます。
私からスプーンを引き抜いた炎龍様は、蜜付きのスプーンをご自分の口元へと運びました。
「やはり美味だ」
そう褒められると悪い気はしないね。
でも、スプーンで蜜を採られたのは初めてだったから、ちょっとドキドキしてしまったの。
「そうだ、良いことを思いついたぞ」
炎龍様がニヤニヤとしながら私を見降ろしているよ。
なんでだろう、私的にはまったく良い予感がない気がするね。
「他にも芸を隠しているだろう。このまま観葉植物として飾っておくだけではおしい」
炎龍様鋭いね。
畑も作れるし、種で狙撃もできるし、毒殺だってできます。
一人で移動できないという欠点を除けば、得意なことはたくさんあるつもりだよ。
「決めた。其方、我の側仕えになれ」
「え?」
「メイドになるのだ」
冗談かと思ったけど、炎龍様がテディおじさまに私を運ぶよう指示を出し始めたから、どうやら本気みたい。
「その力、我のために使ってもらおう」
炎龍様が私の頭をポンポンと軽く叩きました。
どうしましょう、まさかの事態だよ。
これは喜ぶべきなのかな。
私、観葉植物からメイドに出世しました。
「森の主」「ドリュアデスの森の用心棒」に続いて新しい職を得ました。ちなみに給料は水です。
次回、魔王城のメイドアルラウネです。