120 シンデレラ身バレの危機
私、植物モンスター娘のシンデレラ。
森の舞踏会で出会った王子様に同じ蜜の味がする花を探された結果、魔王城へと連れてこられてしまったの。
どうやら私はガラスの靴ではなく、蜜の味でシンデレラのように見つけられてしまったようです。
王子様こと炎龍様は、確信を持った表情で私のことをあの時のアルラウネだろうと宣言しました。
蜜の味から足がついてしまったの。
ガラスの靴のサイズがピッタリと合うように、まったく同じ味の蜜を出すアルラウネがいれば、疑われるのもわかるよね。
これが童話だったら、王子様とシンデレラは結ばれてハッピーエンド。
灰かぶりの姫は、晴れて妃になるよね。
でも、これは童話ではない。
私は部下の眼帯ミノタウロスの仇として、炎龍様に再び火刑に処されてしまうの。
結婚どころか、身の終わりです。
だからここで「わたくしがあの時のシンデレラです」と白状してはいけません。
前世で嗜んだ悪役令嬢もののヒロインのように、私はバッドエンドを迎えてしまうのだから。
生き残るために、私は無関係のアルラウネだということをなんとしてでも証明してみせないと!
「何の、話だか、まったく、わかりません」
「ほう、白を切るつもりだな」
「そのアルラウネは、わたくしの、姉妹では、ないでしょうか」
炎龍様がピクリと反応しました。
効果ありかも!
「わたくしは、生まれたときから、あの森に、いました。炎龍様が、会ったという、アルラウネは、他の森では、ないでしょうか?」
私、植物モンスターなの。
根っこがあるから、歩けません。
ドリュアデスの森と炎龍様と出会った森は、かなり距離がある。
アルラウネは移動できないのだから、他の姉妹アルラウネだったと思うほうが自然だよね。
「其方、なぜ我が炎龍だと知っておるのだ?」
「…………え?」
「我は人の姿をしている。ドラゴンだと一言も話した覚えはない」
そういえば、人型だから炎龍だと思える要素はまったくないね。
赤色の髪とその角から、ドラゴンだと確定するほうが不自然かも。
「我を炎龍だと知っているということは、やはり其方と我が会うのは初めてではなく、二度目ということだな」
しまったぁあああああああああああ!!
つい、いつも心の中で呟いていた癖で炎龍様と呼んじゃったよぉおおおおお!!
追い打ちをかけるようにテディおじさまが話しに入ってきます。
「もちろん、わたくしも植物園の管理人も、グリュー様の正体を話してはおりません。名前ですら明かさないようにしておりました」
そういえばかたくなに「主君」だとか「主」って言っていたね。
植物園で炎龍様について詳しい話を一度も聞かなかったのは、情報統制がされていたからだったんだ。
え、これって、私、最初から疑われていたってことなのかな。もしかして私、罠にはまったのかも。
「アルラウネ」
と声をかけながら、炎龍様が長椅子から立ち上がりました。
「どうやってあの森から移動したのか、そもそもどうやって我の炎から逃れたのかは謎だが、また再会できて嬉しいぞ」
私は嬉しくないよ!
だって魔女裁判で有罪判決を受けてしまったようなものだからね。
「其方は本当に良い匂いがする。この数か月、ずっと待ち望んでいた香りだ」
炎龍様は私の花びらを触りながら、思い出すように語ります。
「あの時と同じように、瞳から蜜が零れているな。其方の見た目は我の好みだが、味はさらに好物となることだろう」
炎龍様ぁ。
ご慈悲を、わたくしめにご慈悲をくださいませ。
ついでに右手で私を摘まみながら、左手に炎を出すのはやめてください。
今度は逃がさないと言いたげですが、逃げたくても逃げられないから安心して欲しいの。
だって私、植物だから……。
「そう脅えなくともよい。すぐに楽になるであろう」
それって、痛みも感じないくらい一瞬で燃やしてやるってことだよね?
燃やされるのはイヤなのにい!
震える私の頭を、炎龍様がポンポンと撫でました。
そうして頬を流れる蜜を、指ですくいとります。
「忘れもしない、あの時の蜜の味。やはり美味である」
炎龍様が私の蜜を口に含むと、満足したように呟きました。
「ミノタウロスを食べた其方も、今の我と同じように食の喜びを感じていたのであろう。違うか?」
別にミノさんを捕食したのは、栄養補充のために仕方なくしたことなの。
それに私、ミノさんよりもクマパパのほうが好きなんだよね。
それ以外は、むしろ生きるための食事としか思えていないのです。
「いいえ、わたくし、熊肉が一番、好きですし……」
「ほほう……」
うわっ。
いま、炎龍様の表情が一瞬変な感じになったよ。
もしかして、さっきの私の言葉がなにか気に障ってしまったのかな?
クマパパよりもミノさんのほうが大好きって言うのが正解だったりはしないよね。
「さて、あの時の続きを始めようではないか」
それって、私の処刑のお時間ということですか……?
ここで炎龍様と一戦交えるという手段もあります。
でも、この場所は魔王城。
敵の本拠地で、しかも私には足がないからその後も移動することができない。
反抗したら最後、私は終わりだよ。
まあこのまま黙っていても、燃やされる運命なんだけどね。
私がどうにかこの危機的状況から逃れる術はないかと考えていると、救いのノックの音がしました。
テディおじさまが扉の外へと向かいます。
そうしてすぐに、部屋の中へと戻ってきました。
「グリュー様、宰相閣下がお呼びのようです」
「姉上か。どうせ溜まった仕事を押し付けにやって来たのであろう」
炎龍様は私の側から離れると、扉のほうへと歩いていきました。
「続きは戻ってからだ」
そう言い残して、炎龍様はテディおじさまと共に部屋から出ていきました。
部屋の中には、ポツンと私だけが取り残されています。
──ど、どうしましょう。
炎龍様が戻ってきたら、私は燃やされるかもしれないよね。
なんとかして逃げたいけど、この重い植木鉢ごと私が移動する手段は皆無なの。
──うん。
逃げるのは諦めましょう。現実的ではないよ。
となると、戦うしかないのかな。
できれば、あの時のアルラウネではないと思い直してくれればいいんだけど。
私が身体を乗り換えて、アルラウネとして生まれ変わっていることは気がついていなかった。
炎龍様が知っているアルラウネは燃えているのは事実だし…………あ、そうだ!
前回、結果的に私は死んだふりをして炎龍様の炎から逃れることができたの。
じゃあ今度も、同じように死んだふりをすれば良いんだ。
いくらなんでも、アルラウネが身体を乗り換えて転生できるだなんて、思いもしないよね。
炎龍様の部下の仇のアルラウネではなく、そのアルラウネの種から生まれた子供アルラウネだったら、きっとあの炎龍様は燃やそうとはしてこないと思うの。
なら、アレをやるしかない。
すでに一度経験済みなのだから、もう気にしている場合ではないよ。
覚悟を決めましょう。
私、二度目の受粉をします。
シンデレラ身バレしました。
次回、魔王城で受粉しますです。