119 はじめての魔王城
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
植物園から魔王城のとある部屋に連れてこられたら、昼間に出会った赤髪の男が中で待っていたの。
バロメッツさんが格好良いと賞賛していたから、顔はよく覚えています。
見た目は人間と変わらないけど、二本の角が生えているからきっと魔族のはず。
そもそも魔王城に人間が住んでいるとは思えないからね。
部屋は人間サイズ基準で考えれば、かなり大きいです。
なにせ私は球根も含めると身長3メートルくらいあって、植木鉢に植えられている今はそれよりもさらに高い。
だというのに天井に頭が届かないということは、この部屋は魔族基準で造られた部屋みたい。
片角のミノタウロスも身長が4、5メートルくらいあるのに、そこまで窮屈そうにしていないしね。
部屋内部の装飾品も凄いです。
この部屋に住んでいる人物が、かなりの地位にいることがうかがえるよ。
いったいあの赤髪の男は何者なのか。
でも、実はちょっと嫌な予感しているんだよね……。
赤髪の男は部屋の端の長椅子に腰かけていました。
近くまでテディおじさまが近づくと、その場でうやうやしく一礼します。
「グリュー様、例のアルラウネをお持ち致しました」
も、もしかしてその『グリュー様』って、『グリューシュヴァンツ様』から来てる……?
あぁあああああああああああ!!
やっぱりこの人、炎龍様ことグリューシュヴァンツ様だぁあああああああ!!
なになに、炎龍様人間バージョンってやつですか。
人型になれるの、炎龍様?
そんなドラゴン聞いたこともないよ!
まぁ、あの怪獣みたいな大きさのままだと生活はし辛いよね。
重すぎてこの魔王城もすぐに壊れるだろうし。
だから人型になれるのならそっちで生活したほうが良いのは理解できるけど、まさかあの恐ろしいドラゴンの姿の炎龍様が人間みたいな格好になっていると違和感しかないのです。
その炎龍様は「ご苦労」とテディおじさまとミノタウロスに労いの言葉をかけました。
そして私と炎龍様の視線が合います。
──こ、怖っ!
どどどどどどうしましょう。
私、炎龍様に命が狙われているの。
もし私があの森のアルラウネだとバレたらどうなるのでしょうか。
部下の眼帯ミノタウロスの仇として、また燃やされてしまうかもしれないよ。
私は一度、炎龍様の青い炎で燃やされているから死んだと思われているはず。
とはいえ見た目が完全に同じだから、あのアルラウネだとバレているかも。
私、植物なのに汗かいちゃいそう。
ビビリすぎて葉っぱ裏にある気孔から無意識にちょっとだけ蒸散してしまいましたわ。蒸散が汗の代わりですの。
炎龍様は「アルラウネをここに」と、長椅子の近くへ置くようにミノタウロスに指示します。
ミノタウロスに植木鉢ごと床に置かれた私は、炎龍様と向き合うような状況になりました。怖すぎて目が泳いじゃうようよう!
私がヒヤヒヤとしているのと、炎龍様が片角のミノタウロスに声をかけます。
「ディップコプフ、手間をかけさせたな」
あれ、その名前は聞き覚えがあるね。
たしか私が森で食べた眼帯ミノタウロスの名前がそんなだったような……。
「ミノタウロス族の長の名前を引き継いでから数カ月が経つな。どうだ、一族を率いていく立場になったが、やっていけそうか?」
「グリュー様には先代の仇を、御自らの手で下してくださいました。ご期待にそった活躍を必ずやしてみせます」
「期待しているぞ」
「ハハッ!!」
最後に一礼をして、片角ミノタウロスは部屋から出ていきました。
炎龍様は私に語り掛けるようにゆっくりとしゃべり始めます。
「あの者の前任者は春先に殉職してな。それであの者があとを引き継いで名前も襲名したのだ」
え、これ、私に話しかけているの?
なんだか返事を待っていますというようにこっちを凝視しているよ。
黙ったままだと怒られそうだし、お応えしましょうか……。
「そう、なん、ですか」
「先代は眼帯かけているミノタウロスでな」
「へ、へえー」
「名前をディップコプフといった。その名に、聞き覚えはないか?」
「……ない、です」
ど、どうしましょう。
炎龍様、私からまったく目を離さないのですが。
これ、もしかしなくても、疑われているよね?
私、また炎龍様に燃やされるのは嫌なんですけどぉおおおお!!
「先代を亡き者にしたのはとある森の植物モンスターだった。奇遇にも、其方と同じアルラウネなのだ」
「奇遇、ですね……」
「其方は生後3か月らしいな。そのアルラウネと我が出会ったのも、ちょうどそのくらいだったのだ」
「奇遇、ですね……」
「そのアルラウネはあまつさえ、ディップコプフを食ってしまった。だから我が部下の仇を討つためにアルラウネを魔法の炎で燃やしたはずなのだが……」
一拍置いてから、炎龍様が私に尋ねてきます。
「其方、ミノタウロスを食ったことはあるか?」
ひぃいいいい!
私、尋問されてるよぉおおおおおお!
「ない、です……」
「なら良いのだが、不思議なことに、そのアルラウネと其方は瓜二つなのだ」
「そんな、偶然、あるん、ですね……」
「だが、偶然はそれだけではない。我はそのアルラウネの蜜を一口舐めたのだ」
えぇ、覚えていますよ。
だって炎龍様に燃やされたくなかったから、蜜を舐めてもらって命乞いをしようとしたからね。そのまま朝食用のデザート兼愛玩用の観葉植物に内定がもらえそうだったのに、部下の牛さんをパクリとしてしまった嘘がバレてしまって燃やされてしまったの。
「その蜜の味が忘れられなくてな。だが、アルラウネが燃えて灰になったところも確認してある。だからもう二度とあの美味な蜜の味を楽しめないと、我は少し後悔したのだ」
それって、私の前の身体がきちんと燃えているか、見に来ていたってことだよね。
危なかった……その時、新芽として生えてきた幼女姿の私と炎龍様が鉢合わせしなくて本当に良かったよ。
「魔王国の領内には、あのアルラウネの蜜と同じものは見つからなかった。ゆえに、大陸中から珍しい植物を集め、その中の花から蜜を採取することにしたのだ」
それで執事のテディおじさまが植物を集めていたんだ。
炎龍様のための植物だったから、魔王軍の植物園ではなく私有の植物園だったんだね。
「そうして植物園から採取された蜜を食べて、我は驚いた。あのアルラウネの蜜と、まったく同じ味がする蜜があったからだ」
私は炎龍様に探されていたってことだよね。
正確に言うと、私と同じ蜜が出せる花を御所望だったんだろうけど。
「あの時と同じ蜜を出す花が、アルラウネで、しかも見た目も同じだと知ったとき、我は驚きを隠せなかった」
なんだろうね。
これに似たようなお話を、前世の女子高生時代に聞いたことがある気がするの。
主人公であるシンデレラがカボチャの馬車に乗ってお城の舞踏会で王子様と出会う物語。
零時の鐘が鳴って、魔法が解けると焦ったシンデレラは、階段に靴を落としてしまいます。王子様はその靴を頼りに、シンデレラを探すんだよね。
おとぎ話と違ってガラスの靴ではなく、蜜の味を頼りに植物を捜索した結果、私は魔王城へと連れてこられてしまった。
なにこれ、私、シンデレラみたいになっているじゃん!
「隠しても無駄だ。其方は、あの時のアルラウネであろう?」
どうしましましょう。
シンデレラ、身バレしそうです。
炎龍様人間バージョンは人間の成人男性よりも少し背が高いくらいなので、アルラウネである主人公のほうが大きかったりします。なので炎龍様を上から見下ろしていることになりますね。
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次回、シンデレラ身バレの危機です。