118 植物園の中心で別れを叫ぶ
蜜採取の翌日。
植物園に、初めて見る魔族が現れました。
どうやら植物園の観察に来たみたい。
その人物は、順番に植物園の通路を歩きまわって、私たちの元へと辿り着きました。
赤髪の人間のような外見の魔族です。
二本の角が生えているのが特徴的だね。
赤髪の男は、バロメッツさんを見たあとに私へと視線を移します。
そうして私を見ながら呟きました。
「精霊姫から聞いた。其方は生まれてからまだ3ヶ月くらいしか経っていないらしいな」
精霊姫って、あの闇落ちドライアドのことだよね。
もしかして私の身体を触診しただけで、何才だかわかったってこと?
まさかそんな特技を持っていたなんて、さすがは精霊様だね。
でも、そのことをなんでこの人が知っているんだろう。いきなり私に告げてくるのも不思議だよ。
「うむ、やはり良い香りがするな……」
そう言うと、赤髪の男は通路の奥へと進んでいきました。
なんだかよくわからない人だったね。
通路から誰もいなくなると、バロメッツさんは驚くように私に尋ねてきました。
「え……アルラウネさん、まだ0才だったんですの!?」
「そう、だよ」
アルラウネになってからは1年以上経っているけど、この身体になってからはまだ3ヵ月くらいだからね。肉体年齢的には0才で間違いはないの。
「そんなに若かったなんて…………まだ赤ちゃんと同じではないですか」
バロメッツさんが綿手で私の頭をよしよしと撫でてきます。
「あたくし、母性本能とやらに目覚めそうですわ」
──まただよう。
魔女っこといい、バロメッツさんといい、なぜみんなお姉さんムーブをしてくるのかな。本当は私、別に赤ちゃんという年じゃないのに。
「それにしてもアルラウネさん見ましたか、今の殿方。とても素敵な顔をされていましたわ~」
たしかにかなり整った顔をしていたね。
キリッとした表情で芯が強そうな人だったけど、美形といっても良いような感じでした。
「もしも帝国の宮殿にあの殿方がいたら、間違いなくお嬢様方が騒がしくなること間違いなしですの」
どうやらバロメッツさんは、宮殿のお嬢様に影響されていたみたいだね。イケメンには目がないみたい。
でも、気持ちはわかります。
もし私がアルラウネでなく聖女だったら、少しはときめいていたかもしれないよ。
けれど植物になってしまったせいか、昔ほどそういうのに対して興味はなくなったんだよね。人間どころか動物でもないからね、私。植物細胞の塊なの。
だから見ている分には目の保養になるけど、どうこうしたいとは思わないのです。
「それに前から気になっていたのですが、アルラウネさんってとても良い香りがしますわよね。思わず殿方が振り返ってしまいましたし」
「そん、なに?」
「ええ、それに振り返るのは殿方だけではありませんの。あたくしもつい、心惹かれてしまうような、とても良い香りがしますわ。甘そうでおいしそうともいいますが……」
うぅ、バロメッツさんの視線が痛いよお。
なんだか蜜をおねだりされている気がします。
でも、大切な友達であるバロメッツさんに私の蜜の味を知られたくはないの。蜜狂いになったら目も当てられないからね。
私が蔓でバッテンを作って蜜を死守していると、管理人のヒュドラさんがやって来ました。
背後にはテディおじさまもいます。
バロメッツさんから蜜を採られるのは防げたけど、代わりにまたテディおじさまから蜜が採られるかもしれないよ。
そう思って身構えたところで、管理人さんが驚くようなことを告げてきました。
「アルラウネは移動だ」
────え、私が移動?
もしかして私、なにかやらかしちゃったのかな…………。
「どこに、ですか?」
「我らの主君のところだ。あとのことは全てこの執事に任されているから、大人しく従うんだぞ」
管理人さんとテディおじさまの主君ってことは、この植物園の持ち主のことだよね。
なんで私だけ、その主君のところに移送されないといけなんだろう。
私が納得できないと抗議していると、通路の奥から片角のミノタウロスが歩いてきました。
巨大な植木鉢と、大きなスコップを持っています。
どうやら私は、本当に移動させられてしまうみたい。
「アルラウネさん……」
バロメッツさんが心配そうに私を見つめてきます。
いまにも泣きそう顔をしているよ。
「心配、しないで」
蔓を伸ばして、バロメッツさんの綿手を握ります。
私の根っこがミノタウロスに掘られている間、二人はずっと目を合わせたままでいました。
植物園に植えられている植物は、ただ運命に従うしかないということはわかっているみたい。
私がミノタウロスによって植木鉢の中に植え替えられると、バロメッツさんは涙を流しながら私に声をかけてくれます。
「まさかこんなに早くお別れがやってくるなんて、思いもしませんでしたわ」
本当だね。
密かには植物園から脱出する機会をうかがってはいたんだけど、まさか魔族側の都合で移動させられるとは思いもしなかったよ。
「あたくし、アルラウネさんと、もっと一緒にいたかったですの」
「私も、だよ」
「また、会えますわよね?」
「大丈夫、きっと、また、会えるよ」
ミノタウロスが私の鉢植えを持ち上げました。
私の蔓が、バロメッツさんから離れます。
「お別れは言いませんからね」
「……うん、わかった。また、ね」
「ずっとここで、アルラウネさんの帰りを待っていますわ」
私たちが植えられていた通路を出るまで、私はバロメッツさんを見続けていました。
バロメッツさんが見えなくなると、ほどなくして植物園の出口にたどり着きます。
せっかくできた同じ植物モンスターの友達だったのに、お別れになるのは寂しい。
でも、きっとまた会えるよね。
この植物園に戻って来られるかはわからないけど、私はバロメッツさんのことは忘れないよ。森を見せてあげるって約束もしたしね。
そうして私は、十数日ぶりに植物園の外に出ました。
久しぶりの外気に身体が晒されると、私は後ろを振り返ります。
そこにあった植物園の看板に、私は目を見開きました。
『グリューシュヴァンツ植物園』
それがこの十数日の間、私が過ごしていた植物園の名前だったのです。
しかも、その名前はよく知っているよ。
予想通り、この植物園の持ち主は炎龍様だったみたい。
私を運んでいるミノタウロスとテディおじさまは、巨大な城のほうへと歩いていきます。
先日、炎龍様が中に入っていったと思われる城だね。
気になった私は、テディおじさまに質問してみることにします。
「どこへ、向かって、るの?」
「魔王城ですよ。そこがあなたの新しい住処になります」
──そんなあ。
やっぱりあの城、魔王城だったんだ。
だけど住処ということは、このまま処分されるわけではないみたいだね。それだけでもわかって安心だよ。
そのまま私は、魔王城の中へと運ばれていきました。
聖女時代の私が所属していた勇者パーティーの、最終目的地へと辿り着いてしまったのです。
驚くことに、城の内部はとても広くて豪華なの。
魔族は基本的に人間よりも体が大きいから、通路も部屋も大きめの魔族サイズで造られているみたい。
さすが大陸の人間たちと敵対している魔王が住む城なだけあって、立派の一言だね。
ガルデーニア王国の城よりもこちらの方が上だと認めざるを得ないよ。
ここまで技術力があったなんてと、ビックリです。
どうやら魔族というのは、思っていたよりも知的な種族なのもかもしれないね。
階段や通路で様々な魔族とすれ違います。
みんな、なにやら忙しそう。それぞれ分担されている仕事をしている雰囲気です。
やはり魔族は人間同様、文明をもって組織的に動いているんだね。
これまでは魔族は野蛮な存在だと教えられてきたけど、どうやら誤りだったみたい。
それからやけに広い階段を上り続けました。
いったいここは何階なのかわからなくなるほどの上層階へと辿り着きます。
そして、大きくて頑丈そうな扉の前で、テディおじさまとミノタウロスは足を止めました。
この魔王城で見たどの部屋の入口よりも豪盛な扉です。
テディおじさまが一言告げると、中から声がしました。
この声、聞き覚えがある気がするね。しかもかなり最近だよ。
扉が開かれます。
部屋の内部が見えたとき、私は声の主が誰だったかを悟りました。
その部屋には昼間の植物園に現れた、あの赤髪の男がいたのです。
ついに魔王城へと辿り着きました。それなのに元聖女の主人公は未だに一歩も歩いていないというのはなんだか不思議ですね。
次回、はじめての魔王城です。