117 蜜を徴集されたアルラウネは憧れの森を語る
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
植物園から炎龍様を見た翌日、いつもの日常とは違うイベントが起きました。
管理人さんであるヒュドラさんと一緒に、シルクハットを被ったクマのぬいぐるみが歩いて来たの。
あのクマはテディおじさま!
私をこの植物園に連れてきた自称執事です。
テディおじさまは植物園内にある花の前に立ち止まると、花を触りながらそこでなにかをしていました。
あら、ちょっとテディおじさま。
その行動はおかしいのではなくて?
ここにおじさまが誘拐してきたアルラウネがいるのですよ。
それなのに私に目もくれずに、他の花とイチャイチャしているなんてダメだと思うの。
別におじさまとイチャイチャしたいというわけじゃないのだけど、ちょっとムスっとしてしまったのです。
そんなおじさまは、順番に花たちと逢瀬を重ねていき、ついに私の前までたどり着きました。
「アルラウネは相変わらず元気そうに花を咲かせているようですね」
あぁ、これ、耳に来るよー!
可愛らしいテディベアから、渋いダンディーなおじさまの声が聞こえるのはなんだか視覚的にも聴覚的にもやられてしまいそうになるね。
って、そんなこと思っている場合じゃないって。
いままで気になっていたことを質問するチャンスだよ!
「なんで、私を、ここに、連れて、きたの?」
「それがわたくしの仕事の一つだからですよ。主の植物園のために、珍しい植物や花を集めていただけです」
やっぱりテディおじさまは、自分のご主人様のために動いていたんだ。
問題はその主が誰なのかということと、なぜ植物を集めていたかということだよね。
「無駄話はよして仕事にかかりましょう。では、さっそく出してもらいましょうか」
「……なにを?」
「蜜ですよ。アルラウネとはいえ花なのですし、蜜くらい出せるでしょう?」
え、私の蜜が欲しいの?
よくよく観察してみると、テディおじさまはたくさんの蜜が入った入れ物を持っていました。
どうやら花とイチャイチャしたいたのではなく、花の蜜を採取して回っていたみたいだね。
「なんで、蜜を?」
「植物園にいるアルラウネがそれを知る必要はありません。いいから蜜を出しなさい。でなければ、無理やり蜜を出させますよ?」
テディおじさまの手が、私に近づいてきます、
無理やり蜜をかきだされるのは嫌なので、私は言う通り蜜を提出することにしました。
口からだらりと蜜を垂らします。
小瓶に私の蜜を貯め込んだテディおじさまは満足したのか、次の花の元へと移っていきました。
いったいなんだったんだろう。
よくわからないね。
ちなみに、バロメッツさんは蜜採取からはスルーされていました。
綿は出せるけど、蜜は出せないだろうから仕方ないよね。
その代わりに、よくこの植物園を手伝いに来る片角のミノタウロスが、バロメッツさんの金の綿を採取していきました。
家族ではない人物へ、こうやって自分の身体の一部を直接献上する。
私はもう人間ではなく、植物になって他者に飼われているのだと実感してしまうよ。
牧場にいる牛が牛乳を搾られるのは、もしかしてこういった気持ちになるのかな。
というか牛って胸を搾られるんだよね。恥ずかしすぎるよ、それ。
口から蜜をだしている私が言えたことじゃないけどさ。
もしも牛みたいに蜜を出せと言われた日には、私はもうお嫁に行ける自信がなくなってしまうの。
でも、大丈夫。
私、一人で子ども産めますから!
小アルラウネをたくさん繁殖させて大家族を作ってやる。
そうやって私が密かな決意をしていると、バロメッツさんが首をかしげながら質問してきます。
「アルラウネさん、ずいぶんと蜜を出すのに慣れている様子でしたけど、森では蜜をよく出していたんですの?」
「森には、蜜が好きな、人間やモンスターが、たくさん、いるの」
毎日、魔女っこや女騎士であるハチさんたちに蜜をあげていたからね。
蜜を渡すことによって、私は守られる。
か弱いお花である私は、蜜を提供することによってたくさんの生き物と共生してきたというわけだね。
「森は危険、だけど、仲間を作れば、生きやすく、なるよ」
「そうなのですか……やはり森は良いですわね…………」
バロメッツさんが、遠くを眺めるように空を見上げます。
なんだか哀愁を漂わせるような雰囲気だね。
そのせいか、私はつい尋ねてしまいました。
「森が、気になるの?」
「……ええ、森はあたくしの憧れの場所なのですわ」
バロメッツさんはゆっくりと目を閉じたあと、私に視線を合わせてきました。
「あたくし、実はアルラウネさんが羨ましかったのですわ」
「私、を?」
「生まれたときから帝国の宮殿にいたので、あたくしは植物モンスターなのに森を知らないのですわ」
そういえばバロメッツさんは生まれたときから帝国の宮殿に生えていたって話していたね。
「木や花などの植物は、森が故郷だと教えてくれたお方がおりましたの。だからあたくしも、母なる森に帰りたいのです…………」
切なそうなバロメッツさんの表情に、私は心が綿で締め付けられるような気持ちになります。
──そうだったんだね。
植物モンスターなのにずっと人間の世界で暮らしていたから、未だに森を知らないんだ。
宮殿は私たちにとってはアウェイな場所。
バロメッツさんは絶えず人目に晒されて、羊毛をむしり取られて辱めを受けていたと言っていたよね。
それはやっぱり可哀そう。
半獣人半植物のバロメッツさんにとっても、森は理想の環境であり、憧れの場所だったんだ。
森にアルラウネとして生まれていた私は、もしかしたら幸せだったのかもしれないね。
人間に襲われたけど、それだけ。
私は見世物小屋のように人間に管理されるようなことはなかった。
森でのサバイバル生活はきつかったけど、人間が暮らす場所で過ごすよりは、森で生きた方が自由があって良かったと今なら思えるね。
なので、私は同類である友人に勇気を振り絞って声をかけます。
「もし、自由に、なったら、私が、森に、連れて、行って、あげる」
「……本当ですの?」
「森は、私の、家。だから、生活の、心配は、ない」
「森に住むのは夢でしたの。なんだか、とても楽しみですわ」
バロメッツさんの綿手と私の蔓が繋がります。
そうした結ばれた蔓と綿手をぶんぶんと振りまわすのが、私たちの決まった仕草のようになっていました。
私と同じように苦労していそうなバロメッツさんの手助けをしてあげたい。
そうしてできれば、お互いに静かに光合成をしながら過ごせたらいいな。
植物園ではなく、自由な森の中で。
「きっと、いつか、私が、バロメッツさんに、森を見せて、あげるよ」
「それはとっても、嬉しいですわ」
でも、それが叶わないことは理解しているの。
植物園に植えられている私たちには、不可能なことだから。
それはバロメッツさんも同じだったみたい。
けれども、二人はニコニコと笑い合い続けました。
夢を見ている間だけは、現実を忘れられる。
この瞬間が、ずっと続けばいいね。
でも、現実は非情です。
なぜなら、別れというものは唐突に訪れるのだから。
バロメッツは一日一回、金の綿を採取されるのが日課になっています。なのでアルラウネの蜜を採取されたことについては、同じように毎日収穫されようになるのかなと思っていました。
次回、植物園の中心で別れを叫ぶです。