日誌 魔女っこ、はじめてのアルラウネ捜索活動 後編
引き続き、魔女っこ視点です。
わたし、魔女のルーフェ。
妖精のキーリと一緒に、攫われたアルラウネを助けに旅に出ました。
アルラウネにはキーリの探知魔法がかけられている。
だからわたしはキーリからアルラウネがいるだいたいの方角を教えてもらって、空を飛び続けました。
わたしならきっと、アルラウネを取り戻すことができる。
そう思って出発したけど、どうやらわたしは思っていたよりも計画性がなかったみたい。
なぜなら、わたしは五つのことを失念していたの。
一つ目は、森から逃げるときにわたしはお金を落としてしまっていて、無一文になっていたこと。
二つ目は食べ物がなかったせいで、すぐに空腹で力がでなくなったこと。
三つ目は、アルラウネがいる場所は凄く遠かったみたいで、いくら飛んでもなかなか到着しなかったこと。
四つ目は、夏のせいか嵐がやって来たことによって大雨が降り続いて、体はビショビショになったうえになかなか前に進めなかったこと。
五つ目は、それらのせいで、わたしは熱を出して体調を崩してしまったことです。
森を出てから数日。
体調不良と空腹のなか、わたしは気力を振り絞って空を飛んでいました。
この時点で、わたしはアルラウネがいないとただの無力な子供だと実感してしまったの。
なぜなら、アルラウネがいなければわたしは食べ物を獲ることがまったくできなかったからです。
モンスターに襲われて、逃げるのがせいいっぱいでした。
わたしの限界が近づいていたことで、背中に乗っているキーリが心配そうに声をかけてきます。
「もう何日もなにも食べてないのに、無理して空を飛び続けたのはやっぱり無謀だよ。熱だってあるんだし、ちょっと休もう」
「ダメ……きっと今頃、アルラウネは寂しがっているはずだよ。早く迎えにいかないと…………」
そこでわたしの意識は途切れてしまいます。
鳥の姿のまま、空からどこかの森へと落下したことだけは理解することができました。
次に目を開けた時、わたしは上半身裸の犬耳の人間に助けてもらっていました。
鳥の姿のままのわたしを介抱してくれているその人間が、覗き込むように独り言をつぶやきます。
「良かった目を覚ましたか、いきなりオレに落ちてくるものだから心配したぞ」
どうやらこの犬耳人間に落ちたおかげで、わたしは助かっていたみたい。
少し身体に痛みがあるけど、犬耳人間が傷薬を塗ってくれました。
普通の人間と違って耳が犬なだけあって、どうやらそこまで悪い人ではないのかもしれないね。
「こんな耳をしているが、怖い狼みたいに小鳥を食べたりはしないから安心してくれ」
鳥の変身魔法も解けていないし、わたしが魔女だとはまだバレていないみたい。
キーリの姿はないけど、あの妖精のことだからたぶんこの辺にいるだろうね。
「それにしてもお前さんから人の匂いがするな。人に飼われた鳥が迷子になって、行き倒れたというところか」
人の匂い?
鳥に変身していれば絶対に魔女だとバレないと思っていたけど、まさか匂いから人間の痕跡を辿られるとは思わなかった。
「オレは普通の人間よりも嗅覚が異常に良い。だからそういうこともわかるんだ。さて、鳥だって水くらい飲むだろう。そこの川で水を汲んでやるか」
犬耳人間が立ち上がって、すぐそこにある川へと歩いていきました。
この人間の近くにいるのは危ない気がする。
魔女だと気づかれる前に、早くこの場から逃げないと!
そう思ったとき、犬耳人間がなんで上半身裸だったのかを理解しました。
どうやら水浴びをしていたときに、わたしを見つけたみたい。
そのせいで、犬耳人間の荷物がすぐそこの地面に置いたままになっているよ。
このままだと、わたしは飢えて死んでしまう。
空腹に悩まされないで旅を続けるには、町に立ち寄って食べ物を購入し続けるしかない。
このままアルラウネを見つけられないで餓死するくらいなら、なんでもしてやるとわたしは決意しました。
わたしは人間の荷物から、お金が入っている小袋を取り出します。
その袋を咥えたまま、空に飛び上がりました。
背後から犬耳人間の「ドロボー」という声が聞こえます。
でも、その犬耳人間の大声のおかげか、森に入るとすぐにキーリと合流できました。
「ルーフェ、人間からお金を盗んだって、なんでそんなことしたの?」
「わたしはアルラウネのためなら何だってやるよ。それに人間、嫌いだし」
「まあ、お金が手に入ったことは幸運だったかもね。今にもルーフェ、また倒れそうだし、近くの町で休もう」
しぶるわたしを言いくるめたキーリは、近くの町まで向かうようわたしに指示をしました。
その人間の街で、わたしは宿を取ることになってしまったの。
そのまま高熱を出して、何日間も寝込んだままになってしまいました。
宿の人にお金を渡して、薬を買いに行ってもらえたのは良かったよ。
もしも犬耳人間からお金を奪い取っていなければ、今頃わたしはどこかの森に倒れたまま熱で死んでいたかもしれないね。
どうやらそれほど危険な状態だったみたい。
あの場で犬耳人間からお金を取れたのは、運命かもしれません。わたしにまだ生きろと、神さまが言っているんだ。
おかげで食べ物を買うことができた。熱で命を落としそうになっただけでなく、餓死することも避けられたの。
犬耳人間には悪いことをしたけど、わたしの命とアルラウネのためなの。
だから許してください。
それにアルラウネが見つかったら、いつかお金はきちんと返すから。
宿で休み始めたおかげで、やっと熱が下がり始めました。
でもその間に、キーリが少しおかしくなっていたの。
外から戻ってくるたびに、花を摘んで帰るようになりました。
そのまま部屋に飾るのかと思ったら、なぜか口を大きく開けて花をかぶりつきだします。
きゅるきゅると花の蜜を吸い出す小さな妖精。
なんだか蝶みたい。
「これじゃない……これじゃないんだけど、吸わずにはいられないよう」
花の蜜を吸うだなんて、もう行動が完全に虫だね。
まあキーリだから仕方ないか。
そんなわたしは、キーリが持ってきた花を見るたびに、アルラウネを思い出してしまうの。
そのせいか、なぜか指が震えてきます。
最後にアルラウネの蜜を舐めたのはいつだったかなあ。
しょうがないので、わたしは宿屋のおばちゃんに頼んで買ってきてもらった、蜂蜜を舐めることにします。
──ペロリ。
「甘いけど、なんか違う…………」
やっぱりアルラウネの蜜と比べると物足りない。
なんだかぎゅっと胸が締め付けられるような気がします。
心にぽっかりと穴が空いてしまった気がしました。
アルラウネがいないと、わたしの生活から色がなくなってしまったように虚しい気持ちになってしまうの。
こうなったらまた動けるよう体調を治して、早くアルラウネを探しに行かないと。
すでに、森を出てから十日以上が経過しているからね。
いまごろアルラウネは寂しく泣いていて、蕾を閉じながら震えているかもしれないよ。
そう思っていると、キーリが突然「なにこれ!?」と大声を出しました。
「ウソ、この反応どうなってんのこれ……!?」
「キーリ、どうしたの?」
「アルラウネさまにかけていた探知魔法の反応が分裂したの!」
「……つまり?」
「身体が二つに分かれたとしか考えられないよ!」
え、それって、アルラウネに何かあったってこと?
まさか体が引きちぎられてしまったとか?
そんなの、イヤだよぅ……。
反応が二つに割れたということは、きっと体が真っ二つに切られてしまったんだ。
こんなことって、ないよ。
あんまりだよ…………。
わたしの大切なアルラウネ。
どうか無事でいて。
というわけで、今回は魔女っこ視点でした。
アルラウネへは近づきつつありますが、まだ距離があります。魔女っこの捜索活動はまだまだ続くようです。
次回、蜜を徴集されたアルラウネは憧れの森を語るです。