日誌 魔女っこ、はじめてのアルラウネ捜索活動 前編
魔女っこ視点です。
わたしの名前はルーフェ。
植物モンスターのアルラウネを育てている魔女です。
家族同然のアルラウネと一緒に暮らし始めてずいぶんと経ちました。
出来の悪い妹を持ったみたいで色々と手間がかかるお花だけど、シテンノウっていう強い魔族を倒すことができるくらい頼りにもなる凄いお花なの。
でもね、わたしがいないとアルラウネはなにもできない。
だって植物だからね。
だからわたしが川まで水をくみに行って、毎日何度も水やりしているの。偉いでしょ。
そんなわたしは、今日もアルラウネの蜜を街で売り歩いています。
「蜜売りのお嬢さん。よければ残っている聖蜜を全部購入したいのだが」
いつもの街の広場で蜜売りをしていたら、知らないおじさんが話しかけてきました。
この人もわたしの蜜のことを『聖蜜』と呼んでいる。いつの間にかその名前で街に噂が広がってしまったみたい。
「私は領主様の館で料理長をしているのだが、うちの若い料理人がお嬢さんの聖蜜をたいそう気に入ってね。それで今度料理に使おうと思っているんだよ」
「わかった、全部売ります」
わたしがそう応えた瞬間、おじさんの背後に見慣れた妖精が飛んでいるのを目にしてしまいます。
──え、なんでキーリが街にいるの?
「ん? どうかしたのかい?」
「いいえ、なんでもないです。ご購入、ありがとうございます」
料理長のおじさんがトコトコと歩きだしました。
入れ替わるように、キーリが待っていましたというようにわたし声をかけてきます。
「聞いてよルーフェ、大変なんだって!」
「わざわざキーリが街にやって来るなんて、きっとただ事じゃないよね?」
「そうなの、アルラウネさまが誘拐されちゃったんだよ!」
わたしのアルラウネが誘拐……?
「キーリ、こうしちゃいられないよ。早く助けに行かないと」
「それでアルラウネはどこに連れて行かれたの?」と言葉を続けた途端、今度は他の見知らぬおじさんから「お嬢さん」と声をかけられました。
とっさに、キーリがわたしのフードの中に隠れます。
同時に、わたしの前に小柄な男の人が現れました。
どうやらおじさんではなく、おじいさんだったみたい。だってわたしと同じで髪の毛が白いもん。
しかもわたしより少し高いくらいの背しかない。たぶんこの人はドワーフという種族なんだろうね。初めて見た。
妖精であるキーリを見られていなければいいんだけど。
「今この辺に、小さな人間が飛んでいなかったかい?」
「……なにそれ?」
「妖精じゃよ。街に森の妖精が飛んでいるなんて、珍しいことなんじゃがな…………それよりお前さん、もしかしてそのフードの中身は、白色の髪だったりしないかい?」
──ドキリと心臓が跳ね上がりました。
小さな人間が飛んでいなかったかと聞かれたときよりも、何倍も動揺してしまったの。
「…………わたし、火事で頭を火傷してしまっているの。だから白色だとしても、髪の毛があればいくらでも欲しいです」
「そうだったのかい、それは悪いことを訊いてしまったね」
ドワーフのおじいさんは、そのままどこかへ去ってしまいました。
ふうー、ビックリしたよー。
わたしの白髪を奇異の目で見てくる人は大勢いた。
魔女だとバレてしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤだったよ。
フードの中に隠れたままのキーリが、こっそりと話しかけてきます。
「ルーフェ凄いじゃん。よくもあんな嘘を思いついたねー」
「死んだお母さんが、髪を隠すときはこう言えって教えてくれたの」
「そうなんだ……いいお母さんだったんだね」
「うん…………だからこそ、もう大事な存在を失いたくない。キーリ、アルラウネを探しに行くよ」
「もちろんさ!」
わたしは急いでキーリと森に戻ります。
それで森を出ることを、東の森のドライアドへ報告しに行くことになりました。
アルラウネが攫われたことをドライアドに話すと、誘拐犯はドラゴンに乗って森から飛び立ったと教えてくれたの。どうやらドライアドが一部始終を見ていたらしい。
のぞき見できるなら、助けてくれたっていいじゃない。
自由に動けないらしいし、森の主といってもドライアドはあまり使えないね。
でも、おかげで犯人がわかりました。
どうやらアルラウネを運んで行ったのは魔族だったらしいの。
まだこの森を襲おうとしている魔王軍がいたんだね。
ということはと、わたしはドライアドに質問してみます。
「アルラウネがいなくなったってことは、森が襲われるんじゃないのかな。大丈夫?」
「安心してくださいませ。いま西の森に姉はおりません」
「そうなの?」
「留守中はいつも妖精のオーインに森の管理を任せていたようですからね。そのオーイン亡きいま、なにかを仕掛けるとしても、もう少し猶予があるでしょう」
「西の森のドライアドが今どこにいるか、わかるの?」
「はい、姉はおそらく、魔王軍の城にいるのでしょう。個人的な城が西の森なら、魔王軍での住処はそこになっているようですし」
「ドライアドって移動できないんじゃなかったっけ?」
「姉は研究が好きですからね。どうやら自分を実験対象にして、色々と行ったようです。そのせいで移動手段を得たのでしょう」
それよりもと、ドライアドは真剣な表情のまま、わたしにお願いしてきました。
「オーインが死んだことに姉が気づいたら、きっと報復も兼ねて東の森を襲撃してくるでしょう。それまでにアルラウネを連れ戻してくれると助かります」
「わかった」
どうやら西の森のドライアドがこの森に戻ってくる前に、なんとかしてアルラウネを連れて帰らないといけないみたい。
森の用心棒をしているから仕方ないよね。
わたしの病気を治すために、用心棒になってくれたアルラウネのことを責めることはできないよ。
もうすぐ日が落ちてくる頃合いだったので、そのままは聖域で一晩明かすことになったの。
そして翌日、わたしとキーリは森を出発しました。
ドライアドの聖域から出ると、なにか足取りが得られないかと、もう一度アルラウネがいた場所に戻ることにします。
すると、なぜかそこに見覚えのある蜜の常連客のお姉さんがいました。
隣には、こないだ蜜を売るのを手伝ってくれたおじさんまでいたの。
「ルーフェちゃん、なんでここに?」
驚くお姉さんを、おじさんが制止します。
「妖せ……いや、ただのお嬢さんだったな。アルラウネがどこへ行ったか知っているか?」
どうやら二人はわたしのアルラウネを探しているみたい。
もしかしたら、アルラウネを襲う冒険者の仲間なのかな。
「アルラウネを探して、どうするの?」
「話がしたいんだ。俺たちはアルラウネの敵じゃない、むしろ味方になれると思っている。協力したいんだ」
なんだか悪い冒険者ではないみたい。
でも、甘い言葉でわたしを釣って、その後に捕まえて拷問をしてきた人間もいた。
そう簡単には人間を信じてはいけないよね。
「アルラウネはここにはいない。わたしが探すから、もう放っておいて」
そう言って、わたしは森の奥へと走っていきました。
後を追ってくる足音が聞こえるのがわかると、物陰で鳥に変身します。
キーリを体の上に乗せて、空へと飛んでいきました。
ここまで来れば、人間は追ってはこられないよね。
「それでキーリ、アルラウネがどこに連れて行かれたのかわかるの?」
「もちろんだよ。こんなこともあろうかと、アルラウネさまに精霊魔法でおまじないをかけておいたからね」
「冒険者が来た時に、キーリがアルラウネにかけたっていうやつ?」
「それそれ。アルラウネさまの体内にあたしの魔力を潜ませて探知魔法をかけておいたの。それがある限り、あたしの精霊魔法でアルラウネさまがいまどこにいるか探知できるってわけ」
「なんでそんな魔法を?」
「危ない人間の冒険者がたくさん森にやってきていたからね。仮にわたしの留守中にアルラウネさまの身体が引き裂かれたりすると魔力が反応するから、そしたらすぐに助けに行こうと思っていたわけよ」
「キーリ、たまには良いことするね。居場所がわかるなら、早く飛んで行って助けてあげないと!」
きっと今ごろ、どうしていいかわからなくて泣いているかもしれないよ。
一人ぼっちは寂しいもんね。
待っていてねアルラウネ。
今すぐにわたしが助けてあげるから。
今回は魔女っこ視点のお話です。
アルラウネが誘拐された直後からの、魔女っこたちの行動を目にすることができます。
次回、魔女っこ、はじめてのアルラウネ捜索活動 後編です。