115 あのお方の名は
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
どうやらここは、魔王軍のとあるお方の私有の植物園らしいとわかったところなの。
植物園の持ち主である『あのお方』が誰だかは教えてくれなかったけど、もしかして私の知り合いではと予想ができてしまったよ。
まさかとは思うんだけど、他に知っている魔王軍もいないしね。
その後、「また来るよ」と言い残して、四天王のドライアドであるフェアギスマインニヒトは帰っていきました。
そして次の日。
私はいつものように、お友達のバロメッツさんと遊んでいたの。
「バロメッツさん、これ、知ってる?」
「初めて見ましたわ。赤くて細長い果実に見えますが」
「なら、食べて、みて」
「ええ、いただきますわ」
バロメッツさんは私の蔓に生っている赤い果実を綿手で採取して、パクリと一口で食べてしまいました。
すると、火を噴き出すかのような勢いで叫び始めます。
「これ、辛いですわーーーーーー!」
涙目になりながら舌を出して叫ぶバロメッツさん。
わかるよ、トウガラシは辛いよね。
実は日課である怪盗稼業で、植物園内にあるトウガラシを捕食することができたの。
トウガラシは私と同じナス科の植物。
色も赤色で私の花冠と同じだから、ちょっと親近感湧いちゃうね。
「く、口が辛くて、焼けるように熱いのですわ!」
「はい、お水、あげる」
私はこのいたずらのために、あらかじめ用意しておいた水をバロメッツさんに渡しました。
蔓に生成させていたカンガルーポケットの貯水嚢の水を、バロメッツさんにごくごくと飲ませてあげましょうね。
そうなの、これも園内で捕食した新しい植物です!
このカンガルーポケットは、なんと葉っぱに水を貯めることができる植物なんだよね。
貯水嚢といって、ふっくらと膨らんだ葉の内部に水を貯めることができるのがこのカンガルーポケットの特徴なの。
貯水嚢がカンガルーの袋に似ているから「カンガルーポケット」と名付けられたらしいね。
そんなカンガルーポケットを私は植物園内で食べたので、さっそく蔓に貯水嚢生成してみました。
それで唐辛子をバロメッツさんに食べさせるときの飲み水として活用してみたというわけです。
この貯水嚢があれば、私は雨季に水を体に貯めることができる。
つまりは日照り対策となるわけ!
こないだ戦った水魔法を使う冒険者。
ええと、名前はたしかドリンクバーさんだっけ。
ああいう水魔法使いと戦うときに、かなり効率よく使える気がするよ。
せっかくなので、貯め込んでいたカンガルーポケットの貯水嚢を全部使って、バロメッツさんと水遊びをしちゃいます。
キャッキャウフフと水かけごっこ。
お互い植物モンスターなので、水分は大好物なの。
お水おいしい!
そんなことをしていると、昨日に引き続いて四天王が襲来してきました。
闇堕ちドライアドのフェアギスマインニヒトさんです。
「また来たよ」
相変わらず陸ガメに乗りながら移動しているみたい。
連日植物園に来るなんて暇なのかな、この精霊姫様は。
「バロメッツ、いつものお願いしてもいいかい?」
「もちろんですわ、フェアギスマインニヒト様!」
どうやらバロメッツさんに用があったみたいだね。
ドライアドは青い蔦を使って、バロメッツさんの身体を触診していきます。
茎、綿の実、植物と人間の身体の接合部分、コート状の綿の内部、顔、髪、角、というように全てをくまなく触っている。
「やはりバロメッツは植物と動物の部分が完璧に混ざっているね。どうなっているのか解剖したいくらいだよ」
「解剖は、よしてほしいですわ」
ドライアドがその言葉を話したとき、バロメッツさんがなぜか私のほうを見ました。
すぐに申し訳なさそうに視線を下げてしまいます。
なんだろう、体を触られるのが恥ずかしいのかな。
「じゃあ次はアルラウネのお姫様を調べさせてもらおうかねえ」
いいえ、私は遠慮させていただきますわ。
触診とか大丈夫ですから。
────あ、だめ、蔦が身体を這う感触がしてきたよ。
「立派な球根じゃないかい。それに綺麗な赤い花びら。アタシの妖精は性格少し悪いんだけどね、あいつが美しいあんたの姿を見たら、きっと枯らそうと除草液を撒きだしただろうねえ」
それわかります。
だって私、その毒の妖精に枯らされかけたことがあるからね。身をもって体験済みだよ。
でも、いまはそんなことより────
くっ、くすぐったいよう!
宿敵に全身を触診されるなんて、屈辱なのー!
しかもなぜか胸の辺りを蔦で触り始め出したんだけど!
「植物のくせに人間の真似をして、蔓で胸を隠しているなんて可愛らしいねえ。これ、どこで覚えたんだい?」
「……自分で、考え、ました」
「そうかい。それじゃちょっとその蔓の下も見せてもらおうか」
や、やめてー!
胸の蔓を取られちゃうと私、本当に裸になっちゃうんだからー!
私の必死の抵抗のおかげか、ドライアドは私の蔓ブラを無理やり剥がそうとはしてきませんでした。どうやら無理強いはするつもりはなかったみたい。
なんだろう、悪い精霊だと思っていたけど、植物と愉快に戯れるだなんてなんだかイメージと少し違ったよ。
毒の妖精オーインの所業や、青い花で操っていた黄金鳥人のことを考えると、極悪人な印象だったんだけど、ちょっと意外です。
もしかして植物相手だと同族だと思って優しくしてくれているのかな。
「ねえアルラウネのお姫様。アタシのところに来ないかい? お姫様の意思でここを出ることを決めてくれれば、四天王の権限でアタシがここから出してやることができるかもしれないんだけどねえ」
「もし、そうなったら、私は、どうなるの?」
「アタシの研究室で交配実験ができるのさ。おめでとう、これでお姫様も女になれるよ」
やっぱり実験されるんじゃんんんんん!
無理やり交配されるのなんて絶対にイヤなの。
そんな物のように扱われるなんて…………まあ植物ではあるんだけどさあ。
蔓でバッテンを作って四天王に抵抗の姿勢を見せていると、助け船が流れてきました。
水やりをしていた管理人さんのヒュドラが口を挟んでくれたの。
「うちのアルラウネをスカウトされるのは困るんだが」
「冗談に決まっているじゃないか。あのお方の持ち物に傷をつけるような真似はしないさあ」
四天王のドライアドは「気が変わったらいつでもアタシを呼びな」と去り際に言いながら、植物園から出ていきました。
うぅ、あのドライアドに会うと、いつも主導権を握られちゃうよ。
このままじゃ倒す機会がなかなか巡って来ないね。
とんでもなく恐ろしい精霊だよ。
主に、私の貞操の危機的な意味で。
ここが魔王軍直轄の植物園だったら、いまごろ私はあのマッドサイエンティストのモルモットにされていたはず。
知らない雄花の子種を身に宿していたかもしれない。
そうならなかったのも、全てはこの植物園の持ち主である『あのお方』のおかげだよ。本当に感謝だね。
四天王ですら手が出せないだなんて、そうとう凄いお方なのでしょう。
そして私は、魔王軍でとんでもなく強いお方を一人知っているの。
ま、まさかねえ。
そんなわけ、ないよね…………。
そんなことを思っていると突然、空気が変化しました。
植物園内の気温が急上昇した気がするの。
すでに季節は夏だったけど、まるでいきなり猛暑が訪れたみたいだよ
魔王城付近のこの一帯を日照りが襲ったようにも思える。
──ん、日照り?
ま、まさか…………。
ふと上を向くと、透明な屋根を通して、空に巨大な塊が浮遊しているのが見えました。
二つの大きな翼をもつ、山のように大きいドラゴン。
全身がマグマのように燃えていて、灼熱に包まれた光る尻尾が輝いている。
神々しくも恐ろしいドラゴンさんです。
あの姿、忘れもしないよ。
間違いない。
数か月ぶりに目にする炎龍様です。
炎龍様は空から城の前に着地しました。
──ズドンッ!
という衝撃が、根を通して土から伝わってきます。
次の瞬間、炎龍様の姿が消えました。
もしかしたら魔王城へと入っていったのかもしれない。
だけど炎龍様の身体は巨大すぎるから、魔王城に入ると城が壊れる気がするんだけど、いったいどうやったんだろう。
でも、いまはそんなことを気にしている場合じゃないのです。
だって、私はこの世で一番再会してはいけないお方を目にしてしまったのだから。
なぜなら私は、炎龍様に命を狙われているからです。
以前、実際に燃やされたからね。
なんとか受粉して幼女アルラウネとなって身体を乗り換えることができたから、いま私はこうして生きているわけ。
万が一私がまだ生きていると知られたら、すぐに燃やされてしまう運命だろうね。
もしもこの植物園の持ち主である『あのお方』が、私の想像通りの相手だったらどうしましょう。
できれば見つかる前に逃げたいのだけど、逃げられない。
だって私、植物だからぁ…………。
トウガラシ(唐辛子):ナス科の一年草。スコヴィル値という唐辛子の辛さを測る単位があったりします。
カンガルーポケット:ガガイモ科のつる性の着生植物。カンガルーというだけあってオーストラリアに分布されていますが、他に東南アジアにも分布されています。
次回、あの日見た龍の名前を私はすでに知っているです。