114 アルラウネ交配実験の危機
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
陸ガメに乗って現れた四天王のドライアドが、毒の妖精オーインを食べたかといきなり私に尋ねてきたの。
このドライアドの青色の蔦からは、四天王の黄金鳥人さんの口の中に生えていた勿忘草を連想してしまいます。
他者を操ることができるあの勿忘草は、青色の花でした。
全体的に青いこの姉ドライアドと、イメージはピッタリ合うね。
そんな青蔦の髪と瞳を持つドライアドが、私を疑うように目を向けてきます。
毒の妖精は食べてはいないけど、正直に知っていると答えるわけにもいかないよね。
「……誰の、ことで、すか?」
「ドリュアデスの森にいる小さな妖精のことさ。その大きな口でパクリと消化した記憶はないかい?」
「妖精は、食べたこと、ないです」
「あらそうかい。それならいいんだよ」
毒の妖精オーインは食べてはいない。それは嘘ではないの。
変な種を食べてトロールになったあと、蔓の炎で倒したからね。
だから捕食はしていない。
とはいえこれ以上追求されると、毒の妖精の失踪に私が関係しているとバレてしまうかもしれないから、危なかったよ。
「それで、あんたバロメッツの友達になったんだってねえ。アタシはフェアギスマインニヒト、こう見えてドライアドなのさ。似たような種族同士、仲良くしておくれ」
「よろしく、です」
「ユニークモンスターの珍しいアルラウネらしいねえ。植物なのに頭も良さそうだし、しかも喋れるだなんて間違いなく新種。興味深いねえ」
闇堕ちドライアドは、私を舐めるように観察してきました。
手を出す代わりに、ドライアドの髪である青い蔦が触手のように私へと伸びてきます。
蔦で私の顔を挟むと、ニヤリと面白そうに笑みを浮かべ、ゆっくりと私の目の前にある看板を読み出しました。
「奇遇だねえ。あたしもドリュアデスの森に縁があるんだよ」
「そうなん、ですか……」
「ねえ。あんた、人間から紅花姫と呼ばれていなかったかい?」
その名前は、一度聞き覚えがある。
たしか伍長さんが私のことをそう呼んでいたよ。
私は街ではネームドモンスターになっていたらしいから、もしかしたらその『紅花姫』というのが私の通り名になっていたのかもね。
「それとも人食いアルラウネと言ったほうが、わかりやすかったかい?」
間違いない。
このドライアドは、塔の街での私のことを知っているのだ。
そうでなければ、その二つの言葉は出てこないよ。
毒の妖精オーインを私が倒したことまで気がついているのかはわからないけど、つい最近の塔の街のことまで知っているだなんてビックリ。
毒の妖精がいないのに街の近況が闇落ちドライアドまで伝わっているということは、この四天王に情報を流している者が塔の街にいるのだ。
「アタシの妖精が森で行方不明になってねえ。その直後に、紅花姫とかいう人食いアルラウネが森に突然現れたらしいのさ。なんだかタイミングが良すぎだと思わないかい?」
「よく、わから、ないです」
「…………まあ、いくらなんでも戦闘で相性の良いアルラウネにやられるほど、オーインも落ちぶれてはいないか。きっとどこかで遊びほうけているんだろうねえ」
こ、怖いんですけどこの精霊姫―!
尋問されているようで、私ビクビクだよ。
この場で闇落ちドライアドを倒せば、ドリュアデスの森は平和になる。
けれども、私はいまこのドライアドから凄く警戒されているの。
しかもここは敵地でもあるし、もし私が攻撃して逃れられでもしたら、もう一巻の終わり。
動けない私に未来はない。
そう考えると、いまここで戦うべきじゃないよね。
もう少し油断させて、確実に倒せる機会を狙った方が良いかも。
「それにしてもあんた、本当に面白そうだ。ねえ、ちょっと交尾をしてみないかい?」
──うん?
いま、交尾しないかと言われなかった、私……?
え…………えぇええええええええ!?
いきなりなに言ってんの??
「モンスターといっても植物だから、交尾というよりは生殖活動だね。ちょっとあんたの身体を受粉させてくれるだけで良いのさあ。すぐに終わるよ」
なななな、なに言っちゃってるのこの精霊はぁああああ!!
他人からこうもストレートに、床のお誘いをされたことなんてないのですけど!
女子高生時代にも、聖女時代にも、もちろんないよ!
アルラウネ時代にもない。
けれどもアルラウネになってからは、無断で私を犯そうとしてきた虫や鳥、トカゲモンスターたちならたくさんいたけどね。
でもまさか、そんな初めての言葉をかけてきた相手が、女性で、ドライアドで、しかも四天王だなんて思いもしなかった。
「あぁ、勘違いしないでおくれ。アタシがアルラウネの受粉相手というわけじゃない。これはちょっとした研究さ」
「……研究?」
「アタシは研究には目がなくてねえ。このカメのモンスターもアタシが交配して創造した新種なのさ。だから新種のアルラウネをさらに進化させたいと、体が疼いているわけだよ」
ということは、私の交配実験がしたいということですか?
それで品種改良を行いたいと。
「何と掛け合わせばアルラウネがもっと進化するかねえ。まあアルラウネではなくなって植物の化け物になるかもしれないけど、それはそれで愉快だから問題はないよ」
問題しかないですぅううう!
やっぱりこの闇落ちドライアド、怖すぎなのですが!
そういえば妹である東の森のドライアドさまが、姉は実験が好きだと言っていた気がする。
毒の妖精オーインが食べてトロールになった『進化の種』も、こうやって研究の果てに生み出したものかもしれないよ。
でも、まさか私がその研究対象になる日がくるとは思いもしなかった。
どこかの研究室に隔離される自分の姿を想像してしまいます。
そこでどこの誰ともわからない雄花の花粉を、柱頭に注ぎ込まれてしまう。
雌しべである私は受粉し、お腹の子房が膨らんでいく。
そうして種となった私は、きっともう私ではなくなっているのだ。
アルラウネの新種として交配され、私の聖女の意識は消える。
残った私の身体は、意図しない相手に服従させられてしまうのでしょう。
うぅ、闇堕ちドライアドの実験のおもちゃにはなりたくないようぅうううう!
このドライアド、ヤバイよ。
というか、身の安全のために早く亡き者にしたい。
そ、そうだ!
危険を承知で、ここで闇落ちドライアドを襲えば、全て問題は片付くんじゃないのかな。
もうなりふり構わずに、相討ち覚悟でこのマッドサイエンティストを始末したほうが良い気がするよ。
実験のために受粉させられるくらいなら、そっちのほうがマシだって。
「だけど残念だねえ。この植物園が魔王軍直轄のものだったらアタシも手が出せたんだけど、私有の植物園だからお姫様を実験に使うこともできやしない」
──え、私有の植物園?
「ここ、魔王軍の、植物園、では、ないの?」
「この植物園は魔王軍のではなく、あのお方の私的な植物園なのさ」
「あのお方?」
ここが魔王軍直轄の植物園ではないことも驚いたけど、それ以上に気になってしまう。
だって、四天王が『あのお方』なんて言う人物は、そうはいないはずだよ。
でもね、そんな偉そうなお方を、私は一人だけ知っているの。
どうしましょう。
私、嫌な予感がしてきました。
もしかしたらここ、私の知り合いの植物園かもしれません。
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次回、あのお方の名はです。