113 四天王襲来パート2
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
魔王軍の植物園に来てから10日が過ぎて、ここでの生活にも慣れてきたところなの。
なんとか逃げ出す機会をうかがっているんだけど、そんなチャンスはあるわけないのです。
なにせ根っこが地面に埋まっていて、歩きたくても歩けないの。私、植物だから。
むしろ、なんだか逃げるという目的を忘れてしまいそうになってきました。
だってここでの生活、思っていた以上に快適なんだもの!
肥料も撒いてくれるし、ご飯としてお肉もくれる。
1日に3度の水やりだってあるし、日当たりも十分。
外敵は皆無。むしろ管理人さんが植物園の平和を守ってくれています。
ここ、植物的には極楽すぎるのですが……!
しかも植物モンスターのお友達までできてしまったの。
一日の流れはこうです。
朝起床して、水浴びタイムを終えると、運ばれてきた餌のお肉をもぐもぐするの。
食べて暇になったら、私が森でどんな生活をしていたかをバロメッツさんにお話します。
それが終わると、今度はバロメッツさんから帝国の宮殿での話を聞かせてもらう。
眠くなったら光合成をしながらお昼寝。
私を襲ってくるような森のモンスターも、人間の冒険者だって一人もいないから、安心して眠ることができるの。
誘拐されてしまったけど、アルラウネになってから一番快適な暮らしをしているよ。
私、光合成をしながら静かに植物ライフを送れてしまっているの。
天国すぎて、最高です!!
でもね、唯一の気がかりは魔女っこたちのこと。
魔女っこはきちんとご飯が食べられているだろうか。ちょっと心配。
妖精のキーリがいるから、いざとなればドライアド様に保護を受けられるよね。それなら少しは安心できるんだけど。
家族ともいえる仲間と離れ離れになってしまって、それだけは気がかりなの。
みんな、元気にしているかなあ。
私は意外なことに、凄く元気にしているよ。
だから心配しないでね。
でも、なんとかしてまたあの森に戻りたい。
ここは快適な生活だけど、ずっと魔女っこのことが頭から離れないの。
だから今できることやらないとね。
「バロメッツさん、お話の、代わりに、いつもの、良い?」
「もちろんですわ。アルラウネさんが園内の植物を食べていることを内緒にすればよろしいのですわよね。それくらい大切な友達のためならお安い御用ですわ」
「ありが、とう」
というわけで、私は怪盗稼業に移ります。
蔓を遠くへと伸ばすよ。
そうして引き抜いた植物は──やった、これは大当たり!
白くて細いもじゃもじゃがついている花が、蔓には握られていました。
これはカラスウリ。
ウリ科の植物で、夜間にだけ開く花で知られているの。
夜になれば、雪の結晶のような形の白くて綺麗な花が咲くというわけ。
これさえあれば、私は夜を克服することができるね!
──パクリ。
もぐもぐ。
ごちそうさまです。
これで私は夜の間も花を咲かせることができる。
これならもうテディおじさまの睡眠魔法で眠らされることはないよ!
私、テディおじさまを攻略しました!
この調子で他の植物も食べたいけど、そうはいかないの。
いつ管理人さんが戻ってくるかわからないから、食べた植物をすぐに元の場所に生やさなければいけない。
植物生成で夜しか咲かないカラスウリを無理やり開いて受粉させて、種を作ります。
光魔法を込めて栄養をたっぷり与えたら、それを元にあった場所に植えてあげる。種から芽吹いたカラスウリがぐんぐんと成長していって、はい、元通り。
これで証拠隠滅です!
こういった隠蔽活動をしなくてはならないから、一日で捕食できる植物は限られているの。
それにここでの生活は大食いができないから、大量の栄養を貯蓄することができない。
餌となる動物さんがいないからね。
だから一度に植物生成を使いすぎると、エネルギーが回復できなくなるおそれがあるの。
そう考えると、あまり無理するわけにもいかないんだよね。
それに管理人さんがいないときでも、植物を見に来る魔族がちらほらいる。
そのせいもあって、あまり怪盗稼業をする時間がないのです。
いまもほら、管理人さんと一緒に他の魔族が植物園に入って来たよ。
片角のミノタウロスが植物の鉢植えを持って通路を歩いてきます。
管理人さんとミノタウロスは、私の一本隣の通路にその植物を植え始めました。
作業をしながら、ミノタウロスが管理人さんに話しかけます。
「聞いたか? 四天王のガルダフレーズヴェルグ様が、行方不明になったらしいぞ」
「人間の勇者にやられてしまったのではないか?」
「あり得るな。四天王になってまだ4年しか経っていないというのに、もうやられてしまうなんて、やはりあいつは四天王で最弱の男だな」
「仕方ない。あいつが四天王になれたのは、光魔法が使えることが買われたことも含めて他にも理由があったからな」
管理人さんとミノタウロスは仕事を終えると、園内の管理人小屋でなにかを飲みながら雑談を始めました。
そうして夕方近くになると、二人して植物園を後にします。
園内に誰もいなくなったことがわかると、バロメッツさんがわざとらしくひそひそと話しかけてきました。
「魔族の方々は、あたくしたちをただの植物園の植物としか思っていないのですの。だからこうやって意外と情報が集まるのですわ」
そうなんだよね。
この植物園にいるだけで、色々と魔王軍の情報が入ってくるの。
植物園は人も少ないし隔離されている場所だから、内緒話をするにはうってつけというみたい。
おかげで私は、魔王軍の噂話に詳しくなってしまった。
いま流行りの話題は、四天王である黄金鳥人の失踪事件。
そしてその跡を継いで、同じ四天王である堕落の精霊姫がガルデーニア王国攻略の全権を委任されたということです。
そして、そんな噂の人物が、ついに私の元へとやって来てしまったの。
植物園の扉がバタンと開かれます。
ドシ、ドシ。
という四足歩行の重い足音が聞こえてきました。
どうやら歩く速さはあまり早いわけではないみたい。
ゆっくりと近づいてくる足音が、私がいる通路へと辿り着きました。
そしてその大きな姿を見て、バロメッツさんが嬉しそうに声をあげます。
「フェアギスマインニヒト様、お久しぶりですわ!」
その名前は、この10日間で完全に覚えていました。
なにせ、ドリュアデスの西の森を支配する、四天王の闇落ちドライアドの名前なのですから。
「久しいねえバロメッツ。そろそろ寂しがるころだろうと思って、わざわざ会いに来てやったよ」
「いいえ、今回は寂しくなかったのですの。聞いてくださいませ、あたくしお友達ができたのですわ」
「ほう、お友達ねえ」
そう言いながら、フェアギスマインニヒトと呼ばれた人物がこちらを見てきます。
「そこにいるのは…………アルラウネに見えるねえ」
驚くことに、通路からやって来たのは、大きな陸ガメのモンスターでした。
でもなにに驚いたって、その陸ガメの甲羅の上に、綺麗な女の人がいたからです。
陸ガメの甲羅は、小さな森になっていたの。
甲羅の森の中心には、丸太のような低い木が生えている。その木に、綺麗な女の人が寄りかかるように立っています。
髪は青くて長い蔦が連なっている。
東の森のドライアドさまと同じように、頭からは髪飾りのような枝が生えていました。
姉妹というだけあって、妹のドライアドさまとそっくり。
ひと目見て差異がわかるのは、私が知っているドライアドさまと違って髪が緑ではなく青色だということ。
それと、左目を青い葉の眼帯で隠していることだ。
「アホみたいに口を開けて、なんだいこのアルラウネは。アタシの姿がそんなにも珍しいのかねえ」
妖精キーリから、ドライアドのことは色々と教えてもらっていました。
なので、ドライアドの正体が古木であり、本体である木からは離れられないということも知っている。
樹木の精霊なのだから、歩けないはず。
遠くまでは移動できないのに、西の森のドライアドがどうやって魔王軍の四天王として行動しているのかと、ずっと気になっていたの。
でも、その理由がいまやっとわかったよ。
自分の本体である古木を、どうやってか陸ガメに移植したんだ。
それで陸ガメに歩かせて、自分も一緒に移動する。
つまり、ドライアドが陸ガメに寄生しているということになる。
まさかこんな移動方法があるなんて、思いもしなかったね。
というか私も同じようにすれば、移動できるじゃん!
ちょっとうらやましいのですが!
そんな私の視線に気がついたのか、宿主である精霊姫を運ぶ陸ガメが私たちの前まで歩いてきました。
そうして突然、思いがけないことを尋ねてきたのです。
「ねえ、あんた、オーインという妖精に心当たりはないかい?」
ドキリと動揺してしまいます。
私に心臓があったままだったら、間違いなく心拍数が上がっていたね。
その名前は忘れるわけないよ。
だって私を枯らそうとしてきた毒の妖精の名前なんだから。
まさか、私が毒の妖精と戦ったことを知っているのかな?
それだと、かなりマズイのですが。
蠱惑的な姉ドライアドの瞳が、私を刺すように見つめてきます。
そうして、私にとって嫌な質問を吐き出してきました。
「もしかして、その下の口でオーインを食べていたりしないよねえ?」
カラスウリ(烏瓜):ウリ科のつる性植物で、夜間にだけ花を咲かせます。
次回、アルラウネ交配実験の危機です。