旅記 一匹狼の魔法剣士は二人目の聖女に招かれる
四天王討伐パーティーのリーダーになった、魔法剣士視点です。
オレの名前はヴォルフガング。
元勇者パーティーの一人である魔法剣士だ。
この度、オレは魔王軍の四天王を討伐するためのパーティーのリーダーに選ばれた。
旅の準備をしながら数日が経った。
準備中は実家に泊まれるほうが金はかからなかったのだが、一応家を飛び出している身なので、オレは宿に泊まっている。
そしてついに明日が出発当日となったところで、呼び出しがかかったようだ。
宿の窓に、白い鳩が飛んできたのだ。
鳩の足に手紙が括りつけられている。
「これが逢引の誘いなら大喜びするんだがな」
鳩についていた手紙を呼んでいると、ドカドカと隣の部屋から誰かが飛び出る音が聞こえてくる。
「犬耳リーダー見て見て! 鳩が手紙持ってる!」
鳩を抱えながらオレの部屋に突入してきたのは、大賢者の孫娘だ。
自分のことを天才美少女剣士と言っているのだが、これでもオレのパーティーの仲間である。
隣の部屋に宿泊していたこの女剣士は、どうやらオレと同じ手紙をもらったらしい。
「黄翼の聖女からの呼び出し状だろう、オレにも来たぞ」
良い予感がまったくしない。
できれば行きたくないのだが、無視するわけにもいかないよな。
これ以上の厄介事はごめんだぞ。
聖女様と落ち合う約束の場所へと向かっていると、大賢者の孫娘が声をかけてきた。
「犬耳リーダー、変な顔してるけど、そんなに聖女さまに会うのが嫌なの?」
「バカ、外で犬耳のことは厳禁だと何度言ったらわかるんだ! それにこれは犬耳じゃなくて狼耳だ」
わざわざ呼び出してくるくらいなのだから嫌な予感がすると、正直に伝えるつもりはないので誤魔化して話すことにした。
「さっきの白い伝書鳩を見ただろう。それで嫌な記憶を思い出した」
「どんな記憶?」
「去年の夏ごろ、オレは白い鳥に有り金を全部盗まれたことがある」
「なにそれっ!」
と、大賢者の孫娘がふき出しながら笑い始める。
「笑いごとじゃない。弱っている鳥を助けたら、なぜか金がはいった袋を咥えてどこかへ飛んで行ったんだ」
鳥のせいでいきなり無一文になってしまった。
あれは悲しかった……。
そんなことを話しているうちに、黄翼の聖女との約束の場所にたどり着いた。
王宮の離れにある庭園の東屋。
それが待ち合わせ場所だった。
黄翼の聖女はすでに到着していたようで、オレたちを見ると東屋に座るように勧めてくる。
「ご足労感謝します。時間もないので、本題に入らせていただきますね」
「他の二人はどうした?」
オレたちのパーティーは5人メンバーのはずだが。
「それこそが今日お二人だけをお呼びした理由なのです。他の二人と違って、あなたがた二人は政治的な理由で選ばれていませんので、話しやすいのです」
「どういうことだ?」
「メンバーの一人である王国騎士長の息子は、第一王子の息がかかっています。もう一人の傭兵は、第二王子である勇者とその妻である聖女さまによって雇われた人間です」
「四天王の討伐をするというのに、王位争いのほうが大事とは愉快なもんだ」
第一王子と第二王子の王位争いは以前から噂になっていた。
だが、第二王子が勇者となり、国有数の貴族である公爵家の聖女が婚約者となったことで、第二王子が王位に就くことはほぼ決まったようなものになっていた。
しかし聖女が魔王軍に寝返ったうえに死亡したことにより、王位争いは白紙に戻ったのだ。
「勇者さまというよりは、その妃である聖女さまが王位争いにご執心らしいですが」
イリスの後輩だった聖女見習いのあいつは、大人しいフリをして野心家だったようだな。
「それで、二人に聞かれたくない内緒話というのはなんだ?」
「どうやらあたしたち討伐パーティーに、四天王の内通者がいるようでして」
「……それは本当か?」
「情報の出所は言えません。ですが、かなり確実な情報です。なので旅の間は残る二人の行動に注意して欲しいと思いまして」
「オレたちがその内通者だとは思わないのか?」
「ヴォルフガング様は何年も王都におりませんでした。だからこそ本来ならこのパーティーに招集されなかったはずなので、おそらく違うでしょう」
「こっちの大賢者の孫娘はどうだ?」
「あの大賢者オトフリートさまの孫娘であるので信用ができますし、田舎の村で暮らしていたため王都の政とも魔王軍とも関りがありません。ですので二人は内通者でないとあたしが判断しました」
となると、残る容疑者は二人。
だが、その前に確かめないといけない人物がいるな。
「黄翼の聖女様、あんたが内通者でないという証拠はあるのか?」
「残念ながら、身の潔白を示すようなものはなにも。味方であるということを信じてもらうことしかないでしょう」
「あんたのことは色々と調べさせてもらった。貧しいものに施しを与えているようなやつをオレは悪人だと思えない、だから安心しろ」
「ご存じでしたか」
「あんたが王都に貧困者向けの食堂を作って、貧しい人でも食べられるよう格安で食事を提供していることは知っている。同時に嗜好品として富裕層向けに食材も売っているんだってな。その利益が、食堂の維持費になっているんだろう?」
「おっしゃる通りです。知り合いの商人の方が協力してくださいまして、なんとか回っているというのが現状ですが」
「それでも偉いもんさ。もう一人の聖女様は王城で権力争いにご執心のようだし、民のことを考えてくれる聖女が一人でもいてくれてオレも嬉しい」
そうオレが褒めたところで、黄翼の聖女が突然「ウゥッ」と苦しそうに胸を抑え始めた。
いまにも倒れそうな勢いだ。
「大丈夫か!?」
「へ、平気です……。持病が悪化したようですね」
そう言いながら、黄翼の聖女は懐から黒色の水筒のようなものを取り出す。
震える手でその水筒の中身をごくりと飲んだ。
「ご心配おかけしました。あたしはこの薬がないと生きていけない病に侵されているのです」
「もしかしてそれは、例の戦いの後遺症で」
「はい。先の戦いでこのような身体となってしまいました」
黄翼の聖女は、とある街を守るために魔王軍の四天王を退けたことがある。
その時の行動が評価されて、正式に聖女となったのだ。
魔王軍との戦いで病を患った病弱の聖女。
現在のガルデーニア王国の二人目の聖女は、身を削って国のために働いている。
だというのに、もう一人の聖女は民のことは忘れて、王妃になろうと権力を貪っているだなんてな。
おかげで国の貴族たちは王位争いのせいで真っ二つに割れている。
その隙にと、悪徳貴族たちはより腐敗を続けてしまう。
もし三人目の聖女としてイリスがこの場にいてくれたら、なんと言ってくれただろうか。
イリスさえ無事に生きていてくれて、魔王軍に寝返るようなことをしなければ、この国はもっと良い方向に進んでいたかもしれない。
なぜ国を裏切ったのか。
もしイリスに会うことがあれば、まずはそのことを質問してみたいな。
それともう一つ。
国のことを一番に考えていたはずの聖女が、仲間と国を裏切った果てに命を散らすとき、イリスは寝返ったことを後悔していたのだろか。
最後は何を思いながらこの世を去ったのか、気になってしまう。
黄翼の聖女との密会を終えたオレは、一人で王都を歩いていた。
王都だというのに貧困者が大勢増えている。
これは魔王軍に街を追われた難民たちだろう。
黄翼の聖女曰く、すでに四天王は国内の西方の地図を完全に書き換えてしまっているらしい。
最初に四天王が暴れたという西の辺境の地では、塔の街くらいしかもう残っていないのだとか。
それほど国は疲弊しているというのに、四天王討伐にたった5人だけ向かわせてそれで終わりにしようとしているだなんて、どうかしている。
権力争いに必死の王都の連中、そして己の富にしか興味がない腐敗した貴族たち。
やはりこの国は、病み始めているのだ。
国を正常な形にするためには、一つにまとめなければならない。
本当なら聖女イリスと結婚した勇者が、その役を果たすはずだったのだが。
そんなことを考えていると、イリスの実家の邸宅から出てきた馬車がオレの前に突然止まった。
馬車の中から、淡い赤色の髪が現れる。
豪華そうな装飾品をまとった女性が顔を出し、オレを見下ろした。
どうやら昔の知り合いと遭遇してしまったらしい。
元勇者パーティーの一人であり、当時は聖女イリスの後輩の聖女見習いであった。
そして現在は勇者と結婚している人物。
たしか、いまはこう呼ばれているはずだ。
「灯火の聖女様ではないですか。お久しぶりです」
かつての仲間とはいえ、王家に嫁いだのだから立場は完全に相手のほうが上だ。
跪いたオレに対して、灯火の聖女は面白いものを見たというように声をかけてくる。
「聞きましたよ、ヴォルフガング。四天王討伐パーティーのリーダーになったんですって。王国のために頑張ってちょうだい」
それだけ言うと、灯火の聖女は馬車を進めるよう御者に声をかけた。
こいつと顔を合わせて会話する機会など、次はいつ訪れるかわからない。
馬車が動き出す前に、オレは気になっていたことを尋ねてみることにした。
「イリスは死ぬ間際、なんと言っていたんだ?」
「そうですね……」
考えるようにしながら、灯火の聖女は空を見上げた。
そうしてその時のことを思い出したのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ガルデーニア王国と民を呪う文言を述べながら、自爆していった気がします」
馬車が動き出した。
灯火の聖女は顔を室内に戻しながら、もう一言オレに教えてくれる。
「そういえばヴォルフガング様のことも、殺そうとしていたみたいですよ」
イリスがオレのことを殺そうとしていた。
その言葉には、かなりショックなものがあった。
国の宝とまで讃えられた聖女であるイリスが、なぜそこまで闇に堕ちてしまったのか。
想像をすることはできないが、もしかしたらイリスにはオレには見えていなかったこの国の何かが見えていたのかもしれないな。
そのことを知るためにも、まずは四天王討伐が最優先。
翌日、オレたち四天王討伐パーティーは王都を出発した。
そうして西の地を目指すことになる。
そこにイリスと同じ顔を持った者が存在しているとは、なにも知らずに。
今回は元勇者パーティーの魔法剣士の視点でした。
後輩の聖女見習いが、1話以来の登場を果たしました。
次回、四天王襲来パート2です。