112 四天王の気配
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
いま私の蔓はバロメッツさんにもぐもぐと食べられているところなの。
早食い選手権のように、あっという間に私の蔓を一本たいらげてしまうバロメッツさん。
私、餌になっちゃったよ!
「も、申し訳ないですわ。これ以上は食べないので安心してくださいませ」
「じゃあ、その手に、持っている、私の蔓を、離してね」
すでにバロメッツさんの綿手には、おかわりの蔓が握られていました。
「オホホ、ごめんなさいねアルラウネさん。ほら、蔓は離したので今度こそ安心してくださいませ。でも、悪気があってやったのではないので許して欲しいですわ」
「……平気、ですよ、蔓の二本、くらいなら、すぐ生えて、きますから」
食事をして満腹になったのか、バロメッツさんは眠ってしまいました。
すーすーと気持ちよさそうに寝ている姿をみると、なんだか微笑ましいね。
バロメッツさんを食べても良いと言われたから綿を捕食してもいいんだろうけど、どうしましょうか。
許可を貰ったとはいえ、寝込みを襲うみたいで気が引けるね。
元聖女として夜這いをかけるのはちょっとためらってしまうの。
なので、とりあえず食べるのは保留しておきましょう。
というわけで、バロメッツさんの目がなくなったことだし、私はお仕事にしましょうか。
そう、いきなりですが私、怪盗になるのです!
このままずっと植物園にいるつもりはないの。
いつか魔女っこのところに帰らないといけないからね。
そのためにも、能力を向上させる必要があるわけ。
だからこっそりと植物園内の珍しい植物を食べちゃいます。
管理人さんの姿もなく、唯一目撃者になりえるバロメッツの目もない。
いまなら私は完全犯罪を起こすことができるのです。
怪盗アルラウネとして、頑張っちゃうよー!
近場の植物を食べると、すぐにバロメッツさんにバレちゃうから遠くの植物を狙うしかないね。
蔓を植物園内に伸ばしていきます。
私とバロメッツさんからは見えない場所の植物が獲物です。
蔓が触った植物を引っこ抜いて、私のところまで持ってくるの。
はい、植物ゲット!
おっ、この植物は女子高生時代に植物図鑑で見たことあるね。
というかこれが加工されたものだって、何度も食べたことあるの。
これはキャッサバ。
トウダイグサ科の熱帯性植物だね。
シアン化合物という毒がある植物です。
だというのにこのキャッサバは、実はタピオカの原料だったりするの。
根茎を十分に毒抜きした後に、デンプンをタピオカに加工して食用にされます。
だからタピオカに毒はないからなにも問題はないのです。
女子高生時代、クラスメイトがタピオカを飲んでいるなか、内心でいつも思っていたの。
それ、元はキャッサバっていう毒がある植物からできているんだよと。
ボッチだった私がそれを言う機会は結局なかったんだよね……。
毒抜きをすればこのキャッサバのイモはデンプンとして食べることができるけど、魔女っこにタピオカをプレゼントをするくらいしか活用方法が思いつかないよ。もし魔女っこに会えたら、タピオカジュースでも作ってあげようかな。
さて、気を取り直して次に行きましょう。
キャッサバはガルデーニア王国では珍しいけど、女子高生時代の世界ではそこまで貴重な植物ではないの。
最初からいきなりレア植物を引き当てるのは難しいとは思っていたから仕方ないけど、今度は当たりを掴みたいね。
「ねえアルラウネさん、植物を食べるのはおいしい?」
突然、バロメッツさんの声が聞こえてきました。
おそるおそる正面を見ると、ニッコリと笑みを浮かべているバロメッツさんと目が合ってしまいます。
しまった、いつの間にかバロメッツさん起きていたみたいだよ!
「実はアルラウネさんもあたくしと同じで、食いしん坊さんなのですね」
マズイよ、私が植物を食べているのがバレちゃった!
「あたくしが管理人さんにこのことをお話したら、どうなってしまうのでしょうか」
そ、それだけはやめてー!
私、バロメッツさんのご飯として食べさせられちゃうよ!!
友達の餌になるのはイヤなのー!
「ふふふふ、あたくしはお友達の秘密をバラすような無粋な真似だけは絶対にしませんよ。ですから安心してくださいませ」
「ほ、本当に?」
「ええ、もちろんですわ。あたくしが最も嫌うことの一つが、他人の秘密を暴露することなんですから」
そういえばバロメッツさんは宮殿のお嬢様方に自分の秘密を告げ口されてしまったんだっけ。それが原因で口は堅いのかもしれないね。
「でも、あたくしが口を閉ざす代わりに、一つお願いがありますの」
──お願い?
前回はお友達になってくださいだったけど、今度はいったいなにが目的なんだろう。
まさか私を全部食べない代わりに、蔓を一本食べさせてとか?
いや、もしかしたら二本食べさせてと言ってくるかもしれない。
「アルラウネさんが暮らしていた森でのお話を聞かせてくださいませんか?」
「そんなので、良いの?」
「ええ、是非とも聞きたいですわ」
バロメッツさんは、私の森での話が大好きみたいで、森のことをなんでもいいから教えてと頼んできます。
そんなに珍しいところじゃないんだけどね。
私から言わせれば、バロメッツさんがいた帝国の宮殿のほうがよっぽど面白そうな場所なんだけど。
なんだか後ろめたくなった私は、植物を食べると蔓にその植物を生やすことができる能力を持っていることを打ち明けました。
バロメッツさんの羊毛の秘密を教えてもらったのと、私のつまみ食いを内緒にしてもらうお返しです。
「それなら、食べた植物があった場所に、同じ植物の種を撒いておいたほうが良いですわ」
「……なんで?」
「管理人さんは9つの頭がある分、記憶力も良いのです。だからいきなり植物が消えたら、きっと気づくと思うのですわ。あたくしたちから遠い場所にあるとはいえ、犯人が新入りのアルラウネさんだということはすぐに予想できるでしょうし」
う、うそー。
私から遠い場所から盗めば、管理人さんにバレずに済むと思っていたのに。
「管理人さんが帰ってくる前に、種を撒いて元通りにしておいたほうが良いですわ」
バロメッツさん、あなたは天才ですか!
完全犯罪どころか、このままだと園内の植物を食べた罰としてバロメッツさんの餌になるところだったよ。
怪盗アルラウネ、危機一髪です。
おかげで助かったね。
お礼に私は、今後も森の話をたくさんすることを約束します。
それを聞いたバロメッツさんは、大はしゃぎ。
そんなに嬉しいことなのかなあ。
お話好きのバロメッツさんは私との談笑をひと通り楽しむと、感慨深そうに呟きます。
「あたくし、アルラウネさんと管理人さんを含めて三人もお話し相手ができてしまいました。これからは楽しくなりそうですね」
「三人、ってことは、もう一人、話せる人が、いるの?」
「そうなのですわ。管理人さん以外に一人だけ、あたくしのことをわざわざ訪ねてくださるお方がいるのですの」
どうやらその人は悪い人ではないみたいだね。
バロメッツさんの表情を見る限り、友好的な相手みたいだし。
「お名前をフェアギスマインニヒト様というのです。アルラウネさんのことを紹介したいですわね」
なんだか凄い名前だね、そのお方。
────うん?
なんでだろう。
その名前、なんだか引っ掛かる気がするよ。
「フェアギスマインニヒト様はね、凄いんですわ。なんとっても魔王軍の四天王のお一人なんですもの」
魔王軍の四天王!?
それって、とんでもなく凄いお方なんだよね。
「同じ魔王軍の皆様からは、精霊姫だとか呼ばれているみたいですわね」
────え、ちょっと待ってよ。
精霊姫と呼ばれていて、魔王軍の四天王で、名前がフェアギスマインニヒト。
それってもしかして、毒の妖精オーインが言っていた「フェア様」なんじゃないの……?
「そのフェアギスマインニヒト様は、もしかして、ドライアド?」
「よくご存じですわね。やっぱり四天王となると有名なのかしら」
「次に、ここに、来る日は、わかる?」
「そうですわね…………最近はお忙しいらしいですが、夏が終わる前までにはまた顔を出すとおっしゃっていました」
夏の終わり前というと、まだ一ヵ月くらいはかかるかもしれない。
でも、その間に四天王のドライアドがここにやって来るのだ。
毒の妖精オーインの主は、闇落ちドライアドでした。
同時に、その精霊は魔王軍の四天王でもある。
しかも西の森にいるはずなのに、どういうわけか魔王城にいるということになるの。
私が毒の妖精や四天王の黄金鳥人に襲われたのは、元をたどればそのドライアドのせいです。
ある意味、宿敵といっても過言ではないの。
ドリュアデスの森の平和を脅かす危険人物だからね。
私は、自分が倒すべき相手である宿敵との遭遇の気配を感じてしまいました。
そうしてその予想は、思っていたよりも早く訪れるのです。
キャッサバ:トウダイグサ科でタピオカの原料として有名です。同時に、世界のイモ類の生産量1位のジャガイモに次いで生産量が多いため、世界で2番目に食べられているイモでもあります。
次回、一匹狼の魔法剣士は二人目の聖女に招かれるです。