111 金羊毛のバロメッツ
バロメッツさんが、わたしに友達になってくださいませんかとお願いしてきました。
私がアルラウネになってからできた友達は、意外とたくさんいます。
そのだいたいが私の女騎士であるハチさんや、お蝶夫人たちてふてふたちです。
でも、友達のみんなとは会話をしたことがないの。
ある程度はボディーランゲージで意思疎通できるのだけど、完全には無理。それに私に蜜があるからこその関係でもあるんだよね。
最近は、友達ではないけど言葉が通じる仲間も増えました。
魔女っこは私の飼育主であり妹だから家族だね。
妖精キーリは私専属の妖精になったし、まあ家族みたいなもの。
アマゾネストレントも妹分だから、それも家族みたいなものだよね。
聖女見習いであるニーナとは分かり合えた気がするけど、やっぱりは聖女の後輩という関係。
冒険者をやっている伍長さんはまだ知り合いレベル。
ドライアド様も、用心棒稼業の雇い主みたいなものだよね。
だから言葉を交わせられる友達は、今まで私にはいませんでした。
このバロメッツさんは茎から生えていて、下半身は金色の綿毛の実のようなものになっている。
上半身は金の綿毛のコートを着ていて、顔は人間の美少女。
そして頭には羊の角が生えている。
私と同じような植物モンスターです。
森でずっと動けずに生きてきた私にとって、同じ境遇に陥っている仲間のような感じがするよ。
とても他人だとは思えません。
だから、私は迷わずに返答します。
「友達に、なりま、しょう。私も、嬉しいの」
私の返事を聞いたバロメッツさんは、顔をほころばせながら跳ねるように両手をあげます。
「やったぁああああああ!!」
バロメッツさんから、綿状の手が伸びてきました。
私の蔓とバロメッツさんの綿手が繋がれます。
「あたくし、お友達ができたのは生まれて初めてですの」
「そ、そんなに、嬉しいの?」
「ええ、あたくしはこれまで、金の羊毛を生みだす植物としてずっと人間の世界におりました。だからお友達ができるような機会には巡り合えなかったのですわ」
そう言いながら、バロメッツさんは「あたくしの故郷である帝国の、とあるお話を聞いてくださいますか?」と尋ねてきます。
もちろんですと応じると、安心したようにバロメッツさんは話し始めました。
「何年も前に、帝国の宮殿に一本の苗木が運ばれたのです。その苗木は金の羊毛を生みだすという大変珍しいもので、大陸にはもうその一本しかありませんでした」
金の羊毛。
つまり、これはバロメッツさんのお話ということだね。
「その苗木はすくすくと育ち、金羊毛のバロメッツと呼ばれ、人間から重宝されました。なぜなら、毎日たくさんの金の羊毛が取れると思っていたからです。けれども、成長したバロメッツから採れたのは、羊毛ではなく綿毛でした」
バロメッツさんは、下半身の綿毛の実を撫でました。
「それでも利用価値が高いので、バロメッツは丁重に扱われます。宮殿の中庭に生えていたので、王族のお姫様や侍女の方は珍しいバロメッツを色々と可愛がって育ててくれました。おかげで人間の言葉や文字、生活の常識等の知識を得ることもできたのです」
だからバロメッツさんの話言葉が、ところどころお嬢様風だったんだ。
侍女の話し方も混ざって、なんだか個性的な感じになってしまっているね。
「言葉を覚えたバロメッツは、人間のお嬢様方に秘密をこっそりと喋ってしまいます。それが過ちだとも気づかずに……」
バロメッツさんがしょんぼりとした表情になります。
「実はバロメッツには金の綿毛だけではなく、金の羊毛も生み出すことができたのです。普段は綿毛の服を着ていたから気づかれなかったのですが、人間部分の髪の毛や体毛は、全て金の羊毛でできていました。それを知ったお嬢様方は、すぐに大人に話してしまいます。それからバロメッツの生活は一変してしまったのです…………」
「……なにが、あったの?」
「金羊毛は体毛。つまりバロメッツは毎日身体の隅々までの毛を切り取られるようになりました。けれどバロメッツは植物として生まれましたが、お嬢様方に可愛がられながら育ったため、心は人間のつもりだったのです」
しょんぼりとしたままのバロメッツさんの綿手を、ぎゅっと握ってあげます。
私と視線を合わせたバロメッツさんは、言葉を続け出しました。
「身体は丸裸にされて、頭は丸坊主にされる毎日。あたくしは人間の女の子ではなく、金を生む植物の道具だと宮殿の人々から思われていたのです」
ポトリと涙を流すバロメッツさん。
金の綿毛と羊毛を生み出すだけの消耗品として扱われる生活。
それは自分が人間だと思って育っていたバロメッツさんにとっては、とても辛いことだったんだね。
「この植物園では、帝国の宮殿にいたようなことはされません。綿毛は採取されますが、羊毛を獲られるのが嫌だと話したら、誰も羊毛を刈り取ろうという魔族はおりませんでした。でも、あたくしはずっと植物園で一人きりだったのですわ。だから────」
ひっくと言って本格的に泣くのを我慢しながら、バロメッツさんが、私の目をじーっと見つめてきました。
「だからあたくし、同じ植物モンスターのお友達ができて、本当に嬉しいのです!」
感激のあまりか、バロメッツさんがうわんうわんと号泣しだしてしまいました。
私の蔓を持っている綿手も、ブンブンと大きく振ってきます。
「あたくし、今日アルラウネさんとお友達になるために生きてきたんだと理解しましたわ。だからあたくし、いま生まれてから一番幸せな瞬間なのですの!」
そこまで言われると、照れてしまうね。
まさかここまで歓喜されるとは思わなくて困っちゃうくらい。
私が友達だというだけで、ここまで他人に大喜びされた経験はいままでないからね。
それは女子高生時代にも、聖女時代にも、そしてアルラウネ時代にも。
だから、バロメッツさんの友達になれて本当に良かったと思ってしまうよ。
バロメッツさんに会えたということだけでも、植物園に誘拐されたかいがあったかもしれないね。
「たくさん泣いたら、あたくしお腹が空いてしまいましたわ。ちょっと近くの植物をいただくことにしましょう」
バロメッツさんは綿手で周囲の草を毟り出します。
むしゃむしゃと元気よく食べていく。
相変わらず食欲が凄いね。
──ガブリ。
「あら、これは初めて食べる味ですわ。とても美味で好きになりそう」
ちょっと待って。
いまね、私の蔓がなんだか誰かに噛みつかれたような感覚がしたのだけれど…………。
「あらあら、どうしましょう。ごめんなさい、あたくしったらやってしまいましたわ」
バロメッツさんの口には、見覚えのある蔓が咥えられていました。
そうです、私の蔓だよ!
「うっかりアルラウネさんの蔓を食べてしまいました。ごめんなさい……」
ひぃいいいい!
私の蔓、食べられちゃったんだけどぉおおおお!
これが被捕食者側の気持ちなの!?
あわわわわわわ!
自分が食べられるという側になるのは、私が聖女として死んだ時以来だよ。
ちょっと、怖いかも。
「申し訳ないです。お詫びと言ってはなんですが、よろしければ、あたくしの一部を食べますか?」
「え?」
「あら、アルラウネさんは草食じゃなくて肉食なのかしら?」
「いえ、雑食、です」
お互いを食べ合う仲。
なにこれ、怖すぎる関係なのですが!
──ガブリ。
って、そう言っているうちに、もう一本の蔓も食べられたんですけどぉおおお!
このままじゃ私、バロメッツさんの餌になっちゃうよ。
どうしましょう。
私、とんでもないお方と友達になってしまったかもしれません。
管理人さん、ヘルプミー!
このバロメッツさんは金の綿毛を自由に操ることができるので、生やすことも伸ばすことも可能です。なので採取されても問題はありません。けれども羊毛はそうではないので、採取されるのは特に嫌だそうです。
次回、四天王の気配です。