110 憧れの植物園デビュー、ただし魔王城がご近所です
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
誘拐された私はなんと、魔王城配下の植物園に植え替えられてしまったの。
呆然としている私に、バロメッツさんが心配そうにしながら話しかけてくれました。
「突然こんなところに連れてこられたからビックリしているかもしれないけど、すぐに慣れるから安心してくださいませ」
羊の角を持った少女であるこのバロメッツさんも、私と同じで植物モンスターだ。
金の綿のコートを着ているような格好で、下半身は金の綿玉のような実でできている。
植物モンスターというと、サークルクラッシャーのマンイーターを思い出してしまうね。
あのマンイーターと比べると、このバロメッツさんはかなり良い植物そう。
でも、バロメッツさんがいくら良い植物モンスターでも、私はドリュアデスの森に帰りたいの。
魔女っこの顔が早く見たい。
きっと今頃、私がいなくなったと心配しているはずだよ。
妖精キーリがあの場に置き去りにされていれば、誘拐されたことは伝わるとは思う。でも、私がどこへ行ってしまったかはさすがにわからないよね。
だから自力でここから逃げ出さなければならない。
でも、私は歩けないから脱走は不可能なんだよね。
いったいどうすればいいのかな。
そうだ、ここは魔王軍の植物園。
それなら魔族だってやって来るはず。
その魔族を人質にして、なんとかドリュアデスの森に帰して貰うよう交渉すればいいんだ。
うん、もうそれしか方法が思いつかないね。
よーし、私、頑張るよー!
──バタン!
突如、植物園の扉が開かれました。
その扉の外から、恐るべき者が現れたのです。
九つの頭を持つ、大きな蛇が植物園に入って来たの。
ちょっと、待ってよ。
あの蛇、ヒュドラだよね!?
ヒュドラはある意味、ドラゴン以上に厄介な魔族なの。
頭を切り落としても、傷口からすぐに再生してしまうような驚異的な再生能力を持っている。しかも九つの頭の一つは不死身だという噂です。
魔王軍の四天王だと言われてもおかしくないくらいの猛者。
というか、むしろストーカー四天王だった黄金鳥人さんよりも強いような気がするよ。
そんな強敵であるヒュドラが、いったい植物園に何の用なの?
まさか四天王を倒してしまった私を、倒しに来たんじゃ…………?
そんな私の心配を吹き飛ばすように、バロメッツさんがヒュドラに気さくそうに挨拶します。
「あ、管理人さん、こんにちは」
──え。
管理人さん?
「紹介します。こちらは植物園の管理人さんですわ」
バロメッツさんがヒュドラを手招きします。
「お前が新しく入ったアルラウネか。こんなに美しい花だとは、これは水やりのしがいがあるな」
「はじめ、まして……」
「ここで喋れる植物はそこのバロメッツだけだ。仲良くするんだぞ」
「……あのう、私を、連れてきた、シルクハットの方は?」
「あいつはまた新しい植物を獲りにいったみたいだ。夏の終わり頃までは帰ってこないだろう。あいつの話なんかどうでもいい、早く仕事をしないとな」
管理人のヒュドラは、九つの口から水を吐き出しました。
園内の植物たちに水が降り注がれます。
どうやら水やりをしているみたい。
まさかヒュドラが植物園の管理人で、しかも水やりをしているとは思いもしなかったよ。
どうなっているの、この植物園?
いくら魔王城の植物園だとして、こんな大物が水やりしにくるとか想像もできなかったのですが!
ヒュドラ相手じゃ、命懸けの戦いになるのは必至だって。
簡単に勝てる相手じゃないからね。
──うん、人質作戦はいったん保留しておきましょう。
私が意気消沈しているのに気がついていないバロメッツさんが、楽しそうに話しかけてきます。
「言葉が話せる植物モンスターは珍しいの。管理人さんが言ったように、ここで喋れるのはあたくしとあなただけ。だからアルラウネさんがここに来てくれて、あたくし嬉しいの」
ぴょんぴょんと茎を動かして、喜びを全身でアピールするバロメッツさん。
そんなに反応をされると、悪い気はしないね。
「あら、茎をしならせたらお腹が空いちゃったわ」
そう言いながら、バロメッツさんは綿を使って手を生成しました。
大きな綿手で、自分の右隣に生えていた大きな草をむしり取ります。
そのまま草を顔の前まで持っていき、はむりと食いつきました。
むしゃむしゃと草を食べるバロメッツさん。
そういえば羊の角が生えているし、羊と同じで草食なのかも。
けれどもバロメッツさんはその草だけでは満足できなかったのか、周囲の植物を根こそぎむしり取り出しました。
それらを全てむしゃむしゃとフードファイターのように食べていきます。
え、ちょっとバロメッツさん。
植物園の植物をそんなに食べてもいいの!?
周りの植物、全部なくなっちゃったよ?
「ごめんなさい。あたくし、草食だけど大食いで…………気がつくと周りの草がいつも無くなってしまうの」
「そ、そう、なんですか」
しばらくすると、管理人であるヒュドラが水やりから戻ってきました。
そうして大きくため息を吐きながら、バロメッツさんに注意します。
「草を食べるのは仕方ないがなバロメッツ、いくら腹が減ってもそのアルラウネは食べるなよ。極めて珍しいアルラウネのユニークモンスターなんだからな」
「わかっております。個人的にも、アルラウネさんは食べる対象としては見られないですわ」
「あと園内の他の花も食べられないようにしろと命令されているから、それも頼んだぞ。本当なら、手を付けるならバロメッツの周りに生やしている食用の草だけにして欲しいところなんだが」
「善処いたしますわ」
オホホホホと笑うバロメッツさんを横目に、私は管理人さんに気になることを尋ねてみます。
「植物、食べて、いいの?」
「ああ、それはバロメッツだから許される。金の綿毛を生むことができるバロメッツは、大陸にこの一本しか存在しない。だからこの植物園で金羊毛のバロメッツ以上に価値のあるものはないからな」
金の綿毛を生む。
なるほど、バロメッツさんはただの観葉植物ではなく、金の綿毛を採取されるためにここに連れてこられたんだ。
「バロメッツは大食いの種族だからもう諦めている。だがアルラウネ、お前が同じように植物を食べたら、すぐに処罰の対象だからな」
「具体的、には……?」
「バロメッツの餌になってもらう」
それはイヤぁああああああああ!!
うぅ、ここには珍しい植物がたくさんあったから、色々と捕食したかったんだけどなあ。
仕方ない、食べられるのは嫌だし、我慢しましょう。
──でも、管理人さんが見ていないところでこっそり食べれば、きっとバレはしないよね。
私が密かな野望に心の炎をもやしていると、管理人さんは植物園から出ていきました。
それを確認したバロメッツさんが、コホンと咳払いをします。
「さきほどは驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。あたくし、食事には目がなくてすぐに見境なしに大食いをしてしまいますの」
「気にして、ないよ」
どちらかと言えば私も大食いだからね。
食欲に負けてたくさん食べてしまうという気持ちはよくわかります。
蔓の一本や二本、すぐに生えてくるし問題はない。
「でも、私は、食べない、でください」
「もちろん食べないですわ。約束しましょう」
…………本当かなあ?
少し心配です。
「それでですね、アルラウネさん。あたくし、アルラウネさんに一つお願いがあるのです」
さすがにここで「アルラウネを食べたい」とは言い出さないよね。
私が食べたいという申し出以外なら、聞いてあげないでもないよ。
同じ植物モンスターとこんなに話したのは初めてなの。
できれば良い関係になれればなんて思っているんだよね。
「お願いは、なんで、すか?」
「それはですねぇ……」
もじもじと綿毛をこすり合わせるバロメッツさん。
大きく深呼吸してから、何かを決心するかのように必死の表情で声を上げます。
「あたくしと、お友達になってくださいませんか?」
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次回、金羊毛のバロメッツです。