109 私、誘拐されました
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
テディおじさまに誘拐されて、ドラゴンによって空輸されているの。
植木鉢に入ったままの私には当然ながら、移動手段はありません。
しかもドラゴンはかなりの高度で飛んでいるみたい。
これじゃ逃げるのは不可能だね。
キーリ……トレント……、魔女っこ…………。
みんなが恋しい。
誰かに誘拐されるなんて、アルラウネになってから初めてのことなの。
だからすごく不安。
聖女の頃なら光魔法を使えば自力で脱出も可能だったんだけどね。いまはそれもできない。
私、また魔女っこに会えるのかな。
もう二度と帰れないなんてことは嫌だよぉ…………。
目元に蜜が溜まり出したころ、前方に巨大な山が見えてきました。
ドラゴンはその山の山頂へと飛んでいきます。
「ねえ、どこに、向かって、いるのですか?」
「城に帰るのですよ」
「…………どこの、城ですか?」
「魔王軍の城に決まっているではありませんか」
────うそ。
ちょ、ちょっと待ってください。
魔王軍の城とか、どう考えても物騒なところに決まっているよ。
私が人間のままだったら、良くて奴隷か、悪くて殺されてしまうような場所だって。
しかもそれさ、魔王が住んでる魔王城だったりはしないよね?
きっと魔王軍の出城とかだよね?
私が動揺したことに気がついたのか、テディおじさまの無慈悲な言葉が振り降りてきました。
「暴れられると面倒です。また眠ってもらいましょう」
「ま、待って、ください、それだけは、やめ──」
「夜帳降鐘の音。おっと、もう夜になったようですね」
──ふえぇ。
おやすみ、なさい…………。
ぐーぐー。
ねむねむ…………はっ!
く、悔しいよう。
私、また眠らされてしまったのですが!
テディおじさまめ、よくも二度も私を眠らせてくれましたね。
次に会った時はただでは済ませません。
無防備だった間に何かされていないかと体を確かめようとしたところで、緑色の物体に囲まれていることに気がつきます。
両隣に植物が生えているの。
それだけじゃなく、周囲にはたくさんの植物が生えています。
私はというと、いつの間にか地面に植え替えられていたみたい。
この場所に人の気配はしません。
どうやらテディおじさまも運び屋のドラゴンも何処かへ行ってしまったみたい。
もっと周囲を観察します。
目の前には、歩道のような道が横切っていました。
道の反対側には、こちら側と同じように植物が一列に並んでいます。
上を向くと、ガラスのように透明な天井がありました。
どうやらここは建物の中みたい。
建物の壁も透明でできていて、外の様子が伺えるようになっているよ。
気温もちょっと高い気がするし、なんだか温室みたいな場所だね。
「ここは、どこ、なの?」
独り言のつもりで私は呟きました。
でも驚くことに、私の疑問に対して返答をしてくれる相手が存在していたのです。
「ここは植物園ですよ、新人さん」
え、どこから声が!?
「そんなキョロキョロとなさらずに。あたくしはここにおりますわ」
声は私の正面の植物から聞こえてくるの。
歩道を挟んで向かい合った先には、5本の茎根の先に大きな金色の綿毛の玉が生えている不思議な植物がいるだけ。
でも驚くことに、その綿玉の中から声の主が現れてきました。
「はじめまして、綺麗なお花さん」
えぇえええ!
綿から人が出てきたんですけどー!
金の綿のコートを着込んだような、綺麗な美少女が綿毛から生えてきたの。
おっとりとした幸の薄そうな顔をしたその少女が、ニコリと私に微笑みかけてきます。
「脅えなくても平気ですよ。ここにはあたしたちを狙うような外敵は存在しておりませんの」
なにこの人?
いや、人ではないか。
だって頭に羊のような角が二本生えているからね。
上半身は人間だけど、腰から下は金色の綿の実のようなものに覆われている。
その実を支えているのは植物の茎。
なんだかアルラウネである私と似ているような外見をしているの。
少し違うけど、花ではなく金色の綿玉のアルラウネみたいなイメージだね。
「あたくしはバロメッツ。同じ植物モンスターだから、あなたの味方ですよ」
──バロメッツ?
なんだろう。
どこかで聞いたことがあるような気はするけど、いったい何だったかは思い出せないね。
「あなたアルラウネよね? 産地はどこ? どんなところに生えていたの?」
い、いきなりそんなたくさん質問されても困るのです。
私、喋るの苦手なのに……。
「もしかして野生のアルラウネだったのかしら? それならごめんなさい、産地と言われてもよくわからないわよね。ええと、なになに。あなたはガルデーニア王国のドリュアデスの森で生まれたのね」
「…………なんで、知って、いるの?」
「それはね、あなたの目の前にある看板にそう書かれているの」
え、看板!?
なんだか白い木の看板がすぐそこに刺さっているとは思っていたけど、裏側にはそんなことが書かれていたの?
──いや違うか。
私がいる方が裏側で、通路側が表側なのかな。
「森が産地ということは、やっぱり野生のアルラウネなのね。その板には文字という情報を伝達する記号が書かれていて、それにあなたの情報が紹介されているの」
懇切丁寧に教えてくれるバロメッツさん。
そんな彼女の看板に目を向けてみます。
『品種名:金羊毛のバロメッツ』
『原産地:グランツ帝国 帝都グランツヴァイスハイト ヘルリヒカイト宮殿の中庭』
と書かれていました。
て、帝国!?
もしかして、このバロメッツさんも私と同じように誘拐されてきたってこと?
「あたくしは帝国から連れてこられたの。植物モンスター同士、仲良くしましょうね」
このバロメッツさんも私と同じ植物モンスター。
親近感が湧いてくるけど、いまはそれよりも気になることができたの。
周りの植物を注視してみます。
やっぱり、どれも普通の植物じゃないよ。
希少な魔花や魔木、それにマンイーターのような植物型のモンスターの姿もちらほら確認できる。
どれもその辺には生息していないような珍しい植物ばかり。
看板に説明書きも書かれているし、ここはいったいどこなんだろう。
「ねえ、ここは、どこ、なの?」
「さきほどお話した通りですよ。ここは植物園ですわ」
なんと、私は植物園に移植されてしまったみたい。
そういえば私は、アルラウネになったばかりのころこんなことを思っていました。
弱肉強食の自然界ではなく、植物園に売られてそこで静かに暮らしたいと。
まさかあの時の夢が今さら叶ってしまうなんて、夢にも思わなかったよ。
──でも、ちょっと待って。
私をここに連れてきたテディおじさまは魔族だった。
魔王軍の城に向かっていると言っていたし、ここはただの植物園ではないような気がするのです。
「ここは、魔王軍の、植物園、なの?」
「あら、よく知っているわね。ここは魔王城の敷地内にある植物園だって管理人さんが話していたわ」
「うそ……」
ここ、魔王城の植物園なの!?
「しっかりと手入れも行き届いているし、毎日水やりもしてくれる。いたれりつくせりな王宮のような場所だから、魔王軍って凄く良い組織みたいだわ」
植物モンスターからすれば、魔王軍はたしかに悪の組織ではないよね。
そう思いながら、透明な壁の向こう側に視線を移してみます。
奥のほうに、禍々しい城が見えるの。
ガルデーニア王国の王城よりも何倍も巨大で、一目で魔族が住んでいるとわかるような構造をしているよ。
「あれが、魔王城…………?」
聖女時代の私が、勇者パーティーとして目指していた最終目的地点。
それが、あんなにも近くにあるなんて。
体が身震いしてしまいます。
もしかしたら、とんでもないところに私は連れてこられてしまったのかもしれません。
ど、どうしましょう。
聖女の頃の私からは、想像もできないような事態になってしまったの。
私、魔王城の植物園に植えられてしまったのですけどぉおおおおおおお!!
お読みいただきありがとうございます。
次回、憧れの植物園デビュー、ただし魔王城がご近所です、