108 植物狩りのシルクハットにご用心
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
妖精キーリと二人で雑談していたら、森の茂みからシルクハットの影が現れたの。
突然の来訪客の姿を見た私は、目を見張りながら驚いてしまいます。
だって予想外のお客様がいらしたんだもの。
なにあのシルクハットの生物。
か、可愛いんですけどー!
森の中から、片眼鏡のクマのぬいぐるみが出てきました。
紳士服を着てシルクハットを被っていて、おしゃれなクマさん。
どう見てもテディベアです。
人間サイズのテディベアが、キリッとした表情をしながら近づいてくるの。
その姿を見た妖精キーリが、警戒したほうに声を上げます。
「なんだ人間か。まだいたんだね」
──え、人間?
キーリ、いったいなにを言っているの。
どうみてもクマのぬいぐるみでしょう。
「キーリには、人間に見えるの?」
「なに言っているのアルラウネさま。どう見ても人間の初老の男じゃない」
キーリにはテディベアが人間に見えている。
けれども私にはそう見えないということは、姿を偽っているのだ。
わかったよ。
このテディベアは幻影魔法を使っているに違いない。
闇魔法の一種である幻影魔法は、己の姿を歪めて認識を誤認させることができる。
おそらく人間の姿に擬態しているのでしょうね。
闇魔法は光魔法には相性が悪いみたいで、高位の光魔法の使い手は幻影魔法を見破ることができる。だから私に正体を看破されているというわけ。
闇魔法が使用できるのは魔族だけ。
ということは、このテディベアは魔王軍の一員ということなのだ。
魔王軍の魔族に見張られていた。
そう考えると、さっきニーナが気絶したのは不幸中の幸いかもしれないよ。
あのままニーナと仲良く談笑していたら、私が聖女イリスであるとニーナが認めたことになる。
そうなれば魔王軍にもそのことが知られてしまったかもしれない。
あの爆発、グッジョブだったね!
私と妖精キーリを交互に見たシルクハットのテディベアが、ゆっくり口を開きます。
「アルラウネと一緒に妖精もいたのですね。妖精が住み着いている花は良い植物である証拠でしょう」
ちょ、ちょっと待ってよ。
こ、声が渋いんですけどー!
なにこれ。
可愛らしいテディベアから、ダンディーなおじさまの声が聞こえるよ!
ギャップ萌えすぎて、私の心がテディベアのふわふわな腕に貫かれてしまいます。
素敵……!
これからは敬愛を込めて、テディおじさまと呼ばせていただきますわ。
「妖精は邪魔ですね、少し眠ってもらいましょうか。強制睡眠」
テディおじまさの渋い声を耳にした妖精キーリが、ばたんと地面に落下しました。
ダンディーな声に悩殺されたわけではなく、闇魔法によって眠らされてしまったみたい。
「やはり植物には睡眠魔法は効きませんか。いまので一緒に眠っていただければ、仕事が楽に進んだのですが」
「あなたは、何者?」
「わたくしはただの執事です。あなたを迎えにきました」
「私を……?」
「まあ採取しに来たという方が正解でしょう。植物狩りだと思っていただいて構いません」
植物を狩るだなんて物騒だね。
採取と言っていたし、このテディおじさまは私の体が目当てみたい。
なんの目的かは知らないけど、私はそう簡単に摘み取られるようなお花ではないのです。
「やるなら、お相手、さしあげ、ますわ」
ごきげんよう、テディおじさま。
素敵なおじさまを、森のお茶会にご招待いたします。
でも、ドリュアデスの森の用心棒であり森サーの会長であるわたくしを、その辺の植物と一緒にしないでくださいませ。
ストーカー四天王だって撃退した経験があるのです。
いくらおじさまが歴戦の猛者だとしても、森のお嬢様であるわたくしはそう簡単に殿方へ根っこを晒すような真似はしませんの。
そこのところ、覚悟してからお茶会に参加してくださいませ。
「さきほどの戦いから察するに、アルラウネと真っ向から戦うのは骨が折れそうです。ですのでここは、凶暴な植物を採取するときの方法でいきましょう」
「私は、簡単には、やられない、ですよ」
「どうでしょうか。ただの植物であるあなたが、これに耐えられるとは思えません」
「なら、やって、みれば!」
先制攻撃です。
茨のムチでわたくしと握手いたしましょう!
わたくしが茨の招待状を差し出した瞬間、テディおじさまに闇魔法が唱えてきました。
「夜帳降鐘の音」
テディおじさまからゴーンという重い鐘の音が響きます。
すると、テディおじさまを中心に、闇夜の球体が現れました。
私を含むこの辺りの空間が、一瞬のうちに夜のように真っ暗になったしまったの。
おそらく一定の範囲内を暗闇に変えてしまう闇魔法なのでしょう。
なんだか本当の夜みたい。
でも暗くなったくらいじゃ、私は止められません。
テディおじさまがどこにいるかは、地面の蔓を通して把握済みなんだから。
「どうやら夜になったみたいですね」
私の茨を避けながら、テディおじさまが話しかけてきます。
魔法で暗示をかけるように、耳に響いてくるような声がしました。
でもね、私は騙されませんよ。
夜になったのは、周辺が暗くなる魔法をかけられたから。
時刻はまだお昼くらいだし、夜はまだ当分先何ですよー!
「…………あれ?」
なんだか私の茨の動きが鈍くなってきたような。
というか、さっきから目が霞む。
なんだかね、眠いの。
だってこんなに真っ暗だということは、もう夜ということなのかもしれないよ。
────あ、なるほど。
いまは夜なんだ。
そんなはずはないと頭では理解しているのに、体の自由が効きません。
夜になると蕾になる花の習慣を実行するように、私は花を閉じていきます。
そういえば私は、少し前にアサガオとオキザリスを食べたばかりだった。
どちらも夜になると花を閉じて蕾になる植物なの。
その二つの花を食べたばかりで、性質をまだコントロールしきれていなかったのかもしれない。
そのせいで、私の花としての本能が蕾を閉じようとしているのです。
こんな時に眠りについている場合じゃないっていうのに。
私、なんとか我慢するのよ!
頑張って!
「おやすみ、なさぃ……」
だめぇ。
もう限界です。
対植物用の睡眠魔法にかかった私は、蕾を閉じてしまいました。
ぐーぐー。
ねむねむ…………はっ!
ここは?
目を覚ますと、私は空の上を飛んでいました。
え、ちょっと待って。
地面がすごい下にあるんだけど…………?
「アルラウネが起きましたか。静かにしないと、一度眠ってもらいますよ」
上から渋い声が聞こえる。
視線を移すと、そこにはドラゴンがいました。
テディおじさまが空飛ぶドラゴンの上に乗っているの。
ドラゴンのお腹あたりに、黒い翼が二つあるようなマークが書かれている。
この印は魔王軍に所属している者の証。
ということは、やっぱりテディおじさまは魔王軍の一員なのだ。
自分の状況を確認します。
どうやら巨大な鉢植えに植え替えられているみたい。
それで私が入っている鉢植えをドラゴンが持ったまま、空を飛んでいる。
強制的に、どこかへ運ばれているみたい。
「私を、どうする、つもり?」
「もちろん、持ち帰らせていただきますよ。わたくしが採取したのですから」
採取って、そんな拾い物みたいに言わないで欲しいのですけど。
でも、こうやって鉢植えに植え替えられてしまった自分の姿を見ると、恥ずかしくなってしまいます。
私、植物だから人権とかないんだよね……。
ということはだよ。
これって、もしかして。
私、誘拐されちゃってるよー!
アサガオ:ヒルガオ科の一年草。漢字一文字で表すと「蕣」と書かれたり。なんとサツマイモ属だったりするのです。
オキザリス:カタバミ科。葉っぱがクローバーに似ていたりするので、知らずに目にしている方は多いかと思います。
次回、私、誘拐されましたです。